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第2話 事は重大だ

 時が経つのは早いもの。高等部二年になった。


「おいザク。こっちに来い」


「こいやこいやぁーー!」


「ひぃいいい!! マルフォイぃい!?」


 下校時間。幼馴染のカルヴィナといつも通りの日常を送っていると、視界の端に俺を避けるザクが目に入った。


 いいオモチャを見つけたとあくどい顔を周りに振り撒きながらそいつに近づき、肩に手を置いて近くの木を背にそいつを立たせた。


「うわぁ。また絡まれてるぞ」


「くわばらくわばら。俺たちは関係ないから行くぞ」


 助けてと、ザクが周りに視線を送るが悲しいかな、俺がいる時点で介入してくる奴はそうそう居ない。


 俺のあくどい顔とカルヴィナのニヤケ顔を見たザクは、さらに戸惑いを隠せないでいた。


「ルイスぅ、あの話はどうなったんだぁ? まだ俺の耳に届いてないんだが」


「ないんだが?」


「あ、あの、それは……」


 ルイス=サラダ。


 俺と同じ学年の陰気な奴だ。別クラスだが、俺が特別に気にかけてる生徒の一人で、目まで覆った前髪と落ち着いた緑色の頭髪が特徴の男だ。


「その、言いにくいんだけ……ど……」


「なんだ聞こえないぞ!! もっと腹から声出せ!!」


「出せー!」


 このルイスは魔術学園の卒業まじかで才能が覚醒。地方にあるサラダ家は後に帝国には無くてはならない農業に必要な人材と化す。

 脳髄に刻まれた知識。それがルイスに唾を付けておけと言っている。


「……ねが」


「ん?」


「ギルドに依頼するお金が……無いんだ……」


「なに!? カネが無いだと!!」


「ひぃいいい!」


 このタイミングで俺は額に青筋を立て、わざと大声で叫びご立腹だと雰囲気を醸し出す。


 貴族が平民に金を要求して虐めている。そういう構図。


 まわりにいる生徒たちは俺に対し畏怖と軽蔑の視線を、ルイスには憐みの視線を送っている。


 俺は周りの視線は気にしないが、目尻に涙を浮かべるルイスには同情の余地はある。


 そもそもギルドに依頼する内容は、農作物を荒らすモンスター退治だ。無論前金と成功報酬が必要。


 ルイスが大成するのは先の事だが、今のサラダ家、つまりルイスの親が纏めてる農業地区。突き詰めていけばサラダ家の金が本当にない。


 平均的な収入を約束された地区。それの取り纏めのルイス家に何故金が無いのかと言うと、答えは単純。


「なるほど、所詮クズの子はクズなのかぁ? なぁルイスぅ」


「ッ!!」


 親を馬鹿にされて涙目だった表情から一変。俺を睨みつけてきた。だがすぐにシュンとしたルイス。正直俺も親を馬鹿にされたら黙っていないが、ルイス自身親にそう思っている節がある。それは当然だろう。


「お前も好きそうだなぁ賭博」


「……」


「ギャンブルギャンブルぅ!」


 ルイスの親二人は無類のギャンブル好き。勝てばいいが全然勝てないのに、擦るだけ擦り狂った様に倍プッシュしまくる。それが災いしてサラダ家に金がない。


 ルイスの悟った顔と言ったら本当にいたたまれない。


 不幸中の幸いか、息子を学園に通わす金と下の農業者に渡す金だけはちゃんとしてる不思議。


「とにかくだルイス。お前は俺が気に入ってる数少ないザクだ。だから特別に口利きしといてやる。俺は顔が広いからなぁ! フー↑ッハッハッハッハッハ!!」


「ほ、本当に! マルフォイって意外と――」


「その代わりお前が死ぬまでぇ、ボロ雑巾の様に使ってやるから覚悟しろぉ!!」


「覚悟しろぉー!」


 ボロ雑巾から声を大にして宣言。瞬く間に眼のハイライトを無くすルイス。


 膝から崩れ落ちるルイスを尻目に、そろそろうるさい教員が注意しに来ると踏んだ俺たちは、高笑いしながら寮へと帰った。


 二日後の休日。カルヴィナとの日課トレーニングを終え、紅茶で一息ついていた頃にギルドから連絡が入った。


「なに? クエスト失敗しただと……」


「は、はい。負傷者は居るものの、死者がいなかったのは幸いかと」


「ダッサーい。プークスクス!」


 大きな音を立てて割れる皿たち。


 つかえない奴らめ!! と、連絡用の魔術が音を拾う様、思い通りにいかずイライラして物にあたる演出をする。ちなみに演出だから皿は魔術で創った物だ。


 当たり散らかした後の様に、髪を櫛で整えながら椅子に深々と座る。くちびるの端をピクつかせるおまけ付き。これで向こうは俺が相当頭に来ていると思うだろう。


「んふーマルドゥクぅ」


「で? 何で失敗したんだ?」


 後ろから抱き着いてきたカルヴィナが頬を擦りつけてくる。それが鬱陶しいと顔を歪ませながら質問した。


「ほ、報告によると、依頼された地区の洞窟深部に凶暴なモンスターがいたとか……。被害源である下等なゴブリンも大量に居たらしく、数の暴力で撤退せざる得なかったと聞いております」


「凶暴なモンスター?」


 目を瞑りこめかみを指で軽く押す。


 洞窟に凶暴なモンスター。それに雑多で弱いゴブリンが大量。それらのキーワードを深層心理に落としていくと、複数の事柄が浮かんできた。


 サラダ家周辺の地域には大きく広い洞窟は無かったはず。いや、知識ではなく実際に洞窟を見てみないと分からないが、ゴブリンの数は百から二百……。多くて三百。


 俺が選んだ中堅パーティーが生きて帰って来たのは相当運が良かったのだろが、ちゃんと退路を確保している優秀なパーティーだ。こんど何かの機会でボロ雑巾の様に使ってやる。


「耳たぶおいしぃ~。はむぅ~」


「不衛生だから止めなさい」


「いやだぁ~」


 クエスト失敗した結果、サラダ家の依頼は危険度が上がった。選んだ中堅パーティーはあの地区で上位の実力。それがダメだったから誰も依頼を受けないだろう。


 中央ギルドから選りすぐりのパーティーを派遣させる事もできるが、数日と時間がかかる。すぐにでもモンスターの退治をしなければ、農作物だけではなく人の生き死にという被害が広がってしまう。


 何よりこれはエンドレスワールドで言うランダムな突発性クエスト……。ルイスの今後も考えて放置は勿論できない。


 って事はだ。俺のとれる選択肢は……。


「カルヴィナぁ」


「なぁにぃマルドゥク~」


「久しぶりに外でデートしないか」


「デートぉ! いいねぇ!」


 俺が直接出向いて掃除するしかない。

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