そして翌日は土曜日のためそこそこ客が訪れた。
しかし西野が辞めてしまったため快と店長の二人で店を回していた。
「これ2番テーブルね」
「はいっ……!」
効率のため店長がコーヒーを淹れ快が運ぶ形となる。
教えている暇はないので快もやりたい事が出来ていなかった。
「ふぅ、おつかれー」
ひとまず客足が落ち着いたため店長と一息つく。
休憩がてらコーヒーを淹れてくれると言うのだ。
「ホラ、飲んでみて」
この時点で快は分かっていた。
店長が淹れるコーヒーは工程も出来上がりの香りも全然違う。
豆によるものではない、淹れ方が上手いからだとすぐに気付いた。
「じゃあいただきます……」
熱いので少し息で冷ましてからカップに口を付けるとコーヒーの香りが広がった。
ここまで美味しいコーヒーは自分で淹れた事がない、流石プロだと言えるだろう。
「おぉ、美味い……」
「でしょ?昔から自信あったんだ」
満足そうにコーヒーを飲む快の表情を見て店長は思う事があり少し語り出した。
それは辞めた西野の事やそれ以前の話である。
「僕のコーヒーを飲んでくれた人はみんな口を揃えて"美味しい"って言ってくれるんだ、バイトの子が悩んだりした時もコーヒーを淹れたら喜んでくれた」
今の快にもきっと同じ事を思っているのだろう。
「何か他の事で苦しくても同じ"美味しいコーヒー"って話題で気持ちを一つに出来るんだ、僕はそうやって色んな人達が分かり合えたらって思って店を開いたんだよ」
「素敵ですね、その考え」
「ありがとう」
快も思わずグッと来てしまった。
この店に来て良かったのかも知れない。
「今はみんなストレスが溜まってるから不快なものを倒す事でそれを発散しようとしてる、でもそれじゃ悲しすぎる」
そして店長は導き出した結論を伝える。
「この世界に生きる人の数だけ幸せは分配されなきゃいけない、やるべき事は一人ひとりの取り分を大きくする事だよ。だから僕に出来る事はコーヒーを淹れる事なんだ」
そして西野の事を思い出した。
「西野さんに伝わらなかったのは残念だったなぁ……」
微笑んでいるが悲しみを隠しきれていない店長の表情を見た快は自分に何が出来るのかを考える。
「俺に出来る事、この店のために……」
そしてある一つの考えが浮かぶ。
まさにこの状況に適しているものであった。
「あ、店長の考えが伝わりそうなやつ一人知ってます。丁度バイトも探してたし……!」
こうして快はその人物がいる所に翌日に足を運ぶのだった。
彼のためにも、この世界のためにも。
___________________________________________
翌日の日曜日、快は学校の体育館にやって来た。
その日も支援のために障害を抱えた方々が集まって来ている。
以前快の行っていた若者支援センターのような役割を果たしている。
「純希、やっぱりいた」
「おぉ、快も来たのか」
そこに居たのは純希。
彼も支援に来ていたのだ。
「日曜日だからさ、純希がいると思って」
「俺に用なのか?」
そこで快は純希と共に支援を手伝いながら要件を伝えた。
その内容はもちろんアルバイトの件だ。
「前のバイトさ、クビになっちゃったじゃん……新しいバイトって見つかった?」
「いいや、どこまで噂広がってんのか近所はまるでダメだ。ここに来る日は休みにしたいとか言ったら完全に落とされる、嘘は吐きたくないけどこのままじゃ厳しいだろうな……」
椅子や机を運びながらも純希は重たい溜息を吐いた。
その言葉に責任を感じた快は思わず謝罪をしてしまう。
「……ごめん」
「何でお前が謝るんだ?」
「いやっ、えっと……」
しかし純希は快が謝りたいと思ってしまった理由を理解していた、何故なら彼はあの時に見てしまったからである。
「ここだけの話だけどさ、俺この間見たんだ。快がゼノメサイアに変身する所……」
「えっ……⁈」
突然の告白に驚きを隠せない快。
しかしまだ誤魔化すチャンスを伺っている。
「な、何の事だよ?俺はそんな……っ」
しかし明らかな動揺が純希を確信に導いてしまう。
「……やっぱりな」
一度運んでいた荷物を置いて純希は快と向き合い真剣に語り出そうとする。
しかし快は恐れて一度純希の言葉を遮ってしまった。
「待って、俺は……えっと」
それでも言葉に詰まってしまい黙る。
純希は焦る快を宥めるように肩を叩く。
その反応に快はビクッと肩を震わせた。
「お気にのカフェ潰したのも、それで憎んだのもお前か……」
「っ……!」
再会したばかりの頃、純希はゼノメサイアを嫌っていたのを思い出す。
今ここで正体をバラされてしまってはせっかく手に入れた幸せを脅かされてしまうかも知れない。
「罪獣に襲われた俺を助けてくれたのも、銃撃された時に助けてくれたのもお前だったのか」
「あ……」
その言葉に少し空気が変わる。
「なぁ、あの時は俺のこと嫌いだったろ?ガキのころ最悪な喧嘩して以来だったからさ、それなのに何で助けてくれたんだ?」
快は考える。
まだ純希の心境が理解できていない。
回答次第では恐れている事態になりかねない。
「えっと……」
黙っている快を見た純希は今彼が抱えている事を想像してみる。
そして何となくだが導いた答えに従ってみる事にした。
「すまん、結構大きな問題だもんな。無闇に話す事じゃなかったな」
「いや、まぁそうだね……」
快が正体を知られる事を恐れている事に気付いた純希。
そこから二人には少し沈黙が続いてしまう。
何も言わずに作業を再開した。
「…………」
しかし黙っていられなかった純希は周囲に聞かれてもバレないような話し方で先程の話題を続けた。
「俺はさ、ただ感謝してるってのを伝えたかっただけだぜ」
静かに快にだけ聞こえるような声でそっと呟いた。
思わず快は手が止まってしまう。
この時何を思っていたのだろうか。
「正直昔はお前のこと見下してたよ。そんな奴に救われたって気付いて自分も頑張らなきゃって思った、レスキュー隊目指してるなら尚更な」
何も言えずに黙っている快に独り言であるかのように言葉を投げかける。
「同時に自分のやった事とか気付けなかった事とかに腹立ったんだよ、昔の事はもちろん高円寺での事件の後に俺すごい偉そうなこと言ったよな……」
高円寺での銃乱射事件の後での話をされ快は驚きの表情を見せる。
何故なら快はあの時。
「いや、俺はあの時お前に救われたんだ。自分なんか何も出来ないと思ってたけどお前が"少しずつで良い"って言ってくれたから立ち上がれた……」
とうとう口を開いた快。
その発言に純希も驚いたような表情をしているが何処か嬉しそうな様子も伺えた。
「え、マジで……?」
「……マジで」
お互いが顔を見合って真偽を確かめ合う。
そして少しの沈黙の後、二人は思わず笑ってしまった。
「ははっ、何だよ。俺ずっと偉そうなこと言ったなって後悔してたのに!」
「いやいや、あの発言が無かったら危なかったよ!」
まるで二人は昔からの友であるかのように笑い合った。
「だから俺は恩返ししたいと思うんだ」
そしてずっと話したかった事を口に出す。
「話戻すけどバイト探してるんだろ?俺のいるところ来なよ、きっと歓迎してくれる」
「お前バイト見つかったのか!このご時世にめでたいな!」
「だから純希も行けると思って。面接してみなよ」
こうして純希は快のいる喫茶店ルドベキアに面接する事となった。
___________________________________________
その日すぐに快は店長に連絡した。
店長も喜んでおりその後すぐに純希からも連絡があったらしい。
翌日すぐに面接が行われる事となった。
「え、この場で決まっちゃって良いんですか……?」
「個人経営だし無駄な報告とかないからね。それに君みたいな人材を求めてた!」
純希も快と同様この場ですぐに採用された事に驚いていた。
しかし店長も人手が欲しいところであったため、そして純希のような差別せずに人と関われる人材を求めていたためすぐに採用したのだ。
「平等に世の中を見れる人が来てくれただけで嬉しいんだよ、これで店のコンセプトも再起できるね」
快の方を見ながら店のコンセプトについて話す。
すると当然の如く純希も質問をした。
「コンセプトって何ですか?」
「みんなで分かり合う事、色んな人達の居場所になる事だよ!」
「素敵ですね」
こうして純希は快と共にこの喫茶店ルドベキアで働く事となるのだった。
これから最悪の事態が待っているとも知らずに。
つづく