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第9話 棚に上げる

「意外と早いご登場だなぁマルフォイ」


 馬車を出してブライアンが待つ屋敷の門前に移動。ルイスを連れ、迷いなく真っ直ぐ歩みここに入った。


 人が小躍りするには十分な広い部屋。ニヤつくブライアンの隣には取り巻きたち、後ろには黒装束。椅子に縛られたカルヴィナも隣におり、スミスが俯き震えている。


「マルドゥクぅ! おーい!」


「カルヴィナッ……」


「あ、えーとぉ……。キャー! タスケテー!」


 いつも通りのカルヴィナ。しかし、何故胸を強調する様な縛り方なのかいささか疑問が残る。いったい誰がこのように縛ったのか……。見つけ次第鳥を締めるように首を折ってやる。


 ブライアンがルイスを見て驚き、またニヤついた顔をする。


「おいおい! イングラム家とも在ろうものが大金叩いて愚民を癒したのか? 冗談きついぜマルフォイ! それともなんか? そいつとデキてんのか? ブハハハハ――」


「っひっひっひ!」


「マジかよおい! ハハハ!」


 笑うブライアンに釣られて取り巻きも笑う。


 学園や貴族の茶会では見せない俺を馬鹿にする態度。詳しくないルイスですらその態度に疑念を持ち、俺の様子を隣で伺っている。


 とりあえず、俺は話す。淡々と。


「……ブライアン。お前は何をしたか分かっているのか? それとも思考が幼稚すぎて分からないのか? こたえろ」


「この状況で相変わらずの上から目線。ガキの頃から気に食わなかったんだよなあ~」


 そう言いながらスミスの所まで歩き――


「傷害!」


「うわッ!」


 蹴り。


「拉致監禁!」


 カルヴィナの顎を撫でる。


「それらに加え、殺害、性暴力も加わる予定だあ~! アッハッハッハ!!」


 高笑いするブライアン。その姿にルイスは歯ぎしりし、握る拳が震えている。


「呆れた奴だ。即刻カルヴィナとスミスを解放しろ。そうすれば今回の件、遊びが過ぎたと幼少期の馴染みで不問にしてやる」


「まだわかってねー様だな!! 今この場で立場が上なのは! おーれーなーのっ!!」


 親指で自分を指していうセリフ。普段からうるさい奴と思っていたが、どうやら興奮状態の様子だ。


「そもそも、俺やカルヴィナに手を出すとマズいのはお前の方――」


「奴隷を飼ってるらしいなあマルフォイ!」


「――」


 奴隷を飼ってる……。


 その言葉に俺は目を大きく見開き、言葉に詰まる。


 俺が押し黙ると、この事情を知っているであろう取り巻きたちが更にニヤつく。


「我らが帝国と隣国であるユーサー王国の友好締結。いろいろあるが、奴隷の所持は硬く禁じられている」


「……」


「それを破れば王国との関係に傷が入るとの理由で、非常に重い罰が課せられる……。わかってるよなぁマルフォイ」


 黙り込む俺の姿にルイスは信じられないと驚愕を口にしている。


 そう。理由は様々あるが、一言で言うと人道に反する行いだと、帝国では奴隷の所持を硬く禁じている。

 それが農民であろうが貴族であろうが一切関係なく罰せられる。


 現在、奴隷制度を認可しているのは南の大陸にある皇国と、魔族大陸全域だ。


「いやーまさか大貴族であるイングラム家が奴隷を飼っているなんて事ぉ、帝王が知ったらどうなる事やらー」


「今頃父上もお前の親父に言ってんだろなぁ――」


 ――今日からイングラム家はゴーグ家の犬だってさ……。


「……」


 俯く。


「おや? どうしたのかなマルフォイくん? お腹ぁ、痛いのかなぁ?」


 バラされたくなかったら言う事を聞け。脅し。これは脅しだ。


 下級貴族から上流貴族、悪の貴族は時折、己の家の格をあげるために暴力をふるい、揺さぶり、罠にかけこう言った脅しをする。

 ゴーグ家もその例に乗っ取りのし上がってきた家系。常套手段を心得ている。


 当然、帝王の直ぐ下に位置するイングラム家もターゲットに定めていたが、なかなか尻尾を出さない。

 しかし遂に、奴隷を飼っていると言う尻尾を掴み、こうして我が物顔で圧をかけてきている。


「……っ」


 俯いて震える。肩を揺らして震える。


「自分の置かれた状況が分かったようだなぁ」


 俺が俯き震えている姿に愉悦が止まらないブライアンと取り巻き。


 ルイスは拳を握って目を瞑り、スミスはうなだれている。


「キャー! タスケテー!」


 そしてカルヴィナが棒セリフで助けを呼ぶ。


「――ク」


 そして俺は。


「クッハッハッハッハ!! アハハハハ!!」


 大きな声で高らかに笑った。


「フッハッハッハッハー!!」


 堪えていた笑いが止まらない。


「マルフォイ……」


 ついに壊れたかとルイスが憐れみと驚愕の顔を俺に向ける。


 ブライアンも、取り巻きも、黒装束も、ほぼ全員が俺の笑いに驚く。


「な、なにがおかしい!! 気が動転してキチったのか!?」


 腹を抱えて笑う姿に、愉悦に浸っていたブライアンが冷や汗を流している。

 俺はしきりに笑い。落ち着きを取り戻しながらブライアンを見た。


「フーッ、いやぁこうも見事に釣れるとは思わなくてなぁ。つい笑いが止まらなかったぞ」


「釣り……? 何を言っているマルフォイ!! お前はもうお終いなん――」


「終わったのはお前たちゴーグ家だブライアン!」


「ッ!?」


「わからないか? お前の父が掴んだ情報は、イングラム家が撒いた餌だ」


 淡々と話す俺の姿と、ブレない視線に、嘘だ信じられないと、ブライアンは後ずさる。


「デタラメ言うな!! 俺は見た! 奴隷商から買った証拠、奴隷商店から奴隷と共に出てくる証拠!! 記録された映像魔術があるんだぞ!!」


「ああ。奴隷は買った。その映像魔術は確かだぞ」


「なら――」


「そして使用人として連れ帰った。大陸一厳しい審査が入る帝都の関所を通ってな」


 笑うたれ気味な目をする俺の言葉、自信あふれる態度に、取り巻き達はハッとし怒り心頭な顔で俺を責める。


「汚い! 汚いぞイングラム家!!」


「関所にまで手を回したのか!」


 その勢いにブライアンも乗る。


「マルフォイ!! この問題は――」


「言っただろ。使用人として連れ帰ったんだ」


 言葉を遮って言い放った。


 謎である俺の自信。拉致監禁暴力まで行使した自分たちが何故か後ずさる。追い詰めているはずなのに、逆に追い詰められている。


「確かに、帝国と王国は奴隷制度に敏感。所持しているとなると、いくらイングラム家といえど貴族としての存続にかかわる罰が与えられるだろう」


 息を飲むルイス。


「人手不足で使用人を募っても、世間に広がるイングラム家の悪評で人が来ない。だから皇国に出向いて奴隷を買い、使用人として雇っている」


 息を飲むスミス。


「ここまで言ってやったんだ、まだ分からないのかブライアン」


 何で自信があるんだと、何で余裕があるんだと、何でこの状況で自分が圧されているのかと、俺を睨んで脂汗を流し思考する。


 ぐるぐる回る思考。視界が霞むまどろみの中、ブライアンはある一つの答えに辿り着き――


「ぁ」


 捻り出た小さな声が全員に響いた。


 雲行きの怪しい場の空気。取り巻きたちが縋る思いで動揺したブライアンを見る。


「ま、まさか、解いたのか……!? 奴隷印を!!」


「ようやく気付いたか。バカにしては上出来だ」


 奴隷印。それは読んで字のごとく、奴隷のしるしだ。


 簡単に言うと、特殊な魔術で施される印は、奴隷を買った契約者と繋がり、意志一つで痛みと言う罰を与えられる。


 法を犯さまいと、買った奴隷の印を奴隷商と裏で解除。なかなか人が集わないイングラム家は、こういったルートで人財を確保している。


「バカな!! ただでさえ高い奴隷!! 印を解くには奴隷の三倍以上値が張る!! そんな無駄金を使ってまで――」


「無駄かどうかはイングラム家が決める。まあ? カネはいくらでもあるからなぁ」


 奴隷印が無ければそれは奴隷ではない。平等に与えられた人権を持つ人だ。イングラム家が抱えるとの身分を証明すれば、何の滞りも無く関所を通れる。無論、帝王も了承している。


「ックク」


 それと動揺するブライアンと取り巻きたちは気づいてないが、隣のルイスが気づき、問うた。


「……おい。おいおいおい! 何で奴隷印を解くのに値が三倍張るなんて知ってんだよ!?」


「ッ!?」


 しまったと顔に出るブライアン。俺はすかさず擁護する。


「ルイスぅ、ダメじゃないかぁそんな事聞くなんてぇ」


「え、で、でも」


「言えるわけ無いだろぉ、ゴーグ家は定期的に奴隷を買ってるから知ってるなんてぇ。なぁ? ――」


 ――ブライアン。


 そう。ここから立場が変わる。


 責める側から、責められる側へと。

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