「あ? 誰だてめえ」
急に悪者っぽくなって振り向いた金髪と長髪のコンビが、ぼっちくんを見て吹き出した。
「なんだ、このチー牛野郎。陰キャの見本みてえ!」
「はははっ、だっせえ」
何がそんなに面白いのか、彼らは爆笑している。ぼっちくんをバカにするなんて──この人たちは悪い人だったんだ!
「七瀬、逃げろ」
「う、うんっ! でもぼっちくんは……」
「おっと」
長髪さんが私の腕を捕まえた。
「きゃあっ」
「逃げんなよ。あんな奴ほっといて俺たちと楽しいことしよ」
「楽しいことって?」
カラオケ……ではなさそうだということは彼のニヤケ顔で分かった。
「七瀬──」
「お前はおとなしく俺らに金でも献上しろや。殴られんのはやだろ? チー牛くん」
金髪さんがぼっちくんの胸ぐらを掴んだ。大変だ、ぼっちくんが殴られちゃう!
「おまわりさ……!」
「静かにしろって」
長髪さんの手が私の口を塞ぐ。タバコくさい匂いがして吐きそうになった。彼はそのまま私を細い路地の奥に連れ込もうとする。その時だった。
「……調子に乗んな」
ぼっちくんの低い声がした。続いて、金髪さんの「いてててっ!」という悲痛な声も。
びっくりして振り向くと、ぼっちくんの胸ぐらを掴んでいた金髪さんの手がぼっちくんに捻り上げられていた。
「七瀬から手を離せ。さもないとこいつの肩、外すぞ」
「や、やめろ……っ、助けろ、チバ!」
金髪さんはグルンと背中の上まで腕を捻り上げられて、地面に膝をついていた。腕を取られたまま、彼は顔から倒れる。
何が起こったのか、私も長髪さんも理解できずに固まった。
「早く離せ」
ぼっちくんがうめく金髪さんの背中に膝をついてまだ腕を固めている。
「
「あ、ああ」
長髪さんの手がやっと離れた。
「行け、七瀬」
「は、はいっ」
私は路地裏の奥に逃げかけたけど、荒々しいヤンキーたちの威嚇の声にぼっちくんが心配になって途中で立ち止まった。ヤンキー二人がかりで本気で殴りにこられたら、ぼっちくんに勝ち目は──。
「ぼっちくん……!」
勇気を出して戻ってみると、二人の不良がぼっちくんの足元で寝転ぶ姿勢になっていた。二人とも顔が上げられないほど痛めつけられているみたいだ。
「えっ……? 何が起きたの……?」
「何やってんだよ七瀬。行けって言ったろ?」
ぼっちくんは涼しい顔をして──マスクでよく分からないけど──私のいる方に走ってきた。
「これ以上目立つとまずい。逃げろ」
「う、うん!」
ぼっちくんと一緒にダッシュで路地裏を駆け抜け、大きな通りに出る。Rolling Stones cafeは目の前にあった。それは、本物のウッドギターが飾られた看板ですぐに分かった。
中に入ると、イギリスのロックテイストな内装に目を惹かれた。テーブルはどっしりとした木材で、壁のあちこちに個性的なギターが飾られている。夜は生演奏つきのバーでもやっているのだろうか、ミニステージにピアノとドラムがセッティングされていた。
「すごーい。ぼっちくん、こんなお店よく知ってたね」
「人生二周目だからな」
なんだか説得力のある言葉に無理やり納得させられちゃう。
「さっきの人たち、どうしたの?」
「こんなこともあろうかと、二周目はガキの頃から体鍛えてたんだ。水泳も習ったし、極真空手も段位を取ってる」
「そうなんだ……」
かっこいい……。本当にお姫様を守る
「いらっしゃいませお客様。2名ですか? 奥のテーブル席へどうぞ」
案内された店の奥のちょっと個室感のあるテーブルについて、メニューを見せてもらう。大人価格で一杯千円近いコーヒーもあって目が飛び出そうになった。ケーキも美味しそうだけど価格が高い……。飲み物とセットで頼んだら、チー牛が二杯食べられる値段になってしまう。
「何でも食えよ。怖い思いをさせたから、ここは俺が奢る」
「い、いいの?」
頷くぼっちくん。価格に驚いている様子はないから、初めての来店ではないんだろう。
「わーい! ありがとう! でも、全額は悪いから……ケーキの分だけ出してもらえればいいや」
「そういうとこ……前と変わらないな」
「えっ?」
ぼっちくんの何気ない一言に、私はドキッとした。
「前って……一周目の人生の時のこと? 私、前もここでぼっちくんとケーキを食べたの……?」
ぼっちくんはその問いには答えず、そっとメガネを外した。
もう誰にもバカにされないイケメンが出現する。
店員さんも驚く変貌っぷりでスマートに注文を済ませた彼を見つめて、私はドキドキしながら尋ねた。
「あの……教えてくれない? ぼっちくんの一周目で何があったのか……。私とぼっちくんは、どんな関係だったの……?」
ぼっちくんは仕方ない、というようにため息まじりで語り出した。
「俺の一周目の人生は……クソほどモテてた」
「えっ?」
私は思わず目を丸くして彼を見た。ぼっちくんはクソ真面目な顔をしていた。
「そう……マジでクソほどモテたのが、俺の運の尽きだったんだ」