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#1

 三日三晩、雨が続いていた。

 つい先日まで綺麗な夕陽に照らされていたと言うのに。

 この日、快は制服を着てある場所に来ていた。

 周囲の者はみな黒い服を身につけ静かに着席している。

 そして一同の視線の先には横山純希の遺影が。

 建物の外にある看板には"横山家"と書かれていた。

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 葬儀が終わった後、快は葬儀場の中で愛里と共に純希の遺影を眺めていた。

 そこで喫茶店ルドベキアの店長が心配そうに声を掛ける。


「快くん、大丈夫かい……?」


 愛里はすぐさま店長に気付き会釈をする。

 一方で快は店長の方を見ずに遺影に視線を向けたまま独り言のように呟いた。


「俺が純希をバイトに誘ったんです、そんで勝手に傷付いて休んだから純希は死んだ」


 その言葉には思わず愛里も反応してしまう。


「違うよっ、私が休むように誘ったから……」


 まるで自分を責めるようであった二人を見た店長は更に心配を強めた。


「そんな事はないよっ、僕だってあの場にいながら気付けなかった……」


 自分の責任でもある、お互い様だと言わんばかりに店長も自分を責めた。

 しかしその様子を見たある人物が三人に声を掛ける。


「お三方とも自分を責めないで、あの子も望んでないはず」


 声がした方に視線を向けるとそこには車椅子に座った弱々しい女性が。

 しかし人としての芯の強さは感じられる。


「あっ、純希のお母さん……っ」


 彼女は今回の喪主であり純希の母親にあたる人物だった。

 息子の死を嘆く三人を決して咎めはしない。


「純希ね、焦ってたんです。バイトも見つけられずに私を介護できないって。だからあなた方の店を紹介してくれて凄く喜んでた」


 そしてスマホの画面を見せて来る。

 そこにはバイトが決まった時の純希とのメッセージやり取りが残されていた。



『マジで快に感謝だよ、こんな良いトコ紹介してくれて!』



 自分を心から感謝するような文面に思わず胸が打たれる。


「採用してもらった後、嬉しすぎて送って来たんですよ」


 そして自分を責めるような快にそんな事はないと伝えた。


「最期に息子は幸せな時間を過ごせたんだと思います、だからきっと感謝してますよ。もちろん私も」


 車椅子から笑顔を見せてくれる母親。

 その目元には泣き腫らした跡があるが快にはそれを見せないようにしてくれている。


「そうですか……っ」


 快も目頭を熱くしながらその言葉を受け止める。

 そして一度外に出ると空は晴れていた。

 眩しい陽光を浴びながら手を空に翳すと愛里が声を掛けて来た。


「ねぇ、罪獣とかが憎いと思う?」


「どうしたの急に?」


「あのね、モヤが晴れたような顔してるから」


 そのような言葉を掛けて来た愛里。

 快は振り返りながら彼にだけ聞こえるように答えた。


「今の俺は……」


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『XenoMessiaN-ゼノメサイアN-』

 最終章参部作 壱

 第34界 イミビト






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 Connect ONEが滞在する自衛隊駐屯地。

 そこにある独房に新生は捕らわれていた。

 しかし絶望する様子もなくニヤニヤと笑っていた。

 看守もその様子を見て気味悪がっている。

 監視カメラでその光景を見ていた時止主任は溜息を吐き、名倉隊長が声を掛けた。


「新生さん、相変わらずですか……」


「そうだね」


 新生の余裕そうな表情を見た名倉隊長は悲しそうに呟く。


「まだ自分が正しいと思っているようです、もう一人の仲間であったルシフェルも死んだというのに……」


 そして先日のルシフェルとの最悪な決着を思い出し震えながら拳を強く握った。


「それなのにまだあんな事をっ……!」


 もう裏切られた悲しみと憎しみが混同しどうにかなってしまいそうだった。

 快の悲痛な叫びがまだ耳に残っている。


「彼は一体何がしたいんですっ⁈ これ以上何をするって言うのですか……っ!」


 その問いに時止は少し考える。

 そして一つだけ浮かんだ結論を語り出した。


「多分だけどこの前に聞いた継一の過去が大きく関わってると思う……」


 尋問の時に聞いた新生の生い立ち。

 それが彼と母親を奮い立たせる原因となっているのだろう。


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 新生から聞いた過去はこうだ。

 彼の父親は自閉症を患っていたらしい。

 母親は家族の反対を押し切って結婚し継一を産んだがその影響でどの親戚からも縁を切られてしまった。


 しかし母親が研究者として成功している事もあってかお金には困らず両親も愛し合っていたため彼らは幸せだった。


 研究をしている間は家に夫を残し、その夫は支援を受けながら内職をしていた。

 身の回りや継一の世話もヘルパーを雇い彼女も共に家族のように暮らしていた。


 しかし世間の風当たりは強かった。

 夫をヒモのようだと言う陰口が外に出るたび聞こえて来る。

 そして研究所でも余計な心配をして「別れろ」と言われてしまう。

 継一も幼稚園や小学校で父親がキモいなどとバカにされていた。

 父親と一緒にいると警察に職質を受け誘拐事件に発展しかけた事もある。


 自分たちは幸せだと言うのに、周囲の余計な歩み寄りにより安心できなくなってしまった。

 母親は父親が一度警察のお世話になった影響で研究所の主任になれなかった。

 大きな出世に身内のイメージは欠かせないのだろう。

 それを無念に思った母親の両親は父親を追い出すためにある画策を企てる。

 ヘルパーの女性とあたかも不倫をしたように見せる証拠を捏造したのだ。

 その結果一時的に夫婦関係に亀裂が生まれてしまう。

 無実であるヘルパーにも母親は酷い事を言い放ちクビを切った。

 両親も「あんな男を選ぶから、貴女を心配していた」と言う始末。


 何度も父親は妻と子に会いに施設を脱走しその度に警察に補導された。

 しかしそれは愛によるものだと気付いた母親は彼が悪くないと確信し、会いに行く事に決めた。

 彼が脱走したタイミングで母親も外に出て彼と顔を合わせたのだ。

 しかし道路の向こうに母親の姿を見つけた父親はやっとの思いで会えたと喜び飛び出してしまう。

 その結果大型の車に撥ねられ母親の目の前で命を落としてしまった。


 絶望した母親は世界の在り方を憎み変えようとした。

 夫と息子のデータから自らの研究対象であった神話に登場するインディゴ濃度が高い"選ばれし者"は発達障害を患った者に多いと確信し障害を抱えた者こそが人類を導くべきだと深く信じるようになったのだ。


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 その話を今一度聞いた名倉隊長だが先程の質問との関連性は理解できなかった。


「それは俺も聞きました、ですがもう負けは確定していますよ……」


 それでも時止主任は新生と母親である恵博士をよく知っていた。

 だからこそここまでする意味が少しだけ理解できたのかも知れない。


「あまりにも無念だったんだろうな……」


「え……?」


「幸せだった日々、それを何としても取り戻したいんだろう」


 そこで時止主任はかつて恵博士に言ってしまった事を思い出し後悔していた。



『そんなんだからシングルマザーなんですよ?継一も父親が欲しいみたいなこと言ってましたからね』



 その発言がどれだけ彼女を傷付けてしまったか。

 いかに配慮のない発言だったかを反省する。


「俺はなんて事を……っ」


 この後悔は一生消える事はないだろう。

 親友のため、それを思い続けて来たが向こうは自分をどう思っていたのか。

 こうなってしまった原因は自分にもあるのではないかと思えてしまった。






 つづく

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