すぐに純希は仕事を覚え店の業務をテキパキ熟すようになった。
快は数日だが先輩のはずなのにすぐに抜かれてしまった、チキン店の時がデジャブである。
「やっぱ凄いよ純希、俺よりすぐ出来るようになって」
「いやーでもコーヒー淹れるのは敵わないよ」
「そこも店長が最強だから、俺はまだメインでやらせてはもらえない」
「それこそ"少しずつ"だろ?」
「味占めたな……」
やはり平日は客が少なく純希と会話をしながら仕事をする。
そこへ店長が事務の仕事を終えてカウンターへ出てきた。
「やっぱ計算は苦手だなぁ」
すると純希は店長を少し揶揄うように話しかけて行く。
「こーゆー時ってしっかり勉強しとけば良かったなって思いますよね〜」
「あ、僕が勉強してないとでも?」
「ははは」
このような二人のやり取りは何度も見た。
そこでコミュニケーションが苦手な快はあまり輪には入れない。
一対一では上手く話せても複数になると途端に難しくなるのだ。
「……はは」
今はただ愛想笑いをする事しか出来ない。
「(輪に入れないなぁ……)」
少し二人を遠くに感じてしまう。
もっと自分も仲良く話したいのに。
「にしても今日も人少ないねぇ」
「俺のダチでも呼べたら良いんすけど……」
今の純希の発言で思い付いた事がある。
これなら自分も輪に入れるかも知れない。
「あ!それなら……」
注目されるよう大きな声で引き寄せる。
「ん、どうした?」
案の定二人はこちらを向いてくれた。
そして提案をする。
「俺の友達つれて来ましょうか?」
ある友人たちを快は招く事にしたのだ。
快が日常を生きるのを望んでくれた人達を呼び楽しくバイトをしたい、その想いで快は休憩時間にその者たちに連絡を取った。
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数日後の土曜日、快の友人たちが客としてやって来た。
本日はこの時間帯を貸切にしてもらった。
「お邪魔しまーす」
それは瀬川を筆頭としたTWELVEのメンバーであった。
快が誘ったのは彼らだったのだ。
まず自分から入り口まで迎えに行く快。
「ごめんね来てもらって、待機してる時なのに」
「俺らも待機ばっかじゃピリピリして来てな、リフレッシュしてこいって時止さんが」
「なるほどね」
瀬川の言う通り彼の背後を見ると少し不貞腐れた蘭子の姿が。
確かに彼女は新生の件で一番ピリピリしているだろう。
「お、本当に純希いるじゃん」
すると瀬川はカウンターにいる純希の存在に気付く。
以前避難所で彼の言葉に救われた瀬川は少し気まずいが手を振った。
すると純希も笑顔で振り返す。
「じゃあここのテーブルね」
そして大きめなテーブルに案内するとその様子を見た店長が純希にある事を聞いたのだ。
「え、確かConnect ONEの人達だよね?快くんと仲良いんだ……?」
「えっと、避難所で知り合ったらしいっす……」
こうして快は純希と店長と三人でTWELVEの一同をもてなす事となったのだ。
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店長はコーヒーを淹れて快と純希は軽食を用意しながら出来たものから運んで行く。
しかしそんな中で店長の対応を見て快は少し胸が痛む。
「おぉ、純希くん上手いね!」
「そうっすか?」
「始めたばっかでここまで出来るの凄いよ」
明らかに快よりレベルの高い純希を見て思わずベタ褒めしてしまっている。
それを見た快は焦ってしまい店長もその様子に気付く。
「快くんも始めたばっかりなんだから焦らなくて良いよ」
「はいっ……」
それでも自分を導いてくれた店長が自分より純希に喜んだ態度を見せるのは少し嫉妬してしまう所があった。
そして余計に焦り快は調味料を間違えて入れてしまったのだ。
「あーこっちは塩だよ、砂糖はこっち」
「す、すいませんっ」
「いいよいいよ、幸い貸切だからね。でも快くん疲れてるみたいだけど大丈夫?」
「えっと、まぁ……」
それでも焦りを見せている事を隠し切れなかった快は店長からの好意で簡単な仕事だけさせてもらう事となった。
「無理しないで、じゃあ出来たもの運んでもらおうかな」
「あ、はい。そうします……」
そのまま快はTWELVEのみんなが座るテーブル席に向かい料理や飲み物を運ぶのだった。
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出来た料理やコーヒーを瀬川たちは美味しそうに味わっている。
「これ美味いっすね!」
竜司も店長に声を掛けて感動を伝える。
そして隣に座る蘭子を気にかけた。
「蘭子ちゃん、コーヒー好きでしょ?」
そう言われた蘭子は俯きながらもコーヒーを口にする。
そして一瞬だけ目を大きく開いて呟いた。
「……うまい」
その言葉を聞いた一同は大いに喜んだ。
店長も光栄に思っている。
「いやぁコーヒーに厳しい方って聞いてたから光栄ですっ!」
喜ぶ店長だが瀬川は気になった事がある。
それを直接この場で聞いてみた。
「あの、そいえば快はコーヒー淹れないんですか?」
瀬川の質問に快は思わず顔を上げてしまう。
店長は答えた。
「基本お客さんには最高を提供したいから修行中はまだだなぁ、忙しかったら任せるかもだけど。あ、でも今日は貸切だから修行には打ってつけかな?」
その発言で空気が変わる。
「快くん、ついでに純希くんも。今日はコーヒー提供してみる?」
ようやく快は店で自分の淹れたコーヒーを提供するチャンスを与えられたのだった。
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快と純希は二人で順番にお互いを見守りながらコーヒーを淹れて行く。
純希は楽しそうにしているが快は少し焦っており手元が少し震えていた。
しかし何とか堪えて綺麗な"の"の字を描く事が出来た。
これなら美味いコーヒーを淹れられたはず。
「出来ました」
審査員役は蘭子だ。
まずは快のコーヒーが入ったカップを手に取り口をつける。
「普通に美味いよ、店長のよりコクは少ないかもだけど」
ひとまずは安心だ。
店長に勝てないのは分かりきっているので蘭子に美味いと言ってもらえた事が少し励みになったのだ。
「よかった……」
しかし快の安心はすぐに打ち砕かれる事となる。
次は純希の番、彼もまだ慣れないようにコーヒーを淹れていく。
「よっと……」
彼もこの短期間で練習したようで手順などは完璧だった。
そして蘭子に提供される純希のコーヒー。
「うん、こっちも普通に美味い。二人とも後ちょっと頑張れば店で出せるんじゃない?」
「おぉ、マジっすか!」
喜ぶ純希と対象に快は少し落胆していた。
「え……」
数少ない特技であったコーヒーを淹れる事でさえ追い付かれそうになってしまう。
純希との差をどうしても感じてしまった。
出来る事から少しずつと言えど今まで出来た事から落ちるというのは苦しいのだ。
「…………」
明るい貸切の店内で快はたった一人、孤独を感じ一同と距離を感じてしまうのだった。
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快はバイトから帰宅した後、愛里と会う約束をしていた。
自宅アパートで愛里に少し今日の出来事を話す。
「これ、飲んでみてよ」
まず話の切り出しとしてコーヒーを淹れて愛里に出す。
少し吐息で冷ましてから愛里はそれを飲んだ。
「どう……?」
「美味しいよ、前より美味しい気がする」
そう言ってくれるが快の心はまだ不安だった。
その様子を愛里は察する。
「……まだ不安?」
恋人に心中を察してもらうが快はその事に対しても不安を覚えていた、それには明確な理由がある。
「うん、でもそれで良いのかなって……」
「どういう事?」
「せっかく色々と成長できたのにまたこうやって不安に感じちゃう所とか……支えてくれる人たちに申し訳なくて」
快が最も不安に感じる所はそれなのだ。
まだこうして不安になるのならこれまでの成長すら疑わしくなってしまう。
「店長は"みんなが分かり合うため"って言ってくれた、それなのにまた俺が卑屈になっちゃってまた余計にね……」
「そっか……」
愛里も一呼吸置いて少し考える。
そして割とすぐにある助言をした。
「成長する事は悩まなくなる事じゃないと思うけどね」
「うん……」
「でも辛いものは辛いんだよね」
「そうだね……」
それでもまだ悩み続けるような快。
視界が徐々に歪んでいき久々に小さなパニック発作に襲われる。
その様子を愛里は理解していた。
「じゃあ快くん、明日は休んで思い切り羽伸ばそ?」
背中をさすりながら提案をしてくる。
「でも明日はバイトだよ……」
「日曜日だから学校もないでしょ?きっと純希くん達が頑張ってくれるよ、事情も理解してくれるだろうし」
何よりも快が心配な愛里。
今まで自分は純希に負けていると思って来た、しかし今は愛里が純希の負担より自分を優先してくれている。
その事実が少し心を安らげてくれた。
「そうかな?」
「そうだよ、そこで遠慮せずに相談できてこそ分かり合えてるし歩み寄れてるって事じゃない?」
「じゃあ……」
こうして快は翌日にバイトを休み愛里と羽を伸ばす事を決めるのだった。
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決まった愛里との予定。
それを純希に伝えるために快は電話をかけた。
「ごめん純希、俺ちょっと明日行けそうにない……」
『大丈夫か?今日もちょっと元気なさそうだから心配してたんだ』
電話越しでも伝わる純希の優しさ。
少し申し訳なくなるがもう決めた事だ。
『無理はすんなよ?明日は任せとけ』
「ありがとう……」
こうして認めてくれる純希の事を思うと昔の事を思い出す。
かつて自分は殺したいと思うほど純希を憎み恐れていた。
「あのさ、昔はお前のこと本当に殺したいと思うくらい憎んでた」
『どうした急に?』
「でも今は……感謝してる」
『はは、お互い様だろ?』
こうして電話は切られ快は翌日のバイトを休む事となった。
久々のこの感覚なので少し休む事に対する不安もあるが恵まれた職場に出会えたため安心もあった。
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その日、新生は牢獄で時止からある話を聞いた。
TWELVEのみんなが快の働いている喫茶店に行ったという事、そしてその店の名前が"ルドベキア"である事。
『みんな君が居なくても幸せになろうとしてる』
時止はそんな言葉を残したが新生にとってはどうでも良かった、ある計画が浮かんだからである。
「最後に足掻こうか。だよね、ルシフェル」
新生が孤独にそう呟くと喫茶店ルドベキアの近くにある銀色の塊が近付くのだった。
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純希がカウンターに出ていると入り口の扉が開く。
「いらっしゃいませ……ん?」
扉は開いたのだが人影がない。
気になったため開きっぱなしの扉から外を覗いてみる。
「誰もいない?」
そしてふと下の方に目をやると恐るべきものを見つけた。
「っ……⁈」
それは銀色のスライムのような物体に生物の骨や肉が混じったようなグロテスクな姿をした存在だった。
そしてそれは突如として目を見開き純希の方を睨むのだった。
「ギョロッ……」
そして一言だけ、ポツリと呟いた。
「何見てんだスケベ」
つづく