ぼっちくんにもこのことを報告しておかないと──。
私はスマホを取り出して、その場でぼっちくんに電話をかけた。コール一回でぼっちくんと繋がる。
「もしもし? ぼっちくん。私……」
『ああ』
電話の向こうのぼっちくんは何故かちょっとぶっきらぼうだった。
「古河くんのことなんだけど……うまく説得できなかった」
『そうか」
「ごめんね」
『いや……七瀬はよく頑張った。あいつの反応が想定外すぎたんだ』
「そうなの、すごい! 見てないのによく分かったね。あ、人生二周目だから?」
『ま……まあな』
ぼっちくんの声は小さくて、川の音にかき消されそうだった。だけど、小さいからこそ私にだけささやいてくれている感じがしてドキドキした。
緊張に震える手でスマホを握りしめて、私も小声で続ける。
「それでね、私……古河くんに余計なこと言っちゃったから、明日からぼっちくんも古河くんに絡まれちゃうかもしれない。巻き込んじゃって本当にごめんなさい」
『余計なことって、何』
「ぼっちくんのことが……好き……って」
言った瞬間、耳からプシューッと蒸気が出た。
ちょ、これって告白じゃない⁉︎ って今頃気づいてどうする!
うわああああ!! 私のばかーっ!!
「あ、こ、これはね、ただの……古河くんを納得させるための嘘っていうか、言い訳で……! 近づかないでほしいって言うにはそれなり理由がないと説得力ないかな⁉︎ と思って! 他に好きな人がいるって思わせた方がいいかな? なんて……それで、ついぼっちくんの名前を出しちゃって! そうしたら古河くん、何故か私たちのことを応援するなんて言い出して! 本当に迷惑な人だよね! 余計なことを言った私が一番バカなんだけどね! あはは、あは、あはは……」
どうしよう、ヤバい! そこの川に飛び込みたいくらい顔があっつい。飛び込んだら死んじゃうけどそれもやむなしで!
すると、どこかでバシャンと何かが飛び込んだような水音がした。
何だろう。辺りを見回してみたけど、特に変わった様子はない。大きな魚でも跳ねたのかな?
いや、そんなことよりぼっちくんの反応だ。私は再びスマホを耳に固定した。
「ぼ、ぼっちくん……ごめんね、勝手に名前を出したりして。迷惑だったよね……?」
ぼっちくんの反応がない。びっくりして画面を見ると、いつの間にか通話が終了していた。
「えっ……⁉︎ まさか……怒って切られちゃった⁉︎ そんなあ……ぼっちくーん!!」
泣きそうになったとき、ぼっちくんから着信が来た。ホッとして通話ボタンを押す。
「ぼっちくん、どうしたの?」
『ごめん……七瀬。ちょっと電波が悪かったみたいで途中から全然聞こえなかったから切った』
「聞こえなかった……の?」
『古河にお前が余計なことを言ったってところだけ聞こえたけど……もういいや、説明しなくても大体の想像はつくから』
ぼっちくんは何故か息切れしているような呼吸だった。さっきまでは普通だったのに。どうしてだろう。
『古河のことはもうあいつの出方を見ながら対処するしかないな。俺に直接絡んでくるなら手間が省けて好都合だ。あとは俺が何とかするから、七瀬はもう気にするなよ』
「う、うん……」
私の告白、ぼっちくんには聞こえなかったのか。
いつものクールな態度に、ちょっとホッとしたような、少し残念なような気持ちになる。
『七瀬』
「えっ?」
『……ありがとうな』
ぼっちくんの声が一瞬優しくなった。
私は足を引っ張ることしかしてないのに、なんでお礼を言ってくれるんだろう。
……ぼっちくんは優しい。
「こちらこそ、ありがとう」
好き。
やっぱり、ちゃんと伝えたいな。いつか、ちゃんと顔を見ながら……好きって伝えたい。
あんな変な告白をぼっちくんが聞いてなくて良かった。
最後はあったかい気持ちでいっぱいになって、私は風船みたいにフワフワとしながら帰り道を歩いた。
──
朱里が川を離れたのとほぼ同時刻。
「ママー。あのお兄ちゃん、なんでずぶ濡れなの?」
「可哀想に……学校でいじめられちゃったのかしら」
川の水を全身に浴びて水滴を垂らしながら歩く昂輝が幼稚園帰りの親子に指をさされていた。
(七瀬の言葉にドキッとした瞬間、うっかり川に落ちて流されてしまった……なんて言えない)
スマホが防水タイプで良かった。
朱里の告白を思い出してまた顔が熱くなってくる。家に着くまでには爆速で制服が乾いてしまいそうだ。
(七瀬のやつ……マジで余計なこと言いやがって)
昂輝はメガネのフレームを押さえながら、深く長いため息をついた。
──
死の予定日まで、残り97日。
メンタルがぶっ壊れていた古河くんのことがちょっと心配だったけど、私はいつもと同じように元気良く登校した。
一応、古河くんは私とぼっちくんの恋を応援するって言っていたし、もうみんなに誤解されるようなことはしないんじゃないかなって数%くらいの期待はしている。
そして、もしかしたら古河くんのアシストで本当に私とぼっちくんの恋が上手くいく可能性もあるかも。なーんて。
『……ありがとうな』
昨日のぼっちくんの優しい声は、今でも脳内でリプレイすることができる。
脈がないわけじゃないよね。
もしかするとぼっちくんも私のことが好きかもって、期待しちゃうな。
「うふふふ」
笑い声が自然とこぼれる。今日もいい天気だ。
不穏さなんて全くない青い空を、白い鳥が飛んでいく。
なんだか今日はいいことがありそうな気がする。
──そんな私の予想は、教室に着いた瞬間、裏切られた。