数分前から街中が絶望感に襲われパニックに陥る。
それと同時にロンの思念体も寿命とは別に苦しみ始めた。
『ぅぐあぁぁっ……』
快は直接苦しみを伝えられる事はなかったが今のロンの苦しみ、そして周囲の人々の苦しみは愛里のソレが更に増幅されたからだと察する。
「大丈夫か⁈」
また一度立ち止まる。
すると近くで轟音が響いた。
「なっ⁈」
交通事故が起こったのだ。
車が勢いよく電柱にぶつかったらしい。
しかしそれだけでは終わらず周囲から様々な苦しみによる音が響いた。
「うわぁぁぁ!!」
絶叫する声、ガラスの割れる音、そして事故に遭った車が爆発する轟音。
それらは全て愛里の苦しみから起こった事なのだと快は理解している。
「与方さん、こんなに苦しんでる……っ!」
より一層危機感を覚え愛里の所へ向かおうと走り出そうとする。
しかし背後からロンの思念体が呼び止めたのだ。
『待て、君が行った所で……』
苦しみながら本心を語りだしたロン。
『ずっと思っていた、あの英美の代わりがこんなひ弱な青年だなんて……っ』
「ロン……」
『君は英美を超えられない、彼女のような純粋な心に愛里は惹かれたのだ。憧れとして……!』
そして顔を下げながらロンの思念体は告げた。
『申し訳ないが君は英美のように愛里を上から引っ張るような人ではない……』
そう言われた快は少し悩むような表情を見せてから言った。
「じゃあ俺は下から押すよ」
『……なに?』
「いや、与方さんも支えてくれてるから二人三脚かな……?」
ロンの思念体と視線を合わせようとしゃがんで語り掛ける。
その表情は決意と不安が入り混じったようだった。
「英美さんに言われたんだ、自分になら出来る事があるって。英美さんと俺は違うけどもし俺に出来る事があるなら……」
脳裏には死ぬ直前の英美の姿。
あの時の最期の言葉もハッキリ響いていた。
『君ならやれる、私に出来なかった“心を救う事”が……』
彼女は一時的に心を安らげても根っこの悲しみまでは消せない気休めだと言っていた。
そして最期の言葉、つまりそれは快になら出来ると言う事。
「俺は英美さんに託された。そしてゼノメサイアに選ばれた意味、彼女はそれに気付いてた……!」
ずっと求めていたゼノメサイアに選ばれた意味。
「少しだけその答えに近付いた気がするんだ……!」
そう言いながら首から下げたグレイスフィアを手に取り握りしめる。
ロンの思念体はやれやれと言わんばかりに快に愛里の所へ急ぐように伝える。
『……愛里のいる動物病院へはまだ少しあるぞ、どう間に合わせる?』
その問いに頭を悩ませていると快は声を掛けられた。
「俺が乗せてってやる」
その声に驚いて振り返るとConnect ONEの専用バイクに跨った瀬川がそこにはいた。
「え、話聞いてた……?」
今思い切り自分がゼノメサイアに選ばれた理由の話をしていた。
聞かれていたとしたらどうなってしまうのだろう。
「大丈夫、俺は前から気付いてたぜ」
そう言いながら快にヘルメットを渡す。
驚く快は目を見開きながらそれを受け取った。
「ごめんな、一人で背負わせちまって……」
そして以前の非礼を謝罪する。
「最初の方に相談しようとしてくれたのに酷いこといったよな、それも悪かった」
ずっと抱えていた問題を瀬川はここで解決させようとした。
快の心も少しは晴れる。
「いや、あれが普通だよ。でも今こうやって話せて助かった気がする」
そのまま快は瀬川の乗るバイクの後部座席に跨り愛里の事を伝えた。
「今回の罪獣は与方さんの苦しみそのものだ!彼女の所へ連れてってくれ!」
「合点招致っ!!」
そのままバイクは走って行きロンの思念体も風に乗って着いていった。
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愛里はビルの屋上のフェンスを乗り越え一歩踏み出した。
そのまま重力に身を任せ落下しようとしたが。
「ダメぇ!!」
何とか間に合った咲希が愛里の腕を掴みその落下を阻止したのだ。
「ぐぅぅぅ死なせないっ……!!」
か弱い女子一人の力では引き上げる事までは出来ない。
一定時間その場に留まらせる事しか出来なかった。
「さっちゃん、もういいの……」
もはや抵抗する気力はないがこのまま待てば確実に逝けるだろう。
愛里は自分から助かろうとは決してしなかった。
「私のせいで沢山の人が苦しんだ、だからこんな人いない方がいいのっ……!」
言葉だけは力強い愛里。
しかし咲希はその言葉を全力で否定した。
「だから何!それ以上にアタシは救われたんだから!!」
突然腹の底から出た咲希の声に驚く愛里。
「孤独だったアタシに歩み寄ってくれた!だからアタシはアンタを……!」
愛里は咲希と初めて話した時を思い出す。
それは家族から愛を得られず孤独だった愛里と似たオーラを放っていた咲希が気になった中学の時だ。
英美とその仲間たちと一緒にいたがどこか満たされなかった愛里は興味本位で話しかけてみたのだ。
それが始まりだった。
「さっちゃん……っ!」
瞳に涙が浮かぶ愛里。
しかし既に咲希の腕の力は弱っていた。
「あぁっ……!」
そして遂に咲希の手から愛里の腕がすり抜けてしまう。
「ありがとう」
愛里は最期を悟り咲希に感謝を伝えた。
そのまま落下を始める。
咲希はこれ以上何も出来なかった。
・
・
・
一方その頃、瀬川の乗るバイクはそのビルの真下まで来ていた。
ちょうど屋上から愛里が落下していくのが見える。
「やばいぞ……っ!」
焦る瀬川。
しかし逆に快の心は落ち着いていた。
「ふぅぅ……」
深呼吸をする快。
そして輝き出したグレイスフィアを強く握り締めた。
「瀬川、ありがとう」
ここまで付き合ってくれた親友に感謝を告げ快はゼノメサイアに変身した。
巨大化し手を伸ばす。
もちろん落下していく愛里へ。
『愛里ぃぃーーーーっ!!!』
そして初めて彼女の下の名前を呼びながら右手で救ったのだった。
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ゼノメサイアの右手が愛里に触れて救った瞬間、二人の意識が時が止まったような世界の中で目覚めた。
当然、快と愛里の意識である。
「ここは……」
周囲を見渡すと上下左右という概念のない万華鏡のような景色が広がる“愛の海”の上にいた。
二人は向き合って語り合う。
「快くん何で、私酷いこと言ったのに……」
「お互い様だよ、俺だって君に酷いこと言った事ある」
修学旅行の時やそれ以外でも。
「だから君の気持ちが分かるんだ、こういう時どうして欲しいのかとかさ」
今回の件で愛里が求めていた事、それを理解していると伝えた。
「でも、私自分の都合でずっと関わってたんだよ?」
「俺だって同じだよ、君がヒーローだって言ってくれたから大切にしたいと思えた。それだって立派な自分の都合だ」
そして愛里の肩に手を置いて伝えた。
「今はまだ都合いい存在で良いよ、でもいつかはそこから進まないといけない」
「うん……」
「だからそれまで一緒に支え合ってくれないか?俺たちは同じ、理解し合えた同士だからさ」
「……うん!」
精一杯の笑顔で愛里は答えた。
そして愛の海から二人は目覚めていく。
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現実で目覚めた二人はお互いを見つめ合う。
巨大なゼノメサイアとその右手の上に乗る愛里。
『オォ……』
巨大な体を屈ませ愛里を地面に降ろす。
そしてまた愛里はゼノメサイアの瞳を見つめた。
「(英美ちゃん……!)」
ゼノメサイアの正体は快だと分かった。
そして今自分を救ってくれた快の心、それが火事の時の英美に重なったのだ。
「あれ……?」
すると咲希を始めとした一般の人々の苦しみが少し収まる。
楽になった人々は安堵の表情を浮かべた。
『ッ……⁈』
そして立ち上がったゼノメサイア。
振り返ると視線の先に罪獣グレシアラボラスがいた。
何もせず立ち止まってこちらを見ている。
『予想外だった』
すると快の脳内に直接語り掛けて来たのだ。
その声はロンの思念体のものと同じだった。
『何故君に愛里の苦しみが届かないのか、初めは理解できないからだと思っていた。しかし違ったようだ』
あくまでゼノメサイアと罪獣ではなく快とロンのやり取りであった。
『誰よりも深く、自分自身で理解したからこそだったんだな。君は既に愛里を理解していた』
これまでの非礼を詫びるように言う。
『ならばその想いを決して無下にするな。何故自分がヒーローなのか、その意味を見いだせ』
そして段々と粒子状になって消えていくグレシアラボラス。
『愛里を頼んだぞ』
そう言い残し完全に消滅した。
それと同時に人々は完全に今回の苦しみから解放されたのだ。
『……あぁ』
そして虚空を見つめながらゼノメサイアこと快は呟いた。
『俺はヒーローになるんだ』
つづく