バーチャル訓練を観戦していたのは職員たちだけではなく当然上の参謀たちもそうだった。
管理者である時止主任を中心に椅子が展開され新生長官や田崎参謀、瀬川参謀も座っている。
「…………」
殆どの参謀は無言だった。
田崎参謀だけが明らかな溜息を吐いている。
「えっとですね……」
何とかこの険悪な空気を和ませようと言葉を考えるが浮かばない時止主任。
その考えを察したのか田崎参謀が口を割り込ませる。
「もういいです、結果は分かりました」
そして未練などないかのようにスッと立ち上がり部屋を後にしようと扉へ向かう。
「今まで通りやるだけですね、それしかないでしょう?」
そう言った目は光を失っており諦めを映していた。
扉が開いて田崎参謀は出ていく。
それでも険悪な空気は変わらなかった。
「ど、どうします……?」
恐る恐る隣に座ったままの瀬川参謀に声をかけてみる時止主任。
当の瀬川参謀は一人で何やらブツブツ呟いていた。
「人の弱さを理解するためあえて彼を選んだとでも言うのだろうか……」
時止主任には何を言っているのかよく分からなかったが純粋に喜んでいるような反応でない事は理解できた。
「時止主任、今は現状を受け入れるしかないよ」
すると背後に新生長官が現れ声を掛ける。
「継一、俺に出来る事はあるかな?」
「もう浮かんでるんだろう?」
「あぁ、一応ね……」
そして少し考えるような素振りを見せてから新生長官に伝えた。
「彼には酷だろうけど、その力を調べさせて欲しい」
技術主任である彼だからこそ出来る快の心を救う道を見出したのだった。
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Connect ONE本部の休憩室で快は頓服薬を摂取していた。
先程の訓練でパニック発作を発症してしまったからである。
「ゴクッ、ぷはぁ……」
水道水で錠剤を喉に流し込み症状が落ち着くのを待つ。
しかしその間にも休憩室に訪れた職員たちの嫌な視線を感じ発作は留まる事を知らなかった。
収まるどころか悪化していくのである。
『先日の異常現象とゼノメサイアの関連性、Connect ONEは何かを隠しているのでしょうか?』
設置されたテレビから流れる音声が聞こえる。
話題は先日のグレシアラボラスの件だ。
『罪獣の姿は確認できない中、多くの事件が起こった地域に現れたゼノメサイア。近くにはConnect ONEの車両も確認できており関連性が疑われます。しかし何の発表もなく組織の信頼は揺らぐばかりです』
ニュースで伝えられる現実。
それを聞いた職員たちの視線が更に痛い。
このままでは快のせいで組織が失墜してしまうと考えているのだろうか。
「快……」
心配そうな顔をしながら瀬川が近づき声を掛ける。
快は視線を変えぬまま静かに呟いた。
「お前が歩み寄る事を教えてくれたから頑張って来れた……」
「え……?」
「俺は歩み寄ったのに……っ」
そのまま瀬川に顔を向ける事は無く快は休憩室から去ろうとした。
瀬川は追う事が出来ずに唇を噛む。
「~っ」
すると快が出ていこうとした休憩室の扉の前にある男が立っていた。
「……?」
不審な表情で彼を見る快。
その男は快に言った。
「創 快くん、バーチャル訓練は見させてもらったよ」
「あぁ、はい……」
「あれを作った者なんだけど話を聞かせてもらえるか?」
その男、時止主任は快に声をかけ話をする事を求めたのだ。
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快は時止主任に案内され彼の研究室にやって来た。
一際近未来的な扉が開くとそこに広がるコンピュータなどの機械群に少し驚いた。
慣れたようにその中を歩く時止主任は中央の椅子に腰かけた。
「ほら、入って」
恐る恐る一歩を踏み出す快。
怯える理由は単に時止主任が怖いだけではない。
周囲にいる他の研究員たちも職員たちと同様の視線を向けて来るのではないかと思ったから。
「怖がらなくていいよ、彼らも理解してくれる」
快の気持ちを察したのか時止主任は優しい言葉を投げかける。
そのお陰か快は少しずつ歩いて行った。
「よし、じゃあここに座って」
もう一つ椅子を出しながら言われ快はその通りに座る。
そして時止主任の話を聞く体勢に入った。
「いきなりこんな所に連れてきて怖いだろうけど安心して、俺たちは君の手助けがしたいんだ」
「手助けですか……」
「さっきの訓練見てて思ったけどさ、相当苦しんでただろ?」
「そうですね……」
「それをどうにか出来ないかと思ってさ、簡単な協力をして欲しいんだ」
その口ぶりから察するに彼は快の心のケアを名目に何かゼノメサイアの本質的な事を調べようとしているのでは。
どうしてもそのように考えてしまう快はあまり乗り気にはなれなかった。
「なんか研究するんですか……?」
「そうだね。でもみんなの為になるし何より君の為になる、協力してほしい」
「っ……」
少し悩む快。
まだ心の準備が整っていない。
「君がみんなのヒーローになるためにも頼むっ……!」
その言葉に強く反応する快。
ヒーローという言葉が惹きつけたのだ。
「ヒーロー……?」
「そうだ、君次第でこの世界全てを救える」
「この世界全て……」
つまり上手くやれば全世界から愛されるヒーローになれるという事。
その言葉で少し快はやる気を取り戻した。
「俺に出来る事なら、やります……!」
時止主任の言葉を自分なりに解釈し全世界に歩み寄るために協力する事を選んだ。
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そして時止主任によるゼノメサイア本人の研究が始まった。
快の持つ変身するためのアイテム、グレイスフィアを研究台に乗せ快を特殊な椅子に座らせる。
その二つは一つのコンピュータを通して繋がれていた。
「ふぅん、これで変身を……」
そう言いながらモニターに映し出されるコンピュータの情報に目を通していく。
他の研究者の手助けもありスムーズに進んでいた。
「何を調べてるんですか……?」
座ったままの快が問う。
「君とこのアイテムの繋がりだよ。どういったメカニズムで変身しているのかをね」
そしてモニターに“解析完了”の文字が映し出される。
同時に時止主任と研究者たちは興味深い反応を見せた。
「これは予想外だな、ゴッド・オービスとはまるで違う……!」
快は少し不安になり表情を曇らせた。
それを察した時止主任は言葉の意味を伝える。
「ゴッド・オービスはね、搭乗者の生命と機体のエネルギーを直結させる事で尋常じゃない力を発揮してるんだ。“ライフ・シュトローム”っていうんだけど」
快はあまり理解できていないが以前時止主任が説明した通りゴッド・オービスは機体のエネルギーとして稼働している生命の樹の種より物質化された生命、ライフ・シュトロームと搭乗者の生命を直結させる事で一体化させ神の力の一部を発揮できている。
ゼノメサイアはそれとは違うようだ。
「まぁ複雑だよね、一から説明しないとダメかなぁ……」
何とか頭を回転させ快に分かりやすく説明する言葉を考える。
そして一つのアイディアが浮かんだ。
それは事前に知らされていた快の事情を踏まえた分かりやすい話だと彼は思った。
「まず“インディゴ濃度”って言葉から説明しよう、君にはこれがいい」
その言葉を聞いた快はハッと顔を上げる。
聞いた事のある言葉だ、以前ロンの思念体と瀬川が話していた時に使われていた。
「それっ、どういう意味なんですか?俺もそれが高いとか聞いたんですけど……」
言葉を知っていた快に時止主任は驚く。
そして逆に質問した。
「誰に聞いたんだ……?」
その驚きようから瀬川の事は話さないという考えが浮かんだ。
歯を食いしばりながらなるべくマシな嘘を考え伝える。
「前の罪獣が脳に直接言ってきたんです……」
間違ってはいなかった。
そのため時止主任は疑わなかった。
「本当に出現していたんだね、にしても罪獣がその言葉を……」
グレシアラボラスが見えていなかった彼はその出来事を初めて実感する。
「人間誰しもが持つインディゴ濃度が特別高い者、彼らはライフ・シュトロームにまつわる様々な影響に敏感なんだ」
真面目なトーンで説明していく。
「普通の人には見えないような影響が見えたり、機体のエネルギーと接続する事で生命が増幅されても大丈夫。普通はそんなの耐えられないんだ……」
つまりライフ・シュトローム内のインディゴ濃度が高い彼らはこの件において重要な存在となるという事。
「つまり俺にあの罪獣が見えたのも……」
そしてもう一つの疑問が。
『君は大丈夫だ!』
罪獣が出現しゼノメサイアになる前から聞こえていた幻聴。
これもインディゴ濃度によるものなのだろうか。
「それって何なんですか……⁈」
今一度その真相を問う。
「インディゴ濃度、現代風に分かりやすく言うと……」
そして時止主任の口から衝撃の真実が語られた。
「発達障害ってやつだな……」
語られた真実に快は固まってしまう。
インディゴ濃度が高い、それはつまり発達障害を意味すると言うのだ。
つづく