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#2

 愛里の自宅、その居間へ案内された快はソファに座らされる。

 父親は快と顔が合わせられるソファのL字になっている部分に腰掛けた。

 そしてしばらく考えるような素振りを見せる。


「どこから話そうか……」


 一度顔を上げてから快に質問する。

 まずは事前確認だ。


「君はどこまで聞いてるのかな?」


「ご家庭が今こうなっている理由は大体……」


「そっか……」


 すると母親がお茶の入ったグラスを持って来てくれる。


「あ、すいません」


 有り難く頂くがどうしてもそのお茶は緊張からか味がしなかった。

 そのまま母親も座布団の上に座り話を聞く体勢になる。


「愛里から聞いたと思うけどウチは火事になった事があってね。そこで息子が、愛里の兄がトラウマになって入院してるんだけど……」


「はい」


「その火を愛里が点けた所を見たって言い出してね、最初は疑ったけど愛里の反応とか見てたら嘘と思えなくなって……」


 その話は確かに愛里から聞いた。

 彼女は両親に愛されずそうしたと言っていた。

 しかし今の両親の態度からは愛されていないという話が信じられなかった。


「きっと我々の責任なんです、兄ばかり構うから。まだ愛里の方が小さかったのに……」


「何よりも愛情が必要な時期だったと思います……」


 隣で母親も後悔を語る。

 やはり彼らは理解しているのだ。


「これずっと取ってあるんです、火事で燃えちゃって端しか残ってないけど……」


 そう言って立ち上がった父親は居間にある棚を開け何か小さいものを取り出した。

 それは少し黒焦げた紙の切れ端だった。


「これは……?」


 手渡された快はよく目を凝らし薄っすらと書いてあるものを見る。

 それは幼い子供がクレヨンで書いたような不恰好な文字だった。

 端には途切れた絵のような痕跡もあり家族の絵を描いたものだと分かる。


「パパ、ママ……」


 書いてある文字を解読し読み上げる。

 やはり家族絵のようだ。

 幼い愛里が描いたものなのだろう、その時の彼女の気持ちを思うと胸が張り裂けそうだった。


「こんなに私たちを必要としてくれてたのに構ってあげられなくて……!」


 後悔から母親は泣き出してしまう。


「もっと素直に構ってあげてたらこんな……!」


 その発言からやはり確信する。

 彼らは愛里をしっかり愛していたのだ。

 ただ兄の世話が忙しかっただけである。


「そういう事か……っ」


 快は歯を食いしばり愛里へ想いを伝える事をより強く誓う。


「俺も両親からの愛を知らずに育ちました、でもあなた方は違う。きちんと愛しているけど上手く伝えられなかっただけ」


 その時、快の脳裏には自身の両親の姿が。


「だから俺がそれを彼女に伝えます、だからここでその絵を持って待っていて下さい」


 そう伝えて快は愛里の家を去る。

 ロンの思念体と共にまた走り出し愛里のいる動物病院のあるビルへと向かったのだ。


「俺だからこそ伝えられるはずだ……っ!!」


 同じ両親から愛されないという経験をしている自分だからこそ想いを伝えられるのだと信じて走った。


 ___________________________________________


 ロンの思念体に案内されながら動物病院へ向かって走る快。

 その頭の中ではある考えが渦巻いていた。


「っ……」


 その様子にロンの思念体も気付く。


『どうした?』


 快は素直に今愛里の両親と話して感じた事、それにより浮かんだある疑念をロンに伝えたのだった。


「与方さんの両親は彼女を愛してた、でも愛が伝わらなかっただけで……」


『つまり何が言いたい?』


「俺の両親はどうだったんだ……?」


 これまでの人生をひっくり返すような疑念が浮かんでしまうが走るのは止めない。


「分からなくなった、もしかすると俺の両親も与方さんの所と同じだった可能性が……っ?」


 顔がどんどん蒼白していく。


「だったら俺は……」


 しかし今は愛里の事情を解決するのが先だ。

 そのため考えるのをやめる。


「いやそれはない、だって俺ん家はずっと俺に文句言ってた……」


 思い浮かぶのは両親が快に怒りをぶつけ泣き叫ぶ姿や快の事で頭を悩ませている姿。

 愛していたと言うのならこんな事にはならないのではないか。

 無理やりそう信じ込む事にしたのだ。


『……ふん』


 そんな快をロンは何か思うような目で一瞬見た。

 しかしそちらもすぐに愛里の事を考えるのであった。


 ___________________________________________


 一方愛里と咲希は電話で呼んだタクシーにロンをタオルで包んで乗った。

 そして動物病院のあるビルに辿り着くと急いで院内へ。


「(あの運転手は何ともなかった……)」


 その最中、咲希はそんな事を思っていた。

 しかし今はロンだ。

 病院に着くが院内まで暗い雰囲気が漂っている。


「お願いしますっ、この子具合悪そうにしてて……!」


 死んだような目をした受付に事情を説明すると院内は人が少なかったのですぐに案内される。


「これはね……」


 グッタリしたロンの様子を具合悪そうに診察する獣医。

 そしてしばらく診てからある結論を出した。


「老衰だね、もう年でしょ……?」


 確かにロンは老犬だ。

 しかし今この状況で最も聞きたくない言葉を投げられる。


「もう持ちそうにない……」


 ロンの寿命はすぐそこまで来ているという。

 その言葉に愛里の絶望は加速してしまった。


「そんな、ロン……」


 咲希もかける言葉が見つからない。


「仕方ないよ、年なんだから……」


 それしか言ってやれない咲希。

 それでも愛里はどんどん苦しんで行く。


「でもロンは英美ちゃんと同じずっと私の支えで、英美ちゃんもいなくなってロンまでいなくなるの……?」


 両親に愛されなかった愛里にいつも寄り添ってくれたロン。


「愛されなかった私に初めて歩み寄ってくれたんだ、そんな子が誰もいなくなっちゃう……」



 そのままロンは入院という形になる。

 しかしそれはただ死を待つだけの時間。

 愛里はそれが耐えられず風に当たろうと咲希と共に屋上へやって来た。


「もう私どうしようもないね……」


 ネガティブな言葉が止まらない。


「愛されもしない、誰の事も愛せない……」


 過去が全て嫌な記憶に塗り変わるような。


「こんな私、生きてる意味あるのかなぁ……?」


 その言葉を放った瞬間、愛里の絶望がグレシアラボラスへと伝わる。


「(まさか……っ⁈)」


 その街にいるグレシアラボラスの影響を受けた人々全員の心が更に重くなる。

 いくら誤魔化そうと耐えられないほどに。



『アァァァァァッ……』



 ずっと歩いているだけだったグレシアラボラスが突然立ち止まり叫び声を上げた。

 その周波数に乗り愛里の更なる絶望が街中に拡散される。

 ・

 ・

 ・

 苦しみながら歩いている人々、そして家の中に籠る人々。

 彼らの中から自死を選ぶ者は増えた。


「あぁ、愛里……っ」


 愛里の両親も更に苦しむ。

 焼けた絵の切れ端を大切に持ちながら夫婦で寄り添っていた。


「はぁっ、流石のアタシもキツい……」


 ずっと愛里の隣で苦しみに耐えていた咲希もこれ以上は耐えられそうになかった。

 そして視線を前に向けると愛里がフラフラと屋上を歩いている。


「愛里……っ?」


 そして彼女はフェンスに手を掛けた。

 何を意味するのか、咲希にはよく理解できた。


「ダメっ!!」


 耐え難い絶望の中で咲希の過去がフラッシュバックする。

 その記憶の中では女性が汚い部屋で首を吊っていた。


「愛里ぃぃーーーっ!!!」


 手を伸ばす咲希。

 走って必死に愛里の所へ向かう。

 その間違った決断を阻止するために。


「ごめんなさいみんな……」


 そして愛里はフェンスを乗り越え、一歩先へ踏み出した。






 つづく

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