「リオ! 今日のカレーは最高だったな! えーと、なんて鍋を使ったんだっけ?」
「圧力鍋です。これのおかげで、鶏の身も骨から離れてホロホロに……ホント、圧力鍋は買って正解でした」
「最後に少し残してあるカレー、絶対食べちゃダメだよ。私はちゃんと、我慢して明日の分も取り分けてるんだからね」
レクトは「ハイハイ」と笑いながら、皿を洗っている。食事を作るのは日替わりで担当制にしているが、片付けだけはジャンケンで決めている。ちなみに今日の結果は、私とリオが『パー』でレクトが『グー』だった。レクトは自分の『グー』率が高いことに、まだ気付いていない。
ピンポーン
夜の八時、玄関のチャイムが鳴った。誰だろう、ハルキだろうか? それとも、ミツキだろうか?
玄関の近くにいた私とリオは、揃って来客を出迎えた。
「に、兄さん……」
引き戸を開けた向こうに立っていたのは、リオの兄、アレンだった。
***
「お前たち、すっかり地球に馴染んでるようだな。服装もそうだし、サリアは髪色まで変えたのか。ハハハ……なにより、みんな元気で良かった」
リオの兄、アレン。
リオと同じ量術、クライメアを使う。だが、アレンのクライメアは対人量術にまで昇華しており、人を焼き殺すことも凍死させてしまうことも出来た。オルマーシャ孤児院の出で、初めてヴェルミラ統律院に合格したのもアレンだ。
「……どうした、お前たち。何故、黙っている? 俺はてっきり、歓迎されるものと思っていたんだが」
アレンは苛立ちをあらわにした。アレンの立場からすると当然のことだ。
「ご、ごめん、兄さん。――それより、どうしてこのタイミングで地球に? 僕たちあと二ヶ月は調査の必要があると思うんだけど」
「――ああ、それで不安になっていたのか。当初のシミュレートでは、地球に順応出来るかどうかを計るのに、三ヶ月は必要と出ていた。それが、最新のシミュレートでは一ヶ月で問題ないと出たんだ。――喜べ、一緒にヴェルミラに帰れるぞ」
笑顔でそう言ったアレンの顔から、徐々に笑みが消えていく。
「おい、まさかお前たち……地球人にほだされた訳じゃないだろうな……? 地球人の格好をしているのも、好き好んでって事なのか……? ――おい、答えろ!」
「……そうだ、アレンの言ったとおりだ。俺たちは今、好き好んでこの格好をしている。そして、ヴェルミラが地球を乗っ取ることを止めたいと思っている」
「レ、レクト、それは本気で言ってるのか!? サリア! リオ! お前たちもそうなのか!?」
私はアレンの目を見て、「そうだ」と言った。
「ぼ……僕も、レクトくんと同じ気持ちです。この星の人たちから、何かを奪うのは反対です。兄さんが来なかったら、僕たちは地球に順応できなくて死んだことにしようっていう計画を立てていたんです」
リオのそのセリフに、アレンは愕然とした。
「い、
「いや、アレン。俺たちは本気だ、気の迷いなんかじゃない。三日……いや、一日でもいい、地球で過ごしてみないか? アレンもきっと――」
「黙れっ!! 何のためにお前たちはここに来てると思ってるんだ!! セレスタをここまで飛ばすのだって、莫大な国費が掛かってるんだぞ!! い、いや、金のことはいい、ヴェルミラの……ヴェルミラ人の未来がかかってるんだ!! 分かってるのか!!」
アレンは激しくテーブルを叩いてそう言った。アレンの左頬に出来た大きな火傷痕が、ピクピクと震えていてる。
「兄さんの気が変わらないように、僕たちも変えるつもりはありません。――兄さんにお願いがあります。出来るなら、ヴェルミラに帰ってから……僕たちは死んでいたって伝えてくれませんか」
「ほ、本気で言ってるのか……リオ……」
アレンは信じられないと言わんばかりに、ゆっくりと首を左右に振った。
「――分かった、今日のところは引き上げる。明日の朝五時、お前たちがセレスタで降り立った場所に来い。先に言っておくが、俺は話し合うつもりはない。それと、ヴェルミラの服を着てくるのを忘れるな、無理矢理にでも連れて帰る」
「アレン……もし、俺たちが行かなかったら?」
「来ようが来まいが、後日ヴェルミラ統律院の艦隊がこの星にくる。明日は、お前たちがヴェルミラに帰れる最後のチャンスだと思え」
アレンは席を立つと、振り返ることなく家を出ていった。