古河くんから理由も分からずエスケープした直後。
「っていうか古河くん、なんで朱里に声かけてきたんだろ?」
私が教室に戻ると、みんなが古河くんの話題で持ちきりになっていた。気まずい雰囲気の中、自分の席に戻る。
「向こうは朱里のこと知ってるふうだったよね。どういう関係?」
好奇の視線が私をチクチクと刺すのが分かる。
ちょっと苦手なこの感じは、バスケ部のエース青嶋くんに告白されたとき以来だ。でも、あのときよりもっと反響が大きい。ただ声をかけられたっていうだけなのに。
やだなあ。
助けを求めるように乃亜を見ると、乃亜もちょっと心配そうに私を見ていた。
「ごめん、よく知らないんだけど……古河くんってどういう人?」
校内一のイケメンという情報しかない私は、改めて情報通の花音に聞いてみた。
「まあ、私も話したことないから本当のところは分かんないけど……古河くんはあのルックスで誰とでもフラットに話す気さくな性格をしてて、女子はもちろん男子や教師にもすごくモテる人なんだって。だけど今まで彼女らしい人もいたことがなくて、本当に正統派アイドルみたいな存在なんだよね。声をかけられるっていうだけでありがたがる女子もいるんじゃないかな」
「へえ〜。すごいんだねえ」
「相変わらずのんきな反応だな。もっとキャーキャーしなさいよ」
恵麻が私を軽く睨む。
そう言われても。私にはぼっちくんという人がいますから。
「朱里、古河くんと話したのは本当に初めてなの?」
花音が興味津々で聞いてきたけど、私は縦に首を振るしかなかった。
「何の用だったのか心当たりないの? 全然?」
「うん」
「もしかして……愛の告白だったりして」
乃亜がマジな顔でボソッと呟いた。
「まさか。それはないよ」
「って、青嶋くんの時も言ってたよね?」
もしもそうだったら困る。ちょっと心配。
「気になるから……何の話だったのか聞きに行ってみない?」
「えっ」
花音と恵麻が目をキラキラさせて私を見た。ミーハーの血が騒いでいる顔つきだ。
「い、いいよいいよ、せっかく逃げたのに……」
「え?」
「いや、何でもない……」
私は慌てて首を横に振った。
「言ったでしょ、イケメンは苦手なんだってば。それに私にはすでに気になる人がいるから」
「百円玉のイケメンくんね。でも、どこの誰だか結局分かんないんでしょ?」
「それはそうなんだけど……」
私は歯切れの悪い答え方をした。
「また会えるかどうかも分からない人より、古河くんをキープしておいた方がいいと思うけどなあ」
「キープって……古河くんに失礼すぎるよ」
「そうだよ。朱里は興味ないって言ってるんだし、もうこの話はおしまいにしよ」
私の味方をしてくれたのはやっぱり乃亜だ。私はホッとして笑いながら彼女に抱きついた。
「乃亜〜! 大好き!」
「はいはい。私も大好きだよ」
頭ポンポンで軽くあしらうところがツンデレな乃亜っぽくて好き。乃亜とまた同じ高校で同じクラスになれて本当に良かった。お互いに照れちゃうからそんなことは言えないんだけど。
こうして、乃亜のおかげで古河くんの話題もそのまま打ち切りになった。
そして時は過ぎ──待ちに待った放課後がやってきた。
「じゃあね〜! また明日っ」
「今日も寄り道なし?」
「うん。ちょっと用事があるから」
また怪しいと睨む乃亜やみんなに別れを告げ、私は弾む足取りで教室を出た。
ぼっちくんとの秘密の会合……。
何が起きるんだろう。ドキドキする!
地図アプリを参考にしながら、知らない道を歩く。高校から東側は駅前に続く繁華街で、西側は住宅地、南側はビジネス街、北側は昨日行った川や緑化公園地帯と大まかに分かれている。
ちなみに南側にはうちの高校とは別の高校が存在する。うちの高校が普通科で文系の共学なのに比べて、そこは工業高校で男子校。ちょっと治安が悪い系の高校……と噂されている。
南側にあんまり来たことがなかったのはそのせいもある。だけど、歩いていてそんなに危険そうな感じはなかった。むしろ大人っぽいオシャレな雰囲気のレストランやビジネスホテルとかがあって落ち着いた景観だ。
ぼっちくんが好きそうな街と言っていいかもしれない。そう思ったら、私も好きになれそうな気がしてきた。
そして街並みを眺めながら歩くこと数分。
「ここ……?」
近くまで来たところで、細い路地へ誘導された。ちょっと入るのが怖い細さにビビる。
すると。
「どうしたの?」
横から声をかけられた。振り向くと、例の工業高校の制服を着崩した治安悪い系の男子生徒が二人並んで立っていた。髪は二人とも絶対に校則違反であろうと思われる金髪と長髪だ。
「え、えーと……Rolling Stones cafeというところに行きたいんですけど……この道で合ってますか?」
見た目に反していい人かもしれない……と僅かな期待を込めて聞いてみる。
「ああ、あそこね。知ってる知ってる。俺らが案内してあげるよ」
「本当ですか?」
「うんうん。任せて」
二人は愛想よく笑った。
良かった。
やけに体が近くて両側から挟まれているような気がするけど、道が狭いから仕方ないのかな……なんて思いつつ、二人に連れられて路地に入ろうとした時だ。
「おい」
今度は後ろから聞き覚えのある声がした。ドキッとして振り向くと、メガネにマスクのぼっちくんがいた。
彼は怒りのオーラを滲ませて私の両脇にいる二人を睨んでいた。
「その女、どこへ連れて行く気だ?」