彼女が
「──
「蛍先輩っ大丈夫ですっ。すでに張ってありますから」
言葉よりも早くエフェクトを展開していた
ですが、今までパラソルの真下で寝転んでいたはずの彼女の姿は既にそこにはありませんでした。
「あれれ。蛍日和パイセン、ちょっと警戒しすぎじゃナい?それに、、持鍍金ちゃんレベルでどうにかなるっていうのも甘くナい?」
そう言う彼女は蛍日和さんと、
「っ!
蛍日和さんはまたもや叫びました。
しかし些細さんの返事はありません。
その代わりにと言うように、もる子さんが二人の間を狙い打ちます。
ですがその攻撃は空を切りました。
それは彼女が避けたからというわけではなく、まるで元からそこに急さん自身がいなかったかというようにフッと姿を消したのです。
夜久巴さんに一発も当てられなかったのとはまた違う、彼女なりの防御策を持っているのは明らかでした。
「蛍日和パイセン。後輩に頼ってばっかりじゃナいかな?もっと自分でどうにかしようって思えナいの〜」
声は私の背後、蛍日和さんと持さんの向かいである位置。即ち先程まで彼女が寝転んでいた場所から聞こえてきました。
「ふん!何をいいまして、
「隠しすぎも良いとは思わナいかな〜」
「アナタのように力をひけらかす方とは格が違うんですわ!」
「お〜、中々いうじゃナ〜い。爪を隠しすぎちゃった第二軽音部さん」
「どうとでも言えばいいですわ。コチラにはあの
「だ、か、ら〜。
「ふん!なんとでも言えばいいですわ!五対一の今の状況、わかってまして?」
「んん〜?五対一ぃ〜?どこが?ちょっと少ないんじゃないかな?」
「周りをよくみまして...っ」
蛍日和さんの言葉が止まりました。
彼女は何かに気づいたように、瞳を鋭く尖らせます。
「
そうです。
急さんが表れてからというものの、些細さんの姿がありません。
先程の蛍日和さんの呼びかけにも無反応でした。
まるで突然消えてしまったように、どこにも。
「あれ?気付いた?気づかナいかと思った。余りの速さに見逃しちゃってるんじゃナいかな?」
急さんは不敵な笑みを浮かべます。
それは
「
「はは、言っちゃったらタメにナらないからね」
「何がためにならないでして!答えなさい!」
「う〜ん?良いのかナ??言っちゃって」
「些細はワタクシたちにとってかけがいの無い存在ですわ!些細がいないなんてあり得ませんわ!今すぐ解放しなさい!」
蛍日和さんは手を握りしめて強く、強くそう言いました。
横並びの持さんも、もる子さんもその姿を見守ります。
「ふふっ。じゃあ言っちゃおっか。些細ちゃんナら、もう解放してるよ?」
「どいういこと、ですの...!?」
「─おいピンク...うるせえよ詮索すんな...」
私達から少し離れた場所に些細さんは表れました。
左手を壁に立てかけて、痛むのか右手でお腹を抑えて俯いています。
その目つきは今まで見てきたどんな些細さんよりも険しく、それでいて苦悶の表情に満ちていました。
「些細っ...!」
「
「...騒ぐなよ。響くから...」
「どうかナ〜。やっぱり見なかった方が良かったんじゃない?些細ちゃんがまさか──」
か細い声で些細さんが制止するのを無視して、急さんは続けました。
「めっちゃお腹こわしてトイレに篭ってるナんてね」
はい。
些細さんが表れたのは私達から少しばかり離れている所に設置された仮設トイレ。
中から顔をのぞかせて、壁によりかかりながらゲッソリとしていたのです。
「急ちゃんが蛍日和パイセンたちと話してる間に顔色が真っ青になっていったから心配だったよ。だからポイポーイってお手洗いに移動させてあげたってワケ」
「なんだそういうことでしたの。些細〜!大丈夫でして〜?」
「だめだよ...」
「だめですって。蛍先輩っ」
「あらあら」
「
「お前の飯だよ金色ツインテ!!!!」
「...そういえば些細、カキフライめっちゃ食べてましたわね」
「...あ〜」
「あーじゃねえんだよ
威勢のよかった些細さんは青白い顔を一層青く染めて、勢いよくトイレのドアを閉めたのでした。
「ネ?だからタメにナらナいって言ったっしょ蛍日和パイセン。些細ちゃんだって静か〜におトイレ籠もってたいんじゃナいかなって?」
『聞こえてんだよ急ぃ!黙ってろぉ!』
「ハイは〜い。っちゅーわけで、改めてご挨拶。風紀委員の
急さんはそう言うと、腰をくねらせて誰ともなしに投げキッスをしました。
「よろしくね!急ちゃん!私はもる子だよ!あっちのゴスロリが似合いそうなのが江戸鮭ちゃん!」
「ウンうん、知ってる〜。
「そっか〜!そうだよね!じゃあ、やりに来たってことだよね」
「ふふっ。そうとも言えるし、そうとも言えないかナ〜」
急さんはぶりっこぶって、両手の指先で口元を抑えます。
「どういうこと?」
「急ちゃんは〜、あんまり勝負とか好きじゃないっていうか〜、
「...では、どうしてわざわざこんなビーチまで...」
「う〜ん?江戸鮭ちゃん、そりゃモチロン、キレイなプライベートビーチって中々来れるもんじゃナいからだよ〜」
「...はぁ」
気の抜けた私の返事を聞いて、持さんがこちらへやってきました。
そうして私へと耳打ちをします。
「鮭ちゃんさん、やらなくっていいのならむしろこれはチャンスですよっ」
「
「あんな風に言ってますけど、急ちゃんは部類のバトルジャンキーなんですっ...!」
「ひえ...」
「ちゃらんぽらんっぽく見えますが、成績優秀で運動も得意。楽器にも精通してますから彼女...」
「わあ...」
「生徒会役員のお誘いも来てたレベルですからっ...。これで特技で雌雄を決しましょなんて言われたら、マジで勝ち目がありませんっ...!」
「じゃ、じゃあここは穏便に...」
「
「ん〜?特技〜?どして?」
私と持さんは二人の会話にすぐさま振り向きました。
こちらに小話なんか当然ながら耳に入っているわけもなく、もる子さんは勝手に話を進めていて、
穏便に済ませるという私の策は始まる前から脆くも崩れ去りました。
「だって、私達にのお説教するために七並べちゃんに頼まれたんでしょ?」
「ま、そだネ」
「だからさ〜折角なら、特技で勝負したいなって!」
「特技か〜。急ちゃん何でも出来ちゃうからナ〜。でもせっかく海に来たし〜、海でしかできないことがいっかね〜」
「海でしかできないこと?泳ぐ?速いよ私!」
「う〜ン、それも良いけど...」
悩みにふけるように毛先を弄ぶ急さんが急に消えたと思えば、何故か突然蛍日和さんの目の前に現れました。
同時に、あろうことか急さんは蛍日和さんのスクール水着の胸元を引っ張って、何事と思う間もなくその手で軽く小突きます。
強さの程度で言えば、きっとちょびっとよろめくかどうかといったか。本当に遊びで小突いたというレベルのものです。
しかし蛍日和さんの体は小突かれたというレベルではない勢いで空を舞いました。
まるで打ち上げられたようにすっ飛ぶ彼女はそのまま海の方へと落下します。
「あっはっは!蛍日和パイセンよく飛ぶね〜。お名前も
呆然としていた私をおいて、持さんともる子さんが同時に動きました。
持さんはそのまま海へと飛び込んで、蛍日和さんの安否を確認すべくいそぎます。
もる子さんはそれとは反対方向へ、急さんへ向かって拳を振るいます。
わかりきっていたことですが、急さんには当たりません。
ですがそれは急さんが避けたというわけでなく、もる子さんの伸ばしきった腕が彼女には届いていなかったのです。
「依頼には乗り気じゃないって言ってなかったかな?急ちゃん」
「乗り気じゃなかったよさっきまで。で、も。ナ〜んだか、君の顔見てたらやりたくナっちゃった」
「ふーん。じゃあこれが急ちゃんの特技ってわけ」
「きゅ〜にやりたくナっちゃってね〜。何でだろ?急ちゃん、天才だから何でも出来ちゃうからナ〜...今、特技にナったかも、ね」
急さんはそう、もる子さんを挑発するような笑みを見せると、腕を伸ばして親指で人差し指を弾きます。
要するにデコピンなのですが、ゆっくり突き出されたその腕にもる子さんが隙を見せるわけもなく、それにどんな能力を持っているかもわかったもんじゃありませんから、彼女が指を弾くその直前に身を反らせて避けたのです。
避けたはずだったのです。
しかし現実は違います。
絶対に届くはずでなかった彼女の軽いデコピンはもる子さんのオデコにヒットしました。
そして蛍日和さんと同じように空を翔けるように飛んでいったのです。
ですが、その途中で壁に阻まれるようにしてもる子さんの体がなにかにぶつかったかと思うと、重力に身を任せて落下します。
難なく砂浜に着地したもる子さんの背後、海の中には、蛍日和さんを背に抱えながらもこちらに手をかざす持さんの姿がありました。
「お、おぉ〜?びっくりだネ。随分近くに落ちちゃって...。ふんふん、見た感じあれかナ?
「危ないな〜...。あんなにふっ飛ばされるの久々かも。急ちゃんってホントに強いんだ!」
「でしょ。急ちゃん、天才だから。かかってきちゃいナって!」
会話はそこで途切れます。
いえ、聞いていたのはそこまででした。
私は海へと走り出して、持さんと蛍日和さんの元まで急ぎます。
「持さん...!大丈夫ですか!」
「鮭ちゃん、私はいいから蛍先輩を」
「蛍日和さん...」
「江戸鮭さん...すみませんわね。ワタクシ、不甲斐ないですわ」
「だ、大丈夫なんですか...?」
「大丈夫ですわ。水を飲んでしまっただけで、怪我はありませんでしてよ」
「あんなに飛ばされたのに...」
「鍍金。アナタはもる子さんと急さんに集中しなさい。ワタクシのようにふっ飛ばされては手間ですわ」
「はいっ蛍先輩」
「江戸鮭さん。いいですこと?」
「は、はい...なんでしょうか」
「急さんは
「は、はい...」
「だから全員で力を合わせますわよ。いいですこと?一対一とかこだわってる場合じゃありませんわ」
「...。」
「二人で
「...はい!」
「でも蛍先輩、急ちゃんかなりの強さですよっ。私も展開速度が間に合うかどうかっ...」
「弱気にならないの
「でもっ」
「それに、いざとなったら、ワタクシがやりますわ」
「!...わかりましたっ」
ブオンと、風を切る音がしました。
音の方向はもる子さんと
接近戦を挑んだ彼女がまたもや吹き飛ばされた音でした。
勢いよく宙を翔けるもる子さんの着地点、ちょうど私たちのすぐ近くに落下するであろう彼女のために持さんが再度お花を展開します。
実体化されたホログラムにもる子さんは足をつきました。
「ありがとう、
「いえ」
「ヤバイね。急ちゃん、あわちゃんくらい厄介かも」
「あわって...二年のくらげさんでして...?あんな化物ともやり合ってますの?」
「やったよ。勝てなかったけど」
「...そりゃそうですわ。どちらも近寄る隙もあったもんじゃありませんもの」
「蛍日和ちゃん。何か能力のヒントは?」
「わかりませんわ。
「そっか」
「どうにか見極めるしかありませんわね」
「そうだね。──江戸鮭ちゃん」
「は、はい...!」
「前と同じように、できる?」
「で、できる限り、頑張ります...」
「よし。持鍍金ちゃん。陸まで走るから、よろしく。それともうひとつお願い...」
「なんでしょう!」
私は心を落ち着けるのに精一杯で二人の会話は耳に入りません。
ざわめく心をなんとか押さえつけようと必至でした。
すると何かが私の頭に触れました。
「江戸鮭ちゃん」
それはもるこさんの手でした。
優しく頭を撫でるように彼女の手が滑ります。
おかげか、少しだけ緊張や恐怖が緩んだような気がしました。
滑る手は私の頭頂部から後方に、そして首元に降り立ちます。
「じゃあ行くよ」
「...え?」
もる子さんは私から目をそらすと、私の首根っこを掴みました。
それはまるで親猫が子猫を咥えるようでして、海面に引き上げられた私は、もる子さんの跳躍とともに空をかけたのです。
「ちょぉぉぉ!?はやいはやいはやいはやいぃぃぃ!」
「我慢して」
私の声なんて聞こえないように、もる子さんは次々に展開されるエフェクトを踏みながらあっという間に砂浜まで駆け抜けました。
私は既に死屍累々です。
「ほほ〜ん。二人できちゃうってワケ?きらら系なら一対一が原則、ってか校則?知らないのかナ?」
「関係ないよ。私たちはそういうルールをぶっ壊すために戦ってるんだから」
「ふふん。そうだったネ。ってか
「じゃあ降参する?」
「ん〜??それはないかナ。急ちゃん、負けるの大っきらいだから。特に二位とかイッチバン嫌い」
「じゃ、私達が生徒会になったら第一軽音部じゃなくって第二軽音部にしてあげるよ」
「え〜、急ちゃん、それは困っちゃうなって感じ!じゃあ勝たナきゃね〜!」
「無理なことは言わないことだよ。急ちゃん」
「あ?ナめんなよクソガキ」
また急さんの姿が消えました。
いえ、消えたと言うよりも元の位置からいなくなったというのが正しいでしょう。
首根っこを掴まれて砂浜でへたばっていた私の隣に、既に彼女は移動していました。
狙いは勿論もる子さん。
彼女の額をまるで狙い撃ちするかの如く、指先を突き立てます。
もる子さんが体を反らせる間もなく、何度目かの空中浮遊が起きました。
ですがもる子さんの背後を覆うように複数枚のお花が展開されます。
後方約三メートルほどといったところでしょうか。
吹き飛ぶもる子さんはそれを知っていたかのように受け身を取ると、腕と足とをバネにして頭から勢いのままに踵を返します。
しかし相手は蛍日和さんたちも恐れおののく第一軽音部の
もる子さんの突進など意にも介さず、軽々と移動してそれを避けました。
砂を舞い上げたもる子さんは彼女の背後から砂埃に紛れて攻撃を繰り出します。
しかしながら、それも余裕を持ってゆっくりと振り返りながら急さんは避け続けます。
「必至必至。カワイそ〜。当たらないネ、当たらないネ〜」
急さんの煽りにも彼女は手を止めません。
笑みを浮かべて一歩一歩後退する急さんに対し、前へ前へ進むもる子さん。
手も足も出ているにも関わらず状況は変わりません。
やがて渚までやってくると、急さんはもる子さんの背後からすこし斜めにそれた場所に表れました。
後ろを取られたもる子さんは、またもやデコピンを食らったのです。
吹き飛ばされつつも、展開されていた花盛に四足で着地。
もる子さんは体の向きを変えて、エフェクトのお花の頂点部からぶら下がるように手をかけました。
そこで一度二人の攻防の手は止まります。
一方は相手の隙を伺うように、もう一方は相手を気に掛ける素振りもなく、ネイルでも確認しているようでした。
勝てない、思いました。
彼女にダメージがないだけで、全くもって触れられないということはなかったのですから。
臨ヶ
となれば、一応はドロー...?となったあわさんレベルといったところでしょうか...。
しかしながら、今回は触れることすら出来そうにありませんでした。
それではいくらもる子さんが強くとも意味がありません。
それにいくら近づこうとも急さんの能力で弾き飛ばされるだけで、得意な形に持っていくことすらままなりませんし、吹き飛ばされれば蛍日和さんのように彼方まで行ってしまいますから、私だけが取り残されてはもうお終いです。
飛ばされたもる子さんに花盛を展開して行き先までの道のりを阻んでいるうちに、私たちは地に付していることでしょう。
「─道のり...」
私は陸まで戻ってきたばかりの二人、蛍日和さんと持さんに駆け寄りました。
「持さん!」
「ど、どうしたの江戸鮭ちゃん!?」
「花盛、解除してください!」
「え、ええ!?」
「いいからはやく!」
「わ、わかりましたっ」
「それから、お花は何枚まで出せますか!?」
「何枚?え、えと...頑張って五、六くらいかな...」
「わかりました。じゃあ─」
もる子さんが掴んでいたお花が霧散します。
同時にもる子さんがスタリと地に足をつけました。
冷静な顔つきで、彼女の瞳が私を見つめます。
私は彼女に力強く頷いてから、急さんを一瞥。すぐにもる子さんへと視線を戻します。
もる子さんも同じく視線を移すと、気づいてくれたようでした。
彼女の頷きに、私はもう一度強く頭を下げました。
「んん〜?どうかナ?作戦会議できたかナ〜?」
「さあね」
「そっか〜。じゃあそろそろ終わる?終わっちゃう?次に近づいてきたら四キロくらいふっとばしちゃうよってのよくナい?」
「いいね。やれるもんなら」
「あは!じゃあやってあげるね!かかってきナ!」
「言われなくとも」
もるこさんが力いっぱいに地面を蹴ると、一気に砂が舞い上がります。
そしてただ一直線に、勢い任せに急さんめがけてかけていきます。
そうして彼女の目前で、めいいっぱいに腕を引きました。
勝ちを確信したように歯を見せた急さん。
彼女はきっとずっとそうしてきたように瞬間移動じみた移動をするつもりだったのでしょう。
ですが、彼女は動きません。
いえ、動けなかったのです。
「───ナっ!?」
彼女の周囲を立方体のように包みこんだのは持さんの花盛。
もるこさんがやってくる前面と、砂浜である地面以外を覆うように展開されたそれに、彼女は動けなかったのです。
もる子さんが飛ばされた時、持さんは花盛を展開して遠方まで飛んでいく彼女を阻みました。
遠方に飛ばされたときも、もる子さんが砂浜で足場にしたときも。
つまり、移動は途中に何か阻むものがあれば必ず中断されるということ。
急さんの瞬間移動が同じ原理を使っているならば、彼女の周りを取り囲んでしまえば移動できないはず。
もしも、もる子さんの一撃よりも早く急さんの攻撃が当たってしまった場合も想定して、巻き上げられた砂に紛れてもう一枚の花盛も張ってあります。
これで、いける。
急さんの焦った顔に私は勝利を確信しました。