どれほどの夜をそうして過ごしただろうか。
寝ては起きてを繰り返し、何のために生きているかもわからない毎日をただひたすらに消費する。
自分が誰かもわからずに。
せめて私に家族がいたなら、もう少し違ったのかもしれないのにな。
そんなことを思いながら今日も路地裏を歩く。
「ニャコ!」
……と、聞き覚えのある声がした。
ゆっくり振り返ると、そこにはこの間の人間のオスがいた。
「探したんだよ! ニャコ!」
なんで? 私は別にこの人間とはなんの因縁もない。
勝手に名前をつけて、勝手にかわいがろうとしているんだろう。
だったら、放っておいてほしい。
私は別に、誰からの施しも受けたくないし、雑な裏切りで傷つきたくない。
「……ほら、帰ろう?」
……帰る?
この人間は何を言っている?
もしかして私を自分のペットと勘違いしているのだろうか?
だとしたら、あぁ、やはり人間は愚かだ。
自分が愛したものの姿形すらも間違えてしまうのだから。
「ニャ……」
さりげなく示唆するように声を出す。
私には家族なんていない。名前なんてない。
よく顔を見て、そうして引き返しなさい。
「……あっ! やっぱり! ニャコぉ!」
だが、こいつはそれでも私を抱き上げる。
「はっ、離しなさいよっ!」
急に身体に触れられたので勢いよく跳んで逃げた。
「えっ!?」
……し、しまった。
イラつきすぎていたせいで、つい反射的に人語を話してしまった。
「ニャ、ニャアン……」
「聞き間違え……?」
そう。そうだから、早くどっかいきなさいな。
「いや! 今確かに喋った! ニャコすごい!」
はあああぁ! なんなのこいつ……っ!
私はニャコじゃないし、喋ったことも指摘してくるし……めんっどくさいったらない!
「ああああぁ!! うるさいうるさい! 私はニャコじゃない! 誰よそいつは!」
「やっぱり喋れるんじゃん!!」
もういい。話した方が早い。
私は腰に手を当てて二足で立つと、キッとオスガキを睨んだ。
「私はただの野良よ。あんたの飼ってるペットじゃない」
「ねぇなんで喋れるの!?」
「今はその話してない! いい? 私はニャコじゃない!」
「でもニャコだよ。だって……」
「だっても杓子もない! 私は生まれてからずっと孤独よ! あの冷たい雨のこと、生まれたばかりなのに忘れられない……」
「やっぱり、そうだよ。ニャコは、生まれてすぐにいなくなっちゃった。雨が降ってて、お母さんはぼくを外に出してくれなかった。……ごめん、ニャコ。ぼくたちが、守ってあげなきゃいけなかったのに」
「なによ……それ……それじゃあ、ほんとうに、あんたが……」
「今までごめん、ニャコ。でもこれからはずっと一緒だよ」
「でも……でも私、こんな風に人の言葉喋るし、二足で立てるし……おかしいでしょう?」
「そんなの関係ない。ニャコはぼくたちの家族だよ。きみが生まれる前から、ずっとずっと会いたかったんだ」
「う……ぐす……もっと、はやくきなさいよぉ」
「ごめん……ごめんね、ニャコ」
彼は私を再び抱き上げる。
今度はもう、私は逃げなかった。
どこにもないと思った居場所が、こんなところにあったんだ。
生まれて初めて鳴ったノドが、なんだか自分でも心地よかった。