フィーナの背に揺られながら、また他愛もない会話を繰り返す。
そうしているうちに、もうマロンの村が見えてきた。
「やっぱ早いなぁお前」
「あの身体の時より全然重くないんですもん! 余裕ですよ!」
言葉通り、フィーナは息も切らせていない。
「ここからは歩いていきましょう。もうすぐですから」
フィーナは俺を降ろして人型の姿に戻り、徒歩で行くことを促してきた。
「ついにこの姿をレベッカに見せるのかぁ」
「緊張します?」
「なんというか、逆にというか。もう少し後になるかと思ったのに案外早く帰ってきちゃったからなぁ……」
「はは。そんなの早い方が良いですって」
「なんかカッコ悪くない?」
「待ってる方が辛いですって。それに、今ならまだみなさんと足並みを揃えられるんじゃないですか?」
「そうか。学校、通えるかもしれない」
「忙しくなりそうですね。オレに会いに来る時間なんてないくらい」
「まだ言うかぁ?」
「だーってぇ!」
「行くって言ったろ? 待っててくれよ」
「絶対、絶対なんですからね!」
フィーナにとってはそればかりが気がかりなようだ。
俺の事を慕ってくれているってのが強く伝わって来て、別れるのが少し辛くなってくるな……。
「……フィーナ。お前はやっぱり、この村で暮らしたかったか?」
「違うといったら、嘘になります……。でも、オレを待っていてくれるヒトもいるんだって、わかりました。ご主人様のために全部捧げてもいいんです。でもそれは、ご迷惑だと、わかりました。オレ、本当に馬鹿だったんです。一直線にしか考えられなくて、がむしゃらになって。ご主人様と再開しなければ、まだオレはこの平原にいたかもしれないんです。オレ、幸せですよ。あの時より、ずっと。だから、だから……ご主人様が、いなくても……」
「……うん。ありがとな。フィーナ」
正直な話、俺がいなくてもあの姉妹たちと幸せに暮らすことは出来るだろう。でもフィーナは、それでもずっと俺を選び続けてきてくれた。
もう十分すぎるんだ。
「なんか、ずっと引きずっちゃいますね。覚悟、したはずなのに」
「そんなあっさりいくはずもないよ。当たり前のことだ」
「……やっぱり、今だけ、いいですか?」
そう言うと俺の前を歩いていたフィーナはぴたりと足を止める。
「え?」
急に振り返ったと思うと、フィーナはいきなり俺を押し倒してきた。
「うわっ!?」
「今だけ……ですから……」
そう言うとフィーナは馬乗りになった姿勢のまま俺に被さるように抱きついてきた。
「今だけったって……」
……しかし、フィーナはそれ以上何かをする気はないようで、ただ強く、強く俺を抱きしめた。
「……わかってます。オレのものじゃないんです。でもやっぱり、苦しいんですよ。一番近くに居たのに、オレは何もできなくて、でもご主人様は、いつも優しくて……その度にずっと、ずっとずっとたまらなくなるんです。だから、こうしたかった。レベッカさんには悪いですけど……今だけだから……」
自分を正当化するようにそう言うと、フィーナは俺に顔を近づける。
「……ご主人様。オレは、悪いやつですか」
「……悪くないよ」
「こんなこと……してもですか?」
「お前の想いを受け入れずに抑えつけたのは俺だ。その気持ちを知りつつお前を同行させていたのは、俺自身心苦しさがあった。……フィーナ。お前が望むなら、今だけは何をしてもいい」
「な……何をしても……?」
「お前にはその権利がある」
フィーナは俺の言葉を聞いて、強い動揺を見せた。拒絶されると思ったのだろうか。
でもこれも、俺はずっと気にしていた。
あの時フィーナの想いを聞いた時から、俺はこいつを利用しているのではないかとすら思ってしまっていた。
最後にこいつの気が済むのなら、それを受け入れてやらねばあまりに身勝手ではないか。
「じゃ……じゃあ!」
フィーナは、俺の体勢を変えて座らせると、正面に向かい合う。
そしてそのまま俺に抱きついた。
……でもやっぱりそれ以上はしてこない。
「……お前は、やっぱり優しいよ」
フィーナの頭を撫でてやると、俺に回された腕が震える。
それからしばらくフィーナは俺を離さなかった。
直接伝えられる彼女の心臓の音が、その気持ちの強さを物語っていた。