「それで……朱里ちゃんは俺になんの話かな?」
さっきから背後でガサガサと草の音がするのを気にしていた私は、古河くんの声で頭をリセットさせられた。
古河くんはめちゃくちゃ期待した表情だ。
ついに本題、だけど。
「もう私に近づかないでくださいっ!」
なんてとても言えない雰囲気。
理由を聞かれると思ったから、来る途中でいろいろ言い訳を考えてみたんだけど、私は嘘をつくのが下手だ。だからある程度本当のことを言った方がいいかもしれない。
なるべく古河くんを傷つけないように、例え話を交えながら伝えてみよう。
ぼっちくんとの約束を果たさなきゃ。
私は勇気を出して、真っ赤な頬の古河くんを見上げた。
「あの……単刀直入に言うね。実は私……」
「うん」
「す、好きな人がいるのっ」
「俺?」
「いえ、違います」
「そっか。やっぱり……ええええええええっ⁉︎」
古河くんは一度ガッツポーズをしかけたあと、血管が切れそうな声を出した。目玉もちょっと裏返ってた。
「だ、大丈夫っ?」
「あ、だ、大丈夫大丈夫。ごめんね、奇っ怪な声出して」
古河くんは笑おうとしているみたいだけど、人に化けた妖怪みたいな笑顔だった。
ねえ。怖いんだけど!
「ごめんごめん。ちょっとショックが大きすぎて。そ、それで……? どうして俺にわざわざそんなことを……?」
体が斜めに15度傾いている古河くんに恐怖で後ずさりしそうになりながら、私は勇気を出して話し続ける。
「誰にも内緒の恋なんだけど、古河くんが私に声をかけてくるとみんなが古河くんとの仲を疑っちゃって……本命の彼にも疑われそうで嫌だなって……だからあまり親しそうにしないでほしいというか……」
「自担に干されてる、俺!」
古河くんの傾きが30度になった。マイケルジャクソンもびっくりの角度よ。足首どうなってんの?
「こ、古河くんって、ほら、人気者じゃない? だから影響力も大きいんだよね! 沖縄に上陸する台風並みだからね、あっちの家って屋根が吹き飛ばされちゃうっていうじゃない? そんな感じで私の周りもザワザワしてるのね。だから……近くに来られると困っちゃうかなって」
「つまり、俺が台風並みに迷惑だと……」
「うん……あっ、そこまでじゃないよ……? ゲリラ豪雨並み、かなあ」
気を遣って規模感を変えてみたものの、古河くんの反応は「そっか、良かった」とはならなかった。
「俺って災害級に迷惑なんだね……」
「あっ、古河くんは悪くないよ? 南シナ海辺りにいてくれれば全然オッケーだから!」
「フィリピン辺りかあ……遠っ!!」
ついに古河くんはフラフラになってしまった。
なるべく傷つけないようにと思ったけど……やっぱり私には難しかったみたいだ。
「ごめんね。そういうわけだから……明日から私にはなるべく近づかないでほしいの。それじゃあ」
とりあえず、言いたいことだけは言った。
「待って!」
立ち去ろうとした私に、古河くんが声をかけた。ドキッとして振り向く。
古河くんは切ない表情を浮かべていた。
「俺……邪魔しないよ。朱里ちゃんの恋を応援する! だから……俺と友達になってくれないかな?」
「えっ⁉︎」
「友達だって公言すれば、変な噂も立たないんじゃないかな?」
私はちょっと考えて、首を横に振った。
「多分、信じない人がいると思う」
恵麻や花音さえ信じてなかったもん。それに、直接どんな仲なの? と聞いてくる人には否定できるけど、聞いてこないで怪しんでいるだけの人には否定のしようがない。
すると古河くんはマジな顔でこう言った。
「じゃあ、朱里ちゃんの好きな人と朱里ちゃんがうまくいけば──俺とのことを噂する人もいなくなるんじゃない?」
「ぼっちくんと私が……?」
うっかり呟いてしまって、私は慌てて口を押さえた。
「ぼっち……くん?」
古河くんの目が怪しく光る。
私、ヤバいこと言っちゃったかも!!
「今の話は、誰にも内緒にして!」
慌てて言ったけど、古河くんは聞いていないような表情で「ぼっちくんか……」と呟いている。
「思い出した、廊下で一度会ったことがあったね。マスクでメガネの冴えないやつ……あ、ごめん。そんなこと言うと失礼か。暗くてダサくて口が悪くて犯罪者予備軍になりそうな雰囲気のあぶねーやつに訂正」
「それ訂正してる?」
もっと酷いよ! 悪意しかない。
私は思わず憤慨した。
「ぼっちくんは……誰が何と言おうと、私にとっては最高にかっこいい人なんですっ」
「かっこいい……? 嘘だ……あんな奴に俺が負けるなんて……」
「聞いてます⁉︎」
「そんなバカな……あり得ない……」
古河くんは魂が抜けたような顔をしている。
どうしよう。異次元に行っちゃった人を元に戻す方法が分かんない。
やっぱり私一人じゃ手に負えなかったかも……。
「あの……古河くん? 大丈夫?」
おそるおそる顔を覗き込むと、古河くんはようやく我に返ったようだった。
「ダ、ダイジョウブ、ダイジョウブ」
「カタコトになってるよ? 本当に大丈夫?」
「チャラ。ヘッチャラ」
日本のアニメ好きなフランス人みたいなこと言ってるけど、本当に大丈夫かなあ。めちゃめちゃ心配!
「分かったよ。俺……ぼっちくんと朱里ちゃんの恋を応援する。推しの幸せが俺の幸せだからさ。朱里強火担として、二人がうまくいくように全力サポートするね!」
古河くんは一見立ち直ったふうなことを言いながら、ニコッと笑った。しかし情緒が不安定なのか、その目からは涙が溢れている。
「あれ? ごめん。悲しくなんてないのに涙が出るなんておかしいな……。恥ずかしいから、もう行くね」
「あっ、古河くん!」
「じゃあ!」
「待って古河くん! サポートとかいいから、おとなしくしててええ!」
私の叫びも虚しく、彼は振り向かずに走り去って行った。
どうしよう。最悪の結果を招いたかもしれない。