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ep40:アブソルヴェール

「俺や、お前たちが習った戦争の歴史では、『ヴァルムートは対戦国エルシアの子どもたちを積極的に保護した』と教えられていたはずだ。――だが、現実は違った。早い段階でエルシアは降伏を申し入れたにも関わらず、ヴァルムートは徹底して爆撃を繰り返していたんだ」


「そ……それは、子どもも殺すつもりだったということですか?」


「そうだよ、リオ。幼い頃のアレンのように、量術を使えれば子どもだって兵器になる。この戦争を機に、ヴァルムートはエルシア人を根絶やしにしようと思っていたんだ」


 自転車の荷台から、後ろを振り向きミレルが言った。アレンが話を続ける。


「量術の戦いでは分が悪いヴァルムートは、量術を組み込んだ兵器作りに力を入れていた。疲れを知らない兵器と生身の人間じゃ、長期戦になればどちらが不利なのかは明白だ。やがて、エルシアの市街地は焼け野原となり、強固な避難所さえ破壊されていった。――しかし、一箇所だけ破壊されていない避難所があったんだ。今ここにいる五人は、全員がその避難所にいた」


「ど、どうして、僕たちがいた避難所だけなんです? ――特別な構造で出来ていたんですか?」


「いや、違う。――アブソルヴェール絶対防御という量術を知ってるか?」


「アブソルヴェール……? なんだって防御出来るって量術だよな? 作り話の世界じゃないのか?」


 私も同じ認識だ、神話レベルの話だと思っていた。


 え……? もしかして……


「せ、先生……? ミレル先生がアブソルヴェールを……?」


「——ああ、そうだよサリア。お前たちには、ソルフィスしか使えないと言っていたけどね。アブソルヴェールを隠していたのは、お前たちと同じく身を守るためだったのさ」


 ソルフィスとは、病気や怪我などを治癒することが出来るヒール系の量術だ。先生は別の量術を隠し持っているとは思っていたが、まさか伝説のアブソルヴェールだったとは……


「だから今、俺たちが生きていられるのは先生のおかげなんだ。先生はボロボロになりながらも、アブソルヴェールを放ち続けてくれたんだ」



***



「そういえば、僕たちがいた避難所って、ほとんど全員が子どもだったんですよね? 先生、どうして大人はいなかったんですか?」


「最初はいたんだよ、大人も。だが、ここの避難所の噂を聞いて、他の都市部からも避難民が殺到してね。当然ながら、避難所はスペースも食料も限られている。だから出ていったんだよ、大人たちは。子どもたちのためにね。お前たちは小さかったから、憶えていないと思うが」


「確かに、年上の俺でさえ避難所での記憶はあやふやだからな……そしてその後、ヴァルムートは街を破壊しつくしたタイミングで、終戦協定を受け入れたんだ。生きているエルシア人は一人もいないと思って、ヴァルムート軍は街に足を踏み入れたはずだ。だが、俺たちがいた避難所では、沢山の子どもが生きていた。――そして、このことはヴァルムートにとって大きな謎として残ってしまった。今の今まで、この謎は解明されていなかったんだよ」


「そ……それを、兄さんがヴェルミラ統律院に伝えたのですか?」


「そうだ。あの時の避難所が無傷だったのは、アブソルヴェールのおかげだったと。そして、そのアブソルヴェール使いと、この場所で待っていると」

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