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#4

 とある家をマスコミが囲っていた。

 その家の壁には多くのラクガキが書かれている。

 "人殺し"や"死ね"など暴言がスプレーで至る所に書かれていたのだ。


「河島さん?いらっしゃらないんですね?」


 何度もインターホンを押したが一向に居住者は出てこない。

 仕方がないのでマスコミは帰宅した。

 その隙を見たある人影が家に入ろうとする。


「っ……」


 しかしラクガキの書かれた家の様子を見て踏みとどまってしまった。

 そのフードを被った人物、追われている咲希本人はある光景を思い出していた。


 ____________________


 咲希は小学生の頃までボロボロのアパートに両親と住んでいた。

 しかし父親は日常的に母と咲希に暴力を振るっていたのだ。


「俺は父親だぞ、一家の大黒柱だぞ?もっと敬ってくれよ!」


 酒が入ると誰も彼を止める事は出来ない。

 毎日のように皿の割れる音と母の悲鳴が響いていた。


「あぁっ、やめてっ……!」


 髪の毛を掴まれた母親は必死に抵抗しているが全く意味がない。

 その様子を見ていた咲希は怯えていた。


「助けて……」


 咲希はその時、快が見ていたものと同じヒーローの人形を握り締めそのヒーローに助けを求めていた。

 しかしその姿を父親に見られてしまう。


「ヒーローが助けてくれるとでも思ってんのか?そんなもんいねぇよ!」


 そしてヒーローの人形を奪いボロボロに壊してしまう父親。

 涙すら出なかった咲希は頼るものを失ってしまった。


 そしてある日、父親は仕事をクビになったという。

 酒浸りの生活のせいで問題視されていたらしい。

 その様子を遂に母親は嘲笑う。


「無様ね、アンタみたいな人間はクビになって当然よ」


「何だその言い草は、少しは慰めてくれたって良いじゃねぇか……!」


 そう言って母親を一度殴った後、咲希がいる目の前で彼女の服を脱がそうとする。

 しかし母親は強く拒んだ。


「やめて!アンタがそんな事したから子供産む羽目になってこんな生活になったのに!」


 その言葉を聞いた咲希は絶望してしまう。

 母親すら敵だった。

 そして思い切り父親を蹴り飛ばした母親。


「いってぇ、何しやがんだ……!」


 そしてもう一度母親を突き飛ばす。

 キッチンに打ち付けられた母親は背後の洗い物シンクの中に包丁があるのを発見した。


「もういい、終わらせる……!」


 そして包丁を手に取る母親。

 思い切り父親に突っ込むが殴られてオマケに包丁を奪われてしまう。

 しかし父親は泣いていた。


「てめぇ、誰も俺を愛してくれない……!」


 そう言って震えながら包丁を持ち外に飛び出した。

 その翌日に判明したのだが父親はそのまま通りすがりの夫婦を殺害し逮捕されたらしい。

 咲希と母親は殺人鬼の家族というレッテルを貼られてしまった。


 そして家は多数の嫌がらせを受ける事となる。

 アパートの壁にはスプレーで悪口のラクガキをされ母親は外にも出れず精神的に参っていった。

 そして咲希に告げる。


「アンタを妊娠したからこんな事になったの、アンタさえ生まれなければ……!」


 無理やり父親に妊娠させられた事で咲希を育てるために結婚する事となった母親。

 それにより始まった虐待の鬱憤を咲希にぶつける。

 気がつくと咲希は母親に首を絞められていた。


「やめてっ、お母さっ……」


 その"お母さん"と呼ぶ声で母親は手を止める。

 そして怖くなった咲希は慌てて家を飛び出したのだ。


 そのまましばらくして夕方ごろに家に帰ると。


「お母さん……?」


 母親は部屋の中で首を吊り動かなくなっていた。

 孤独になってしまった咲希は叔母にあたる父親の姉に引き取られる事となった。


 しかし誰にも心を開かないまま咲希は中学生となる。

 いつものように孤独に過ごしていると声を掛けられた。


「ねぇ、いつも方向同じだよね。一緒に帰らない?」


 その人物こそ愛里だった。

 孤独故に誰からも愛されなかった咲希に初めて歩み寄ってくれた存在、その偉大さを感じ咲希は愛里に執着するようになる。


 しかし愛里には英美という優れた親友がいた。

 英美に比べれば自分なんて大した存在ではない、その事実に苦しめられる。


「英美ちゃんはね、ヒーローなの!」


 更に英美の事をヒーローと呼ぶ愛里。

 咲希にとってヒーローとは何度も助けを求めたが救ってくれなかった存在。

 英美がどんどん憎くなっていった、そして何より自分の所へ来てくれない愛里も憎い。

 そんな時にある男が現れる。


「やぁ、僕は君のお母さんの古い知り合いだ」


 母親の知り合いと名乗る男が現れる。

 その名を"新生継一"と言った。


「お母さんの無念、晴らしたくないかい?そして何より君の祈りを叶えたくはない?」


 彼の話を初めはバカバカしいと思った。

 しかし他に何もない咲希は無気力にも彼の計画に乗ってしまったのだ。


 ____________________


 そして現在、咲希を引き取ってくれた叔母の家はかつて殺人を犯した父親のアパートのようにラクガキされている。

 それはつまり自分がかつての父親と同じようになってしまったという事。


「叔母さん……」


 叔母の事が心配になり家に入る。

 人の気配がない。

 リビングに着くとそこには冷え切った料理が置かれていた。

 恐らく咲希が帰って来た時のために用意してくれたのだろう。


「っ……」


 恐る恐る歩いていると風呂場の扉が開いているのを見つける。

 嫌な予感がする、ゆっくりと重い足取りで進む。

 そして風呂場を覗いた。

 そこに広がっていた光景は。


「……叔母さんっ!!」


 浴槽に右の手首を浸けて意識を失っている叔母の姿が。

 左手にはカミソリが持たれており浴槽に浸かった右手首からは赤い液体が流れている。


 咲希は完全にかつての父親と同じになってしまったのだ。


 ___________________________________________


 雨が降る中、救急車が走る。

 咲希は叔母を守るように付き添い語りかける。

 しかし叔母は目覚めない。


 そして病院に辿り着き咲希は待合室で待っている。

 その間ナースたちは彼女の姿を見てコソコソと話していた。


「っ……?」


 何かに気付く咲希。

 外からパトカーのサイレンの音が聞こえて来る。

 まさかナースが気が付いて通報したと言うのか。


「くぅっ……」


 慌ててその場から走り出す咲希。

 まだ諦めたくないとでも言うのか、もう終わってしまったと言うのに。

 病院の裏口から慌てて外へ出る。


 雨が降り頻る中を走る咲希。

 被っていたフードは頭から取れて顔がむき出しになる。

 それでも走った、ただ一つの場所を求めて。

 ・

 ・

 ・

 咲希が辿り着いたのは愛里の家の前。

 雨が降る中見上げたその家には人が居ないようだった。


「……無駄足か」


 しばらく見つめてから諦めて振り向いたその時。

 背後から声を掛けられた。


「さっちゃん……?」


 慌てて向き直るとそこには傘をさした愛里が立っていた。

 傘のない咲希と違って濡れていないため表情がよく見える、その表情は様々な負の感情が混じり合って複雑になっていた。


「愛里……っ」


 どうしても会いたかった愛里が目の前に現れたため思わず駆け寄ってしまう。

 しかし愛里は逆に後退りをしてしまう。

 それを見た咲希も足を止めてしまい、俯きながらただ雨に打たれた。


「何しに来たの……」


「アタシはただ……」


 思わず黙り込んでしまい気まずい沈黙が流れる。

 しばらく雨の降る音だけが響く中、愛里がとうとう口を開く。


「英美ちゃん殺したの、さっちゃんだったんだね……」


「っ……」


「私の事も……?」


「ちがっ……」


 愛里は分かっていた、咲希は自分を欲しがっていた。

 決して自分の事は殺さないだろうがあえて寄り添わないように話した。


「何が違うの?他にもたくさん殺して、お兄ちゃん達が生きづらい世界も作ってさ……もう信じられないよ……!」


 ただ今は彼女を甘やかす訳には行かない。

 あえて突き放すのだ。


「許されない事をしたのも憎まれてるのも分かってる、でもどうしても愛里に会いたくなって……!」


「私、憎んではないよ……?でも憎むとかそんなこと考えられないくらい悲しいの……!」


 そして愛里は辛くなった時、犬の罪獣グレシアラボラスが出て皆が愛里の感情で苦しくなった事を思い出した。


「辛くて死にたくなった時に寄り添ってくれたのも嘘……?その時は考える余裕なかったけど後から思い出して凄く嬉しかったのに……」


「本当だよっ、アタシには愛里さえ居れば良かった……!」


 これまでの事、学校や家で遊んで過ごした日々の事を咲希は思い出して行く。


「また学校でさっ、一緒に話したり話しかけられたりしてどうでも良い事で笑いたいよ……!」


 思わず拒絶された事も忘れ愛里に駆け寄りしがみ付く。

 愛里もその衝撃で傘を落としてしまい雨に濡れる。


「無理だよ、もう貴女はさっちゃんじゃない……ただの殺人鬼だよ……っ!」


 愛里から手を離し地面にへたり込む咲希。


「友達だと思ってたよ……?英美ちゃんが死んじゃった時も寄り添ってくれて、さっちゃんのこと大切な友達だと思ってたのに……!」


 雨でわかりづらかったが愛里は大粒の涙を流した。


「どうしてこんな事になっちゃったのぉ……!」


 泣きじゃくる愛里に釣られて咲希も涙を流す。


「ごめんっ、ごめんなさい……っ」


「遅すぎるよ……っ!」


 そして愛里は咲希に手も貸さず傘も拾わぬまま自宅に戻って行った。

 落とした愛里の傘を見つめる咲希の耳にある声が聞こえる。


「やぁ咲希ちゃん、まだ苦しみは残っているかい?」


 顔を上げるとそこには何と新生が立っていた。


「新生……」


「計画を再始動させる、良ければ君もまた手伝わないかい?」


 手を差し伸べる事もなく傘を一人で刺しながら聞いて来る新生。

 咲希に傘を刺してあげる訳でもなかった。


「アタシはもう無理、勝手にして……」


 何も気力のない咲希。

 もう全てがどうでも良かった。


「そうかい、残念だよ。保険を掛けておいて良かった、ではまた彼に頑張ってもらうとするかな」


 そのまま新生は霧の中に消えた。

 代わりにサイレンの音が近付いて来る。


「あ……」


 そして彼女を追ってやって来た多くのパトカーが咲希を囲み銃を構えた警察官が出て来た。


「河島咲希だな……?」


 そのままゆっくりと立ち上がり警察に連行された咲希。

 全ての罰を受け入れるような自暴自棄とも言える無気力な瞳をしていた。






 つづく

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