坪内昂輝の歴史。(一周目)
生まれた時から「この子はイケてますね」と取り上げた産婦人科の看護師に驚かれるほどの美男子としてスクスク育った彼は、さらに幼稚園で──。
「昂輝くんを寝かしつけるのは私よ!」
「ずるいです先輩! 昨日もそう言って先輩が寝かしつけたじゃないですか! 今日は私の番です!」
「うっさい、あんたはオルガンの練習でもしてなさいよ!」
「せんせー。うるさくて眠れませーん」
昂輝の取り合いで保育士同士の戦争が起き、ひよこ組の治安を乱す存在になった。
さらに小学一年生のとき。
「昂輝くんが好きですっ! 付き合ってください!」
「つきあうって……なに?」
通学団のリーダーだった六年生の女子に告白された昂輝は、訳のわからない状態のまま初デートで公園に誘われた。
ベンチでイチャイチャしたがっていた六年生の女子には見向きもせずに昂輝が砂場で遊んでいたところ、「一緒に遊ぼー」とやってきた女子に囲まれ、知らぬ間にハーレム状態になった。すると六年生の女子がそれを見て泣き出した。
「昂輝くんの浮気者! 私とデートしていたのに、同時に複数の女と遊ぶなんてひどい!」
「えっ? うわき……? ってなに」
「もう知らない!」
六年生の女子は怒って帰ってしまった。帰宅後、その話を母に打ち明けると、母は笑いながら言った。
「昂輝。あんた、女泣かせの才能があるわね。女の子には気をつけなさい。恨まれたり、嫉妬されたり、急に怒り出したり、そういう理不尽なことがこれからもあるかもしれない。だけどできるだけひとりひとりに優しく、誠実に対応するのよ。そうしないといつか恐ろしい目に遭うかも」
「おそろしいめって、なに?」
「説明してもまだ分かんないか」
母はそれ以上教えてくれなかった。しかし、女子に優しくしないと何か恐ろしいことが起きるという漠然とした恐怖だけが昂輝の胸に染みついた。
「分かった。ぼく、優しい男になるね!」
「うんうん。それがいい」
母は昂輝の頭をヨシヨシと撫でた。
──
「こうして、俺は女に優しいキラキラした王子様キャラになってクソほどモテた。東に体調悪くてしんどそうな女がいれば行って『大丈夫?』とおんぶしてやり、西に重たい荷物を持っている女がいたら行って『俺が代わりに運ぶよ』とその荷物を持ってやり、南に死にそうな女がいれば行って『もう泣かなくていいよ。俺がついているから』と言い、北に喧嘩をしている女がいれば行って『みんなの気持ちは分かったから争うな』と諍いを収めた」
「なんか宮沢賢治みたいだね」
キラキラしたぼっちくんを想像して、私はそれだけで惚れそうになった。
「そりゃあモテただろうね。その顔で優しくされたら並の女子なんてイチコロだよ……」
「ああ。だがあの運命のクリスマスイブの日──ついに俺は今までの人生を後悔する出来事に遭遇した」
ぼっちくんは暗い瞳で続きを語った。
──
「昂輝くん! そろそろ私たちのうちの誰とつきあうのか、はっきりしてよ!」
「そうだよ! 私が一番好きだよね? 私が辛い時、俺がついてるって言ってくれたもんね!」
「は? 昂輝は私のものだけど? だよね? 昂輝!」
「うるさい! 私が一番可愛いのっ! ブスは引っ込んでろ! ブース!」
「うっせ、お前の方がブスだろブスブスブス」
「……みんな、一旦落ち着いて話をしようか」
駅のホームの端っこで突如勃発してしまった大戦争の中心に、昂輝はいた。
大揉めしているのは、今まで昂輝が優しくしてきた女子たちだ。彼女たちは全員が「昂輝の彼女になるのは私だ」と主張して、電車に乗って帰ろうとしていた昂輝を捕まえ、周りの迷惑も顧みずにホームで騒ぎ出したのだった。
昂輝は彼女たちに平等に友達として優しく接していたつもりだったが、彼女たちはそう思っていなかった。そこでクリスマスイブに誰が昂輝と二人きりになるのか、昂輝に選んでもらおうとしていたらしい。
昂輝は困ってしまった。
何故なら、昂輝にはこの四人の中の誰とも付き合うつもりがなかったからだ。
昂輝にはこの時、他に気になっている女子がいて……実はこのあと、彼女に会って愛の告白をするつもりだった。
(やっぱり黙っているわけにはいかないよな)
この四人にはちゃんと自分の気持ちを伝えるべきだろうと昂輝は思った。本当のことを言えばきっと誰かを泣かせてしまうだろうと今まで躊躇していたけれど、このままでは昂輝が告白しようとしている女子にとっても、この四人にとっても、不誠実な男になってしまう。
何より周囲にめっちゃ迷惑。
「あのさ」
意を決して、昂輝は声を上げた。四人が振り向く。
「俺──他に好きな子いるから。みんなとは付き合えない。ごめん」
するとその時、電車がホームに入ってくる注意音がホームに響いた。昂輝はホームの端から遠ざかろうとしたが、女子たちが暗い顔をしたまま動かない。
「何やってんだよ。みんな危ないから黄色い線の内側に──」
電車が警笛を鳴らした。昂輝は一瞬四人から目を離し、電車の方を見た。
その次の瞬間だった。
誰かが昂輝を横から突き飛ばした。昂輝はホームから足を踏み外し、レールの上に落とされた。
電車が目の前に迫ってくるのを見て、昂輝は母の言葉を思い出した。
いつか恐ろしい目に遭うって、これのことだったんだ。
女に優しくしてきたのに、結局このザマか。
それなら──もし次にまた同じ人生を繰り返すとしても、もう二度と女なんかに関わらない。
顔も見せない。
誰とも仲良くしない。
究極のぼっちになって、じいさんになるまで長生きしてやる──。