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ep42:震え

 ミレルが女優だった話で盛り上がった後、全員の口数がパタリと少なくなった。あと一時間も経てば、私たちは戦闘をしている可能性だってある。会話をすることで緊張を紛らわせていたが、それも限界に近づいていたのだろう。


「そろそろ、目的地に着きますね。――ところで、皆さんは大丈夫ですか? 僕は歩いているからごまかせているけど、じっとしていたら足が震えていると思います。戦闘なんて、見たこともしたこともないですから……」


「ハハハ、リオは素直だね。私はリオのそういうところ好きだよ」


 ミレルはそう言って笑い、話を続けた。


「いいかい、リオ。今から敵と向かい合うんだ、怖くなって当然さ。自分を守ることは無我夢中で出来るかもしれない。だけど、人を攻撃する時はそうはいかない。相手を傷つけることになる、もしかすると殺してしまうかもしれない。戦うっていうのは、そんな覚悟が必要なんだよ。――でも私は強くないからね。自分や仲間を守る量術しか会得できなかったのさ」


「覚悟が必要っていう話は、本当に先生の言うとおりです。俺も模擬戦では力を出せるのに、対人になるとどうしても体が硬くなってしまった。自分の量術で、相手が死ぬかもしれない。ある意味、攻撃を受けるより恐ろしいことでした。――だけど、先生が強くないってのは違う。アブソルヴェールを放ち続けるために、自分の腕だって犠牲にされたのだから」


「そ、そうか……先生の左腕が不自由なのは、アブソルヴェールのせいだったのか……俺たち、そんな事も知らずに……」


「やめな、レクト。もう昔のことさ、お前たちが気にすることなんてないよ。――ん? 前から何か来るね」


 前方からヘッドライトを灯した車がやってきた。初めて地球にやってきた時に出会った、警察官の大木だった。



***



「おお、君たちか。こんな時間にどこに行くんだね」


「あ、兄と祖母が遊びに来てくれたので、ちょ、ちょっと散歩に出てきたんです」


「散歩……? えらく、長距離の散歩だな。まあ、お祖母さんもいらっしゃるんだし、ほどほどにしないと危ないよ。この辺りは街灯もほとんどないしね」


「わ、分かりました大木さん。ちょうど、この辺りで折り返そうと思っていたところなんです」


「そうか、それなら大丈夫か……あ、そうそう。こないだのレクトくんたちのマジックショー凄かったそうじゃないか。ウチの子どもたちも、えらく興奮してたぞ。――じゃ、気を付けてな」


 そう言ってパトカーを発進させた大木だったが、その表情には少し怪訝な感じが伺えた。こんな時間に散歩に出ていることと、私たち五人が同じヴェルミラの服を着ていたからだろう。


「大木さん、ちょっと怪しんでた感じだったな……そういや今の警察官、俺たちが初めて出会った地球人なんだよ。場所もちょうど、この辺りだったと思う」


「ああ、確かそうでしたね……まあ、最初と最後に会った地球人が大木さんってことにならなければいいですけど……」


「お、おい!! 縁起でもないこと言うなリオ!」


 満天の星空に、レクトの声が響いた。

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