快は自宅のアパートに戻るとすぐにスマホを手に取り電話をかける。
何コールかした後、可愛らしい声で応答があった。
『もしもし、どうしたの?』
少し心配そうな声で応答する愛里に快はこれ以上心配を掛けないようにと思いなるべく明るい雰囲気を作って話し出した。
「Connect ONEとの訓練あってさ、とりあえず無事に終わったよって報告っ!」
一生懸命明るく取り繕うがそれがバレたのか愛里の反応は苦しそうだった。
まだ快を心配している様子もあり、更なる想いも秘めているようであった。
『本当に大丈夫だった……?』
「え、どういう事……?」
『快くん、無理してるみたい……』
そのような言葉を投げかけられ少し戸惑う。
図星を突かれたためか狼狽えてしまった。
「え、いやそんな事は……っ」
『じゃあ何でそんなに慌ててるの……』
ここまで言われてしまっては何も言い返せない。
むしろ嘘を吐くとかえって亀裂が生まれてしまうような気がした。
歩み寄ると決めた矢先にこれはいけないと思った快は正直に話す事にした。
「まぁ訓練というか組織全体の雰囲気が息苦しいというか……」
話しているだけで嫌な視線を思い出してしまい少しずつ声が小さくなっていってしまう。
その様子も愛里は察したようで余計に快の心配が募ってしまった。
「緊張しちゃって訓練も上手く出来なくて余計に印象悪くしちゃったかな……」
『そう……』
「前までゼノメサイアとして上手くやれてると思ったのに正体が俺だと分かった途端に明らかに心配するんだ。悲しいな、そんなに俺っ
てダメなのか……」
今の快の言葉に愛里は反応しようとする。
『快くんはそんなっ……』
しかしそこまで言いかけて気付く。
ゼノメサイアの正体が分かった途端に態度を変えるという事の意味。
『(私も同じだ……)』
自分もゼノメサイアが快だと知ってから明らかに心配が募っているという事に気付く。
世界を守れる事への心配ではなく快の身を案じての事だが本質は変わらないだろう。
「……どうしたの?」
しばらく黙って考えてしまった事で快が心配そうに口を開く。
『あ、ううんごめんなさい……』
「急に黙っちゃうからちょっと怖かったよ……」
そしてまた沈黙が訪れる。
お互いの気持ちを探りあっているかのようだった。
『ねぇ快くん』
すると愛里が口を開く。
「ん?」
ある提案をするために快を誘うのだ。
『今から会えない?直接目を見て話したい事があるの……』
愛里はある大きな決意を固めて快に会う事を望む。
「うん、いいけど……」
快は何の話をされるのかさっぱりだったが予定もなかったので了承した。
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一方ここは巨大な聖杯の聳える咲希の部屋。
そこにいる咲希とルシフェルはいつになく緊張していた。
「もうすぐ、もうすぐだよ愛里……!」
小型ドローンで快との約束の場所に向かう愛里の姿を見つめる。
そんな咲希を背後から見つめるルシフェル。
彼は咲希とは違いどこか焦っているようだった。
「(待った甲斐があった、ようやく動ける時が来たぜ……!グズグズしてらんねぇ……!)」
焦りと同時に強い意志も感じた。
「(しくじったら“ヤツ”の計画が完遂されちまうからな……!)」
まるで何者かと競争をしているかのような口ぶりだった。
「(そしたらこの俺の夢がっ……!!)」
そう焦っているルシフェルの前で咲希のスマホに着信が入る。
「ん、もしもし?」
何食わぬ顔で応答する咲希だが話を聞いている内に徐々に笑顔になっていった。
望みが叶う時が近づいているとでも言うのだろうか。
「ふふっ、わかったよ」
そう言って電話を切る。
そしてルシフェルに通話相手からの指示を説明した。
「もうアンタは何もしなくて良いって」
「はぁ?」
「あの人も感謝してたよ、“新世界”で好きに生きなって言ってた」
どうやらルシフェルの使命はもう終わったようだ。
計画が完遂された後も功労者としてそれなりの地位を与えてくれるらしい。
「そうかよ……っ」
納得がいっていない事が表情から読み取れる。
そして咲希はルシフェルに念のため今後の動きを伝えた。
「あ、今からアタシ罪獣使うから。邪魔しないでね」
「何のためにだ?」
「愛里の前でゼノメサイアとしてのアイツを活躍させる。そうすれば二人の溝は埋まるかもでしょ?」
咲希はそのまま自分の望み、計画の事を話した。
「あの人を新たな神として誕生させて幸せに生きられる新世界を創る、そこでアタシは愛里と……!」
その言葉を聞いたルシフェルはある事を思いつく。
「あいよ、用済みは消えろってこったなぁ」
そのまま扉を開けて咲希の部屋を去っていった。
「はぁ……」
廊下に出ると扉の前でルシフェルは一人つぶやく。
「人間風情が、俺は大天使だぞ……⁈」
本心を口にしストレスを発散していた。
「この俺を出し抜いて神になろうなんざ、許さねぇ!!」
これまでの計画で自分がしていた事を思い返す。
「(ずっと考えてた、奴らの計画を乗っ取るタイミングを!そのために協力してたんだ……!)」
咲希の言葉に対しても反発している。
「あの野郎を神にするだぁ?ふざけんな、神になるのは俺だ……!」
初めから咲希とは馬が合わなかった、目的が違うから。
そのままルシフェルはどこか家の外へ出て行ったのである。
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快は愛里と会うのにいい場所を指定した。
それは近所のカナンの丘だ。
快は愛里に大丈夫だと想いを伝えるために会うのだ、その愛里も伝えたい事があるらしい。
なのでこの場所こそが相応しいと考えたのである。
「あ……」
早く着いたのでしばらく待っていると向こうから愛里が歩いてくるのが見えた。
場所を示すために手を大きく振る。
そのお陰で快に気付く愛里だがテンションはまるで違った。
「なんか久々に会った気がする」
「私もそんな気がするな……」
そしてこの場所を選んだ理由を快は伝えた。
「ここ良い場所でしょ?俺も伝えたい事あるからさ、一番思い出に残る場所選んだんだ」
そう言われた愛里はここから見える辺りの景色を見渡した。
「うん、確かにいい所だね」
ポジティブな言葉は口にしているがどうしても暗い雰囲気を感じてしまう。
「俺さ、確かにゼノメサイアがこんなガキだと知ったら心もとなくなる気持ちもわかったんだ」
「え……?」
先に自分の想いを伝える事にする。
愛里は快がそれを受け入れた事に驚いた。
「じゃあ出来る事は一つだと思ってさ、俺だと知ってもらった上で活躍すれば良いんだ!」
その言葉を聞いた愛里は目を見開く。
まるでショックを受けているようだった。
「ゼノメサイアになった、それには意味があるはずだから戦ってヒーローだって示すんだ」
「あ……」
「みう姉にも言われたように俺は俺に出来る事を頑張ってヒーローになるよ!」
そして愛里に手を差し伸べる。
「だから応援して欲しい、一番強く想うのは君のヒーローになりたいって事だから……っ!」
本気で言っている事が愛里からもよく分かる。
差し伸べられた手を愛里はジッと見つめていた。
快はその手が取られるのを待っている。
「あの……」
「?」
しかし愛里にも伝えたい想いがあった。
そのために今ここで会っているのである。
「あのね、私も伝えたい事があって……」
「あぁうん……」
意味深な表情で言う愛里に快は少し戸惑いながら手をゆっくり下げる。
「快くんがゼノメサイアとして救ってくれた時、英美ちゃんが火事から救ってくれた時と重なったんだ……」
「え、それは嬉しいかな……」
一瞬喜ぶ快だったが愛里が言いたいのはそういった事ではない。
「私のヒーローになってくれた。でもね、英美ちゃんは罪獣に立ち向かって死んじゃった」
「あ、あぁ……」
「せっかくヒーローになってくれたのに私が手を放しちゃったから死んじゃったんだ……!」
涙目になる愛里を見て快は必死に慰めようとする。
「そ、そんな事は……っ」
しかし愛里に刻まれた想いはその程度で変わらない。
「だから快くんも心配なの」
そして愛里は真の想いを伝える。
「え……?」
愛里の真意に驚く快。
「英美ちゃんと重なっちゃったから快くんまで罪獣と戦って死んじゃうんじゃないかって心配なの……!」
「だ、大丈夫だよ俺は……!」
「私もゼノメサイアが快くんだと知ってから信じられなくなっちゃった……!」
「っ……!!」
Connect ONEの職員と同じ事を言われてショックを受ける快。
「今までの危ない戦いも快くんだったと思うと余計に辛い……!」
ゼノメサイアは何度も負ける事があった。
それで死にかけているのが快だと分かった途端愛里はつらくなったのだ。
「これ以上ヒーローに死んでほしくないよぉ……!」
遂に泣き出してしまった愛里を慰める方法はもう思いつかない。
その最悪なタイミングでヤツが現れる。
「……っ⁈」
カナンの丘の背後の街から衝撃が伝わった。
「ヴォオオオアァァァ……!!!」
この耳をつんざくような雄たけびは間違いなく罪獣だろう。
快は精神が不安定だったがグレイスフィアを握りしめた。
「行かなきゃ……!」
今まさに愛里が死んで欲しくないと言ったばかりだと言うのに快は走り出そうとする。
「待って!!」
すると愛里が快の手を掴み止めた。
「離さない、もう死んで欲しくない……!」
英美の時と全く同じ構図だった。
しかし快は自分の想いが勝ってしまう。
「勝つから!心配いらないって示さなきゃ!!」
しかし愛里の想いも変わらない。
「ダメ!!」
今度こそ離さないという意思が固い。
「分かってくれよ、俺はヒーローにならなきゃいけないんだ!じゃないとこの力に選ばれた意味が分からない!!」
「そんなのいらないよ!死んじゃったらそれこそ意味ないじゃん!!」
「違うんだ、ちゃんとヒーローにならないと皆んなに愛してもらえない……っ!!」
「戦う事だけがヒーローじゃないって自分でも示したでしょ⁈」
それでも快の脳裏に浮かぶのはかつて愛されたいと思った人々の姿。
愛里と歩み寄り愛の兆しを理解できたような気がするがここで無にしたくない。
「せっかく君に愛の兆しを見つけてもらったんだ、無駄にしたくない……!!」
そして快は愛里の掴む手を無理やり離し罪獣に向かって走っていったのだった。
「あ、あぁ……!!」
故意ではないとはいえ手を放してしまった愛里にトラウマが蘇る。
その場にへたり込むように項垂れてしまった。
「絶対ヒーローになるから……っ!!」
そして快はグレイスフィアを握り前に突き出し変身したのであった。
つづく