「レクトくんたちは、量術を使った仕事が出来て羨ましいです。僕のクライメアは使い道がわかりません」
リオがノートパソコンのキーをカタカタと叩きながら言う。
「何いってんだよリオ。俺からしたら、量術抜きで仕事出来るリオの方が立派だと思うぜ」
「ホントにね。たまたま私たちには、合っていた仕事があったってだけだから。――それよりどう? パソコンは使いこなせそう?」
「――ええ、大丈夫です。難しいところはありません」
ハルキたちの家からの帰りがけ、リオはパソコンを借りられるかとハルキに訪ねた。リオがパソコン未経験だと知ったハルキは「考え直せ」と迫ったが、ミツキは「リオくんなら大丈夫」と改めてリオを推した。
うーん……ミツキのことは常識人だと思っていたが、少し考え直した方がいいのかもしれない。
「リオ? もし、自分だけ仕事が少ないなんて気にしてるなら、そんなの必要ないからね」
「そうだぞ。調べ物とか、俺たちいつもリオに頼ってんだから。ほんと、気にすることないからな」
「ハハハ……大丈夫ですよ、この方が僕の気がラクなんです」
今週末から始まるパソコン教室に向けて、リオが叩くキーの音は夜遅くまで続いた。
***
「そろそろね、リオくんが帰って来るの」
ミツキはそう言って、ブラックコーヒーを一口すすった。私たちの家で、ミツキと一緒にリオの帰りを待っている。レクトは「近所を探検してくる」と言って、自転車で出かけていた。ミツキが来ると分かっていたら、きっと家にいたことだろう。
「そんな苦いのよく飲めるね。私はこれが好き、カフェオレ」
「人って見かけによらないね。サリアちゃんなんて、どう見てもブラックが好きそうなのに」
マグカップを両手ではさみ、ニコニコと笑いながらミツキが言う。今ではすっかり、ミツキの笑顔のとりこだ。
「にしても、パソコン教室初日だってのに、ミツキは行かなくて良かったの? 引き継ぎなんかもありそうなのに」
「だって、リオくんが一人で大丈夫って聞かなかったから。それと、引き継ぎは問題ないかな、その日その日で終わる内容ばかりだったから」
リオはああ見えて頑固なところがある。一人でやりたい理由でもあったのだろう。
***
「た、ただいま……」
玄関の引き戸を開け、リオが帰ってきた。ぬーっとリビングに現れた感じを見ると、あまり良い結果ではなかったのかもしれない。
「ど、どうだった? リオくん?」
「あ、ミツキさん、こんにちは。いやもう、明らかにミツキさんじゃなくなって、ガッカリされた感が伝わりました……」
「ぐ、具体的には……?」
「まず、最初の挨拶で、大きなため息をつかれました。あと、授業が始まってからは、『それは知ってる』だとか、逆に『そんな難しいのは必要ない』だなんて言われたり……」
「多分だけど、それって山田さんと尾形さんじゃない?」
「――えーと、確かそうです。黒縁メガネの方と、野球帽の方ですよね?」
ミツキは「そう!」と、リオを指差した。
「こんな事言っちゃうのもなんだけど、あの人たちは若い女性目当てだった気がするの……先生を辞めたかった理由ってこれもあったんだよね。だから気にしなくていいよ、全然」
そうミツキに言われたリオの表情が少し明るくなった。
「分かりました、気にしないようにします。――そうだ、一つだけ帰りがけに嬉しいこともあったんです。『とても分かりやすかった』って。『来週は今まで疑問に思ってたことをまとめて質問させてください』って言われて」
「あ。それきっと浅野さんでしょ? 白髪に、上品な銀縁眼鏡の」
「そ、そうです!」
「今まで疑問に思ってたことって……私に聞いても分からないって思ってたんだろうな、ハハハ……ほらね、やっぱり正解だったでしょ、リオくんなら大丈夫だって言ったの」
ミツキは自分のことはさておき、エヘンと胸を張った。