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2−6 分からせられないザコ娘1

「到着〜!」


「なんだい君たち、藪から棒に」


今日も今日とて放課後の一幕。

きらら系に一番似合うと言っても過言ではない時間が始まったところです。

しかしながらそれはそれで、今日はどんな惨劇が潜んでいるのかと私はひやひやしていました。


さて、私ともる子さんがたどり着いたは部室棟の一室。

きらら部がある三階から離れて、一階の一番端の教室に構えられた占い部「侑來來うらら」です。

迎えてくれた、というよりも招かれざる客だと言う風に嫌な顔をしてちょこんと座っているのは二年生で部長の祈さん。

少しばかり前にもる子さんが、些細さんで殴打した緑髪の女の子です。


「祈ちゃん、おひさ〜!」


「おひさ〜じゃなくてだね...。もる子くんや、扉は普通に開けてくれないかな?勢い余って外れちゃってるからさ」


「今暇?」


「ん?あたしの話は無視かい?もる子くん」


「聞きたいことがあるんだけどいいかな!」


「お?聞く気がないのか君は?その耳は飾りか?」


「最近さあ、みんな能力能力ばっかでさ〜、私にもなにか無いのかなって気になっちゃってさ〜」


「ん?通じないのか?なあ?言語に齟齬があるのか?」


「ってことを江戸鮭ちゃんに相談したらさ!祈ちゃんは能力が見えたりするって言うじゃん!?だから私も見てほしくって来たんだ!」


「おん?聞こえないことにしてるのか?なんなんだ君」


「いいの?ありがとう!」


「江戸鮭君、こいつどうにかしてくれ」


私は呆れ果てた祈さんに苦笑いを返すことしか出来ませんでした。


「祈ちゃん!私の能力ってどんなのか教えて!!」


「...もういいや、で何だい?能力?」


「うん!部活の皆も叙城ヶ崎先生もカッコよかったからさ〜、私にもなにかあるのかな〜って思って!聞けば『おちむしゃ』のみんなもあるって言うじゃん!?私も欲しい!」


「『おちむしゃ』が何かは知らないけれど...まあ構わないよ。私の特技だし、見てあげよう。でも扉はなおせ」


「やった〜!」


祈さんはそう言うと早速立ち上がり、もる子さんの目の前にまでやってきました。

そして彼女の胸のあたりをジロジロ観察し始めます。

屈んだ上に急接近した彼女に「やたら近いな...」と思いましたが口にはしません。

きっとこれが祈さんのやり方なのですから。


「祈ちゃん。なんかやたら近くない?」


「我慢してくれ。見るためにはこうしないといかんのだよ」


「...江戸鮭ちゃんなんかこれ少しキモいね」


「いや、何いってんですかもる子さん...」


「いやだって胸ジロジロ見てるし...。祈ちゃん女の子だよね?」


「女だよ!失礼しちゃうな!」


「ならいいけど...もっとお洒落したら?帽子とか」


「好きでやってんだよ!言うなよ!いいだろ!陰の者なんだから!」


「江戸鮭ちゃん。陰の者って何?忍者?」


「...うん、まあ。そんな感じです」


「へ〜!祈ちゃんすご〜い!」


「バカにしてんのか!...少し黙っててくれないかな。集中できないから...」


「は〜い!」


喧嘩を売りに来たのか占いに来たのか分かりませんが、そんなもる子さんを占うべく、祈さんはじっと目を凝らします。


「え〜、あ〜。うん...」


「どう?私の能力!」


「あ〜、うん、そうだね...」


「なんか感じる!?」


「ん〜、ないわけじゃなさそうだけどね。まだちょっと、発芽したばかりというか...分かる状態まで育ってないって感じ...なのかな...?」


「えー...ショック」


「でも無いわけではないからね。何となくだけれど、汎用能力の『目童かなめ』っぽい何かは感じるかもね」


「かなめ?」


「そう。目童」


「なにそれ?」


「おめめの色が変わる。カラコンいらずだ。それに...」


「え〜、つまんな〜い」


もる子さんは祈さんが話し終える前に駄々をこね始めました。

そして祈さんの頬を両手で抑え込むと、むにむにと揉み始めます。


「やめいやめい!あのねもる子くんや。目童といっても沢山種類があってね。虹彩の色によって色々違うものなんだな〜コレが。例えば赤い色の瞳は通称『朱涸声からんこえ』。誰かを守るぞ〜とか、何かを大切にしたい〜って人に現れるやつだ」


「でもカラコンいらいらずな能力ってだけでしょ〜?」


「むにむにやめい!...確かに瞳が赤くなる。だがそれで終わりじゃないんだよ。少しばかり肉体的に強くなる感じ。要するに物理で殴る」


「おお〜!そっちは使い勝手いいね!」


「ま、そっからも色々派生があってだね〜。基本は黒からだんだん色が変わっていって、最終的な色分けは十色に別れるわけでな。その中でさらに通常型ってのと変態型があってだな...」


「祈ちゃんって得意なことだけめっちゃ喋るよね」


「えぇ...」


聞かれたから話しているに過ぎない祈さんに、実に残虐な一発が突き刺さります。

確かに説明になった途端に饒舌になる彼女ですが、あんまりです。


「うっせえ!いいだろ!こんくらいでしかイキれねえんだよ!」


「目童って中二ネームも祈ちゃんが考えたの?」


「中二っていうな!汎用能力は元から名前が付いてるの!」


「ふーん。そっかー。でも汎用じゃなんかカッコつかないなあ」


「あのね、汎用だったとしても特異に変化するものもあってだな。花盛の最終段階だったり、目童で言えば二色以上の色が混じったりもして...」


「祈ちゃんって得意なことだけめっちゃ喋るね」


「だから言うんじゃねえ!」


「でもそっか〜!私にも能力あったんだ!やったね!それに瞳が赤くなるとか、私も実質忍者じゃん!名前つけよ名前!赤いから〜...スカーレットヴァーミリオン〜春風に季節の果物を添えて〜とかどうかな!?」


「君も中二じゃないかそれ?」


中二回というよりは小洒落たレストランのシェフが作った気ままなディナーセットみたいになっていますが、もる子さんがそうしたいなら私は何も言いません。

ここ最近ではあまりなかったツッコミを入れてくれる人がいることに、私は心から笑みを浮かべました。


「君もなに笑ってんの?」


「いくぜ、我がまなこ!レッドクリムゾン!」


「名前変わってるけど!?」


両手を広げてブーンと室内を駆け巡るもる子さん。彼女の自由奔放さには毎度毎度驚かされます。


「走り回るなあ!隣に怒られるからさあ!!それに暇なら扉なおしてくれよ!」


「やっとく〜」


もる子さんは今度こそきちんと言うことを聞いたようで、外れた扉をガタリガタリとつけ直しはじめました。


「まったく...今までで一番嫌な客だよ君たちは...」


「すみません...」


「まあいいよ。止めようと思って止められるものじゃなさそうだし、彼女」


「ごもっともです...」


私の意見と合致するような考えを持ってくれた祈さんに、自分って間違っていなかったんだな、と安堵しました。


「ところでなんだけど江戸鮭君や」


「はい?なんでしょうか...?」


「君のことも見てもいいかな?」


「わ、私も?」


彼女は重そうなとんがり帽子を抑えながら頷きました。

私は躊躇いながらも会釈をします。

許諾が取れたと見て、彼女はもる子さんのときと同様に私の胸元にぐっと顔を近づけました。

まるでそこに心という実体があるかのように。


「......なぜ胸元を隠す」


「いや、なんか、こう条件反射で...」


「見えにくいから手ぇどけて」


両腕を掴み上げられ、無理矢理にでも心を覗こうとする祈さんに私はこれまた条件反射で抵抗してしまいました。


「ちょ、やめてください!」


「いいじゃないか。減るもんじゃないし」


「もっと言い方ありませんか!?」


「よいではないか、よいではないか」


「ひぃ変態!」


なんてやり取りをしていると、扉を直し終えたもる子さんがどうしてか、私と祈さんを見ていることに気づきました。

見ていないでさっさと止めてほしいところでしたが、どういうわけか彼女は挨拶をしたのです。


「こんにちは!わたし、もる子だよ!こっちのゴスロリは江戸鮭ちゃん!こっちの緑色のが祈ちゃん!」


様式美のようになったその名乗りをなぜ今ここであげたのか。

その疑問はすぐに分かりました。

もる子さんの目線は私と祈さんの間を通り抜けて、向こう側の窓を見つめていたのです。

私たち二人は争いの手を止めてから、もる子さんの眺める先を見ました。


窓の外は学園の裏庭が広がっていていますが、立ち入る学生はそんなに多くありません。

これといって何もないところですし、その上土が剥き出しで足元も悪い。

よほどの物好きか掃除をお願いでもされなければ立ち入ることはないでしょう。

ですが確実にそこに人影はあるわけでして、その方は開け広げられた窓のふちに両腕を起き、片一方で頬杖をついていたのです。


「ぷぷぷ、タイミング悪かったかなって感じぃ??」


誰?と呆気にとられる私達にをよそに、もる子さんはもう一度挨拶をしました。


「こんにちは!」


「どもぉ、こんにちわぁ」


「どちら様?占い部に用があるの?」


「ちょっともる子くん、勝手に話を進めないでくれるかね?占い部に用なら私が代表。祈だよ」


我が物顔で話を進めるもる子さんを押しのけるように前へ出た祈さん。

ですが窓辺の訪問者は黒いおかっぱ頭をサラサラと動かして、ニンマリした三白眼ぎみの大きなお目々で私たちの顔を舐めるように見回すばかり。

どこか満足げというか、人を見下すような笑みでしばらくそうしてから、窓辺の彼女は鼻にかかった声で言いました。


「ん〜、御用は御用だけどぉ〜、この鰐噛稀わかまれ 兎籠おいつめちゃんが用があるのは、そっちの二人って感じぃ?」


「私と江戸鮭ちゃんに?何のよう?」


もる子さんの返答というか質問に、鰐噛稀と名乗るおかっぱさんは興味がないといったようで、まるで気ままな猫のよう。

今度は腕時計なんかを見ていますし、用があると言っておきながら、そんな彼女の態度は無礼なのではと思いました。


「ねえねえ?何の用なのかな?」


もる子さんと私に用があると言って、碌な用事があった試しはありません。

九割九分が質候さんの刺客で、あとの一分が先生からの呼び出しと言ったところですから。

私はまた面倒くさそうなことに巻き込まれるのかと、密かに肩を落としました。

ですが、この小さな来訪者は予想よりも何倍も何倍も厄介だったのです。


「お〜ん、ちょうどいい時間かもぉ」


時計はちょうど四時半を指しました。

もる子さんの何?何?口撃をひたすら無視して躱した鰐噛稀さん。

彼女は満足げな表情で、一方的に話を続けます。


「もる子ちゃん、江戸鮭ちゃん。私と勝負しよっかぁ」


「勝負?勝負ってことは刺客の人かな?よ〜しやっちゃうもんねえ!」


腕をブンブン回しながら、もる子さんはすでに準備万端といった様子。


「何で勝負する?格闘技?」


どういうわけかこの学園ではもる子さんに近接戦闘を挑む方が跡を絶ちません。

しかし鰐噛稀さんは意外な言葉をねっとりとした口調で口にしました。


「ぷぷぷ、それもいいけどぉ、あたしが提案するのはぁ〜、おにごっこ」


「おにごっこ?」


もる子さんはハテナを浮かべて首を傾げました。

それは私も一緒でしたが、子供っぽく大人をバカにしたように笑う彼女のイメージからはなんとなく納得できてしまうような気もしました。


「ル〜ルはかんたぁん、制限時間内にあたしを捕まえたら二人の勝ちぃ」


「いいよ!走るのは得意だから!制限時間はどのくらい?」


「今から三十分かなぁ。あたしが勝ったら、素直に話お縄につくことぉ」


「よ〜し、絶対負けないよ!」


「それで、もしあたしが勝ったらぁ」


伸脚を始めたもる子さんに向かって、またもや舐めてかかるような表情を浮かべて、鰐噛稀さんは言いました。


「出会わなかったことにしてあげる」


紅潮した表情と少し荒くなった呼吸を整える素振りもなく、彼女はぺろりと舌を出しました。


「うん?どういうこと?」


「ぷぷぷぅ!わかるように説明してあげるとぉ、二人が学園でぜ〜んぜん面識がない状態に戻してあげるって言ってるのぉ」


「なにそれ?だって江戸鮭ちゃんは私の友達だし、忘れることなんてないよ?」


「だぁかぁらぁ、そういう記憶も思い出も、全部全部なかったことにしてあげるぅって言ってるのぉ」


「???鰐噛稀ちゃんが何言ってるのか分かんないよ!」


もる子さんは声を荒げます。

ですがそれでも鰐噛稀さんは余裕の表情で、またもやぺろりと下唇を舐めました。


「あたしの能力なんだけどぉ、なんと時間を戻せちゃうんだぁ。スゴイでしょ?何時間戻すかも何日戻すかも自由自在って感じぃ。もしもそんな力使われちゃったらぁ、お友達だったことも忘れちゃうんじゃないかなあ?」


彼女の言葉に冷や汗が流れ出ました。

時間を戻す、なんてあまりにも荒唐無稽なセリフ。そんなまさかと疑うことしか出来ません。

ですが鰐噛稀さんの表情は、どこか自信に溢れているようにも見えて、私は半歩ほど後退りしてしまいました。


「それは困るよ!全部全部大切な思い出だもん!」


「でしょ?でしょぉ?もる子ちゃん、忘れたくないでしょ?大切な思い出ぇ?無くしたくなかったら、あたしのこと捕まえてみてねぇ?あたしの能力が効いちゃう前にぃ」


「うん!絶対捕まえる!負けない!」


もる子さんはその場で何度も足踏みをしました。

全くもってこちら側に得のない勝負ですが、降りるというわけには行きません。

約一ヶ月の色々をまるまるなかったことにされるなんて、想像がつきませんし余りにも悲しすぎますから。

ですが私も彼女の言葉に心底絶望に染まっているというわけではなくて、きっと大丈夫だろうという謎の安心感がありました。


「ぷぷぷ、じゃあスタートぉってことでぇ、ばいちゃ☆」


唐突に開始の合図をして姿を消した鰐噛稀さん。

私が「あ...」という間もなく窓辺からサッと走り去っていきました。

ですがそこはもる子さん。

備え持った圧倒的機動力に物を言わせ、すぐさま窓枠を飛び越えました。

私と祈さんが、窓引っ付いた時にはすでに鰐噛さんは彼女の手中に収まっていました。

謎の安心感の正体、それはまさにもる子さん自身なわけで、多分彼女だったらいつもの感じですぐさま問題解決に至るだろうと思っていたのです。


カチ


───


唐突に開始の合図をして姿を消した鰐噛稀さん。

私が「あ...」という間もなく窓辺からサッと走り去っていきました。

ですがそこはもる子さん。

備え持った圧倒的機動力に物を言わせ、すぐさま窓枠を飛び越えました。

私が祈さんに一足遅れて窓引っ付いた時にはすでに鰐噛さんは彼女の手中に収まっているかと思われたのですが、どういうわけかすでに鰐噛稀さんは遠くまで走り去っていたのです。

決して速いとは言えない走りなのに、もる子さんは追いつけずにいたのです。

それどころか、もる子さんにして珍しく何もないところで足を取られたようでつまずく始末。

私は下品にも窓枠を乗り越えて駆け寄りました。


「もる子さん!大丈夫ですか!?」


「いたた〜、なんかつまずいちゃったよ〜...いつもはこんなことないんだけどなあ...。でも言ってる場合じゃないね!追わなきゃ!」


「そ、そうですね!」


「なあ君たちや」


祈さんも心配だったのか、窓を乗り越えてやってきました。

そして立ち上がったもる子さんと私とを交互に眺めて、なにやら訝しげな顔をしました。

彼女が何やら言いたげなのは明白でしたが、そんな思考を吹き飛ばすように、頭上からバカにしたような笑い声が木霊します。


「ぷぷぷぅ!ホントに転んじゃってるぅ、カワイそぉ〜」


校舎二階のベランダから身を乗り出すのは鰐噛稀さん。この短時間ですでにあんなところにまで行っていたようです。


「これじゃああたしの勝ちは明白ぅっていうかぁ?もう勝ち確ぅ?余裕すぎって感じぃ?このままじゃ負けちゃうよぉ?いいのふたりともぉ?負けちゃっていいのぉ?ねえ、どんな気持ち?いまどんな気持ちぃ?負け確決まっちゃってどんな気持ちか教えてよぉ〜。兎籠おいこみちゃんわかんなぁ〜い」


「くっそ〜!鰐噛稀ちゃんめえ!」


悔しそうに唇を噛んだもる子さんは姿勢を低くすると、一一階の壁に向かって一気に駆け出します。

「ぶつかる...!」と思った直後に、もる子さんは体を捻るとそのまま窓を蹴り飛ばしました。

反動で宙に浮いた彼女はそのまま、突き出た二階のベランダの下部を握りしめ、そこを軸にクルリと回ると鰐噛稀さんのすぐ横へと着地しました。

まるでパルクールでも見ているようで、私も祈さんも何も言えませんでした。


「ふっふ〜ん!どうだ鰐噛稀ちゃん!ばっちり追いついちゃったもんね〜!」


「へ、へぇ、中々やるじゃぁん」


鰐噛稀さんは腕組なんかして余裕ぶっていますが、下から見上げている私にすらわかるほど汗をかいていました。


「どう?降参する?」


「ぷぷ、あたしが降参?そんなことありえないから!」


踵を返してベランダを疾走する鰐噛稀さんでしたが、直線上で短距離とあらばもる子さんの敵ではありません。

あっという間に追いついたもる子さんは、鰐噛稀さんが羽織ったパーカーのフードを掴み取ろうと


カチ


───


「くっそ〜!鰐噛稀ちゃんめえ!」


悔しそうに唇を噛んだもる子さんは姿勢を低くすると、一気に一階の壁に向かって駆け出します。

「ぶつかる...!」と思った直後にもる子さんは体を捻ると、そのまま窓を蹴り飛ばしてさらなる跳躍を!

...と思われましたが、直後、カラカラと呑気な音を立てて窓が開きました。


「掃除とかだりぃなあ...」


といって顔を見せたのは銀髪口悪軽音部の些細さん。

不幸にも茶髪の女子高生と正面衝突した彼女は次の言葉を紡ぐ間もなく、着地を待ち望んだもる子さんの全力全開のドロップキックとともにすっ飛んでいきました。

無事着地も大失敗したようで、二人揃って教室内で某犬神家の一族ように大股を広げて逆さまになっていました。


「いっっっった〜!!!些細ちゃんタイミング悪すぎ!今はだめだよ!?何やってんの!?」


「もる子さん、聞こえてないと思いますけど...それに何やってんのは多分、些細さんのセリフでは...?」


駆け寄った私は頑丈すぎる栗色よりも、ピクピクと微細をやめない銀色頭を気にかけながら言いました。


「くっそ〜!絶対行けると思ったのに!」


「急ぐのは分かりますけど...流石に二階まで跳ぶのは無謀ですよ...」


「いけるって〜!絶対行けた!絶対に些細ちゃんのせいだもん!」


「あの君たちさ」


そう言って祈さんが私の隣で窓枠によりかかりました。

その顔はどこか不安そうというか不穏そうというか、眉をひそめて不満そうでした。


「祈ちゃん!大丈夫!絶対とっ捕まえるから!」


「それは良いんだけど」


「鰐噛稀ちゃんどっちに走っていった?」


「鰐噛稀くんよりこっちが気になっていたからわからないけど...もう姿はないだろうよ」


「うぐぐ〜、最初っからやりなおしじゃんよ〜!」


「やり直しというより、どこにいるかもわからなくなってますからね...」


「くっそ〜!」


もる子さんの慟哭に呼応するように、教室の外、廊下側から「ぷぷぷ」という笑い声が聞こえます。

かららと、ほんの十センチほど開けられたドアのスキマから、すでに見慣れ始めているこちらを見下すような黒い瞳が覗きました。


「ぷぷぷぅ、あぁあ愚かぁ。ぜんっぜんあたしに追いつきそうもないじゃぁん。そんなのに勝負に乗っちゃったんだぁ?まさかだけどぉ、もる子ちゃんってウワサだけぇ?」


「鰐噛稀ちゃん!そんな狭いとこにいやがって!」


「いや、狭いわけではないと思うんですけど...」


私のツッコミも虚しく、鰐噛稀さんの煽りは続きます。


「もしかしてぇ、いままで風紀委員に勝ったってのはぜぇんぶマグレもマグレぇ?たまたま運が良かっただけって感じぃっ?」


「違うもん!ちゃんと毎朝毎昼毎放課後戦って勝ってるし!マグレじゃないよ!実力!」


「えぇ〜?ほんとぉ?私を捕まえられないのにぃ?」


「ホントだよ!!今日はちょっと調子...、いや運が悪いだけ!!」


「でぇもぉ、運も実力のうちって言うしなぁ〜。運だけじゃないならぁ、もっとバンバンかかってきてほしいなぁ。ほらぁ、時間ないよ時間〜」


「ぐぬぬ!」


彼女の煽りにもる子さんは立ち上がろうとしましたが、一歩を踏み出すと同時に些細さんの握っていたであろう箒につまずいてまたもや転倒。

しかも運の悪いことに些細さんのオデコに思いっきり顔面からダイブ。

そこら中を転げ回り痛みに耐えるのでした。

私は心から心配しました。

本当に大丈夫だろうかと心から思いました。

もちろん些細さんの方をです。


「ぷぷぷぅ〜っ!運もなし、実力もなしじゃぁ、この鰐噛稀わかまれ兎籠おいこみちゃんに勝てるわけないじゃぁん。降参しなよぉ、こ、う、さ、ん」


「やだよ!私は絶対勝つんだから!誰にも負けたりしないんだから!」


「えぇ〜?マグレで勝ってて実力はぜんっぜん伴ってない全身よゎよゎ甲斐性無しぃって感じなのにそんな無責任なこと言っちゃぅのぉ?」


「だから今日は運が悪いだけなの!!」


「だ、か、らぁ〜、運も実力のウチだってぇ」


「ぐむむ!私が本気で追いかけたら一瞬だからね!鰐噛稀わかまれちゃん!」


もる子さんは今までにないくらい本気で悔しがっていました。

腕をピンと伸ばして、肩は上がり、呼吸は荒くなり、小さく地団駄なんかも踏んでいます。

それでも鰐噛稀さんは煽りをやめません。

むしろ怒っているもる子さんを見て楽しんでいるようでした。

もしかしたらそうやって冷静な判断を奪うのが鰐噛稀さんの作戦だったのかもしれませんが、例えそうだとしても限度というものがありまして...。


「ぷぷぷぅ、できないことはいっちゃだぁめ、今すぐ負けを認めるかぁ、命乞いとかしてみちゃったりするぅ?実力も運もな〜んにもない、ヨワヨワなザコ虫ちゃん♡」


「は?」


瞳孔がカッぴらいたもる子さんの行動はとても早かったです。

それはもう今まで見たことないくらいの速度で扉に飛びつくと、隙間に両手を突っ込んで無理矢理に開け放ちました。

あまりのことに行動が遅れた鰐噛稀さんは体を反らせるも時すでに遅し、頬を両側から鷲掴みにされていました。


「ザコって言った?ザコって言ったよね?ねえ?そんなに言うんだったら、それなりの責任持ってね。鰐噛稀ちゃん」


カチ


────


瞳孔が開いたもる子さんの行動はとても早かったです。

それはもう今まで見たことないくらいの速度で扉に飛びつくと、隙間に両手を突っ込んで無理矢理に開け放ちました。

あまりのことに行動が遅れたかに見えた鰐噛稀さんでしたが、もる子さんが飛びつくと見るやいなや脱兎のごとく逃げ出しました。

ですが、いまのもる子さんはそのくらいでは止まりません。

私が廊下を覗き込みまでのごく短時間に鰐噛稀さんを手中に、


カチ


───


瞳孔が開いたもる子さんの行動はとても早かったです。

それはもう今まで見たことないくらいの速度で扉に飛びつくと、隙間に両手を突っ込んで無理矢理に開け放ちました。

あまりのことに行動が遅れたかに見えた鰐噛稀さんでしたが、扉を開けた時にはすでに姿はありません。

彼女はすでに廊下のはるか先まで逃げていたようで、教室から顔をのぞかせたもる子さんは、眉をしかめて遠くを見ていました。

私も廊下を覗き込むべく近づこうとしましたが、今度はもる子さんの姿がありません。

兎を捕まえる猛禽類かと言いたくなる速度で、遥か彼方、廊下の突き当りにある階段を目指しているであろう彼女を追いかけています。

そしてついに、


カチ


───


彼女はすでに廊下のはるか先まで逃げていたようで、教室から顔をのぞかせたもる子さんは、眉をひそめて遠くを見ていました。

私も廊下を覗き込むべく近づこうとしましたが、今度はもる子さんの姿がありません。

兎を捕まえる猛禽類かと言いたくなる速度で、遥か彼方、廊下の突き当りにある階段を目指しているであろう彼女を追いかけています。

そしてついに、というところでまたもや転倒。

何につまずいたのか分かりませんが、中々派手に倒れ込んだもる子さん。

ですが、そんなこと今の彼女には関係ないようで即座に立ち上がると階段の上に消えたおかっぱ頭を追っていきました。


私は二人を追うべきか迷っていました。

きっと私のようなヘナヘナが追いかけても追いつけないなと言う自負がありましたし、多分カチンと来てしまっているもる子さんに近づくことも少し憚られたからです。

あたりをキョロキョロしながらどうしようかと考えていると、後ろからポンと肩を叩かれました。


「い、祈さん...。私、どうしましょう...」


「うーん、そうだね」


「もる子さんのこと追ったほうが良いです、よね?任せっぱなしなのもあれですし...なんだか転んでばっかりで心配ですし...」


「うん、まあ一階落ち着こう。な?」


「時間戻されちゃっても困りますし、それに...いやでも、なんか怖いし...ど、どうしましょう。それに私なんかじゃ、足手まといに...」


「一階落ち着こう、江戸鮭くん」


「は、はい...」


私は何度か深呼吸をしました。

少しばかり落ち着いた私に向かって、祈さんが口を開きました。


「江戸鮭くん。君、気づいてるかい?」


「気づいてる...?何がでしょうか...?」


「はあ、やっぱし気づいてないのか。さっきからおかしいんだ。君ももる子君も」


「おかしい...ですか?」


私は自分の体を見回します。

不審なところは何もありません。


「君たち多分、既に彼女の言うところの時間を戻されてるよ」


「...へ?」


私は鳩が豆鉄砲をくらったように目を丸くしました。

全くもってそんな自覚はないわけですから当然と言えば当然です。


「えと...いつでしょうか?」


「いつ、というか...そうだね、多分最低五回は」


「そ、え?ゴ、五回も!?」


祈さんは腕を組んでコクリと頷きました。

それから目頭を押さえて、ポケットから眼鏡を取り出しました。


「最初に鰐噛稀くんが時を戻したのは窓際。彼女がスタートを告げたとき。もる子くんは一度彼女を捕まえている」


「え、ええ?」


「次は二階から見下みおろされたとき。もる子くんは二階へ飛び移ったはずだったがまた瞬時に一階に戻っていた」


「戻っていたって...」


「そして今さっき。ブチギレたもる子くんはドアを開けて鰐噛稀くんの顔をぎゅっと掴んでいた。けれど次の瞬間になったら君たちは何事もなかったかのように元の位置に戻っていて同じことが繰り返された。また扉を開けたときには鰐噛稀くんは遥か彼方。それでももる子くんは捕まえた。そう思ったもつかの間、また同じ位置に戻っていて、そこからはご覧のとおりだよ」


「...。」


私は祈さんの言っていることに覚えもなければ納得もできませんでした。

鰐噛稀さんを捕まえた記憶なんてありませんし、わざわざ逃がしてからもう一度繰り返したなんてことだってあり得ません。

ですがそれは私目線の主観的出来事であって、祈さんという第三者視点からみれば私たちは不自然な繰り返しをしていたようでした。


「君たちはすでに攻撃を食らっていたわけだね。でもわからないことがある」


「な、なんでしょうか...」


「考えてみて。こうも簡単に時間を戻せるのなら、なんでわざわざ鬼ごっこなんてことをしたのか」


「ま、まあそれは...」


「鰐噛稀の能力の詳細は分からない。あたしが鑑定したものじゃないからね。でもわざわざ回りくどいことをするってことはなにかあるんだと思わないかね?」


「なにかある...?」


「そうしないといけない、とかね」


祈さんは顎に手をあてて、私に顔を近づけました。


「『易読仮名えきどくいろは』」


「え...?」


「些細の持ってる能力だよ。知ってるだろ?彼女の能力ってどんなのだい?」


私は最初に些細さんに出会ったときの事を思い出しました。

持さんから説明を受けたそれをなんとか引っ張り出します。


「些細さんの...えっと、言った言葉を実現するみたいな...」


「自分に付与するって感じかな。速くなれって言えば速くなる。強くなれっていえば強くなる。簡単でそこそこ強い能力だね。でも、何でもかんでも付与できるわけじゃない」


私はまたもや記憶を引っ張り出します。

もる子さんと些細さんがやり合った時、質候さんと些細さんがやり合った時、彼女は何をしていたか。


「四文字でいった言葉限定...」


「その通り。口にしたらだいたい何でも叶えられる。しかし四文字という制約がある。持の花盛も似たようなもんだ。エフェクトを出してる間は両手が塞がる。いや、両腕を前に突き出せば花盛が発動する。蛍日和先輩だってそうだろう?」


「...。」


「わかるかい?あたしが何を言いたいか」


些細さんは何でも叶えられるけれども四文字という制限があって、持さんは手が塞がって...。

私は二人以外にも能力を使った方々を思い出します。

『自愛召物』でもる子さんの服を変質させ、メジャーを意のままに操った叙城ヶ崎先生。

『後刻舞』といって銃のハンドサインをした、おちむしゃ部の鷹目隼ためさわ織戠おりりさん。

シャボン玉に当たったもを希釈するバーチャル部の何故なにゆえあわさん。

蛍日和さんは分かりませんが、全員の能力には何の共通点もないように思えました。

しかしながら能力という点は重要でなかったのです。

ハッとした私は告げました。


「条件、がある...?」


「正解」


そうです。

能力を使う方々には全員何かしらが課されていたのです。

条件というには微妙なものもありますが、些細さんだったら能力を発動するときに『四文字で何かを発すること』。

持さんなら『両腕を前に突き出すこと』。

叙城ヶ崎先生なら『変質させるための服の材料が近くにあること』。

鷹目隼さんは...多分、『ハンドサインで銃をつくること』

あわさんの場合は『シャボン玉を当てること』


「で、では...鰐噛稀さんは...?」


「それがわからない。彼女が捕まることが条件かとも思ったが、二階にもる子くんが上がれた時間軸では掴む直前には発動していた」


「...。」


私は祈さんの言った「時が戻ったときのこと」を思い返します。


私の記憶では、もる子さんは窓辺で鰐噛稀さんを撮り逃し、その後に転倒して逃げ切られた。

二階へのジャンプも失敗して質候さんにドロップキック。

扉越しに煽り倒した鰐噛稀さんは遥か彼方まで走っていて、もる子さんは転びながらも二階へかけていった。


ですが祈さんが言うには、窓辺で一度鰐噛稀さんを捕まえるも何故かパッと移動していた私たちから逃げおおせた。

二階へ飛び移ったもる子さんが捕まえる直前にまたもや無かったことになり窓へドロップキック。

些細さんを犬神家送りにした後に、扉越しでキレたもる子さんに頬を掴まれるも元通り。

繰り返して扉を開けたら鰐噛稀さんは逃げていて、追いかけたもる子さんが捕まえたかと思えばまた元通り。

そして今。追いかけっこが再開されて、転んだもる子さんが階段を登って追いかけていった。


確かに『捕まえられた時』には能力が発動しています。

しかし、二階へ行った時にはもる子さんの手は届いていなかった。

そうなれば次に考えられるのは『捕まえられそうになったとき』に能力が発動しているわけで...。


...ですが確証はありません。

もしも条件が違えばまたもや元通りとなって鰐噛稀さんを捕まえることはできないでしょう。

今はほんの数秒時を戻しているだけですが、もしかすると彼女の言う通りに私ともる子さんが出会う前まで遡られてしまうことがあるかもしれません。

そう思うと私は今すぐにでももる子さんの後を追いたくなりました。

残り時間はあと僅か。

ですが、私の足は動こうとしません。

きっと私が追いかけたとしても、もる子さんの足手まといになるのではないかという不安と、何もできないまま本当にずっと前まで時間が戻ってしまったらという恐怖が纏わりついているのです。


転校初日に質候さんに絡まれたときも、第一軽音部の皆さんにあったときも、叙城ヶ崎先生に着せ替えられたときも、おちむしゃ部に行ったときも、それにこの前のあわさんのことも...。

結局私はもる子さんに頼って守ってもらってばかりでした。

自分に何ができるのか、それが私には分かりません。

でも、もる子さんと第二軽音部の皆さんと、おちむしゃ部の方も先生も、質候さんも、もちろん祈さんだって私にはとても大切な人たちで、今が決してきらら系な日常には程遠い生活だったとしても、とても大切な思い出で、友達で、忘れたくはないのです。

私はその場にへたりこみました。


「いいか江戸鮭くんや」


祈さんは優しく言って、私の頭を撫でました。


「君もあたしももる子くんのように走ったり飛んだりは出来ない。だが考えることはできる。相手が何をしたか、しようとしているか、どういう条件をクリアしたかを見逃しちゃいけないんだ。わかるね」


「...。」


「君は少しだけでも考えた。だったらそれを実践するのは当然だろう?ずっとウジウジしたまま行動に移さないやつが、きらら系を名乗れると思うかい?」


少しだけ力のこもった掌が、私の頭の上で何度か跳ねました。


「君には君の、できることを」


できること。

そうです。

私になかったのは何かを実践するという勇気でした。

それを見えないふりをして、都合がいいように楽に楽にと自分を曲げて。

もる子さんのように誰かに声をかけることも、購買で周りを伺ってばかりでメロンパンを買うことも、部活を作ることも、質候さんと言い合うことも、前の学園が合わないと転校してきたことも...。

全て何かをやってやろうという気持ちが無かったからでした。

いくら暴力的だろうが、口が悪かろうが、

風紀風紀と煩かろうが、卵焼きに何かを混入させようが、お山の大将だろうが、格好がダサかろうが、自分を貫いて行動をおこして、好きなことをやっていたみんなのほうが私の何倍も、何十倍もきらら系だったのです。


私は何になりたいのか。

どうなりたいのか。

何をしたいのか。

自分の気持ちに素直になって、できるかもしれないことを、できるに変えて。


私はゆっくりと脚に力を込めて立ち上がりました。


「祈さん。ありがとうございます。私、追います」


「うむ。そうだな。追おうか。...だがな江戸鮭くんや」


祈さんが言い終わる前に私は踵を返します。

占い部の真横にある階段を目指して、できる限りの力をだして全力で。


祈さんの声はもう、聞こえなくなっていました。




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