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第10話 伝統芸

「は、ハハハ! 何を言うかと思えば、ゴーグ家が奴隷を飼っている? 証拠も無いのにデタラメな!!」


 乾いた笑い。怒気を含む言葉が俺に浴びせられる。狼狽した後だと言うのに、なかなかの虚勢だ。ほら見ろ、取り巻きたちが困惑しているぞ?


「幼少の頃からザクにすら認定し難いバカと思っていたがこれほどバカだったとはな。ルイスのアカを煎じて飲めば多少はマシになるんじゃないか?」


「バカバカうるせぇ! 強気になれる立場かよマルフォイ!!」


(あれ、俺今、遠回しにバカにされた?)


 俺からすればブライアンのセリフは自分に帰ってくるブーメランみたいなもの。そこに気づきすらしないあたり、相当焦ってるのか。それともあえてそう言ってるのか。


「ああ、証拠が見たいのか? これだ」


 胸ポケットから取り出した一枚の折りたたんだ紙。それを広げ、ブライアンに見せる。

 どうやらカルヴィナ以外この紙が気になる様子。まじまじと見ている。


「奴隷契約書の一枚だ。日にちは二カ月ほど前で、ゴーグ家の正式な印が確かに記されてある」


 俺の誘導で目に付く印。紛れもないゴーグ家の印だとブライアンが息を飲む。怒りに任せて俺を睨むと思いきや、一呼吸して冷静に返して来る。


「その契約書は偽造だ。ゴーグ家の印など形を知っていれば作れるし、そもそも奴隷商が契約書を渡すとは到底思わない!」


「……認めないと言い張るのは別に構わんが、印の複製を認める様な失言は同じ貴族として些か頭にくる。そもそも正式な印は血族が魔力を通して押す印。悪名に由緒あるゴーグ家を自ら下げるとは……。落ちたな、ブライアン」


 ――パチッ!



 俺は目を閉じながらフィンガースナップをし、目を開き、そのまま指をブライアンに指示した


「っぐ!? 言わせておけばッッ!!」


 マルフォイを言い負かせず、逆に説教された本人は顔を赤くし怒り心頭。数秒前の冷静な顔から怒りの形相へ。


「頭を下げれば済んだものを!! 痛い目見ないと気が済まないらしいな!!」


 その言葉を皮切りに控えていた黒装束たちに殺気が宿る。


「マルフォイ!! 忌々しい男だったが、その思い上がった顔を歪ませてやる!! お前たち!! 思い知らせてやれ!!」


 号令。


 拳で、手刀で、足蹴りで、我先にと黒装束たちが一斉に襲ってくる。


 これから起こる事は、ブライアンにとって至福の時。下剋上。一方的にマルフォイの心身を破壊させる。


 薄ら笑いするマルフォイと、ブライアンを睨むルイスは不動。無抵抗のその姿に、ブライアンは、遂に諦めたか、と頬を吊り上げる。


「フン! 魔術が使えないならスキルを使うまでのこと!!」


 手をかざし、手のひらに拳ほどの炎が出現する。


 ――はずだった。


「――スキルが……発動しない!?」


「オラア!!」


「――ッブ」


 黒装束に顔を殴られ倒れる。


 餌に群がる鳥の如く囲まれ、顔を、胴を、脚を、執拗なまでに受ける暴力。言葉を発する事さえ許されない。


「うわあああああ!!」


 多勢に無勢。ルイスも同様に暴力を受ける。


 人が殴られる嫌な音が部屋中に響き渡る。


「アッハッハッハッハッハ!!」


 止まらない。


「ゴホッ!!」


 止められない


「アッハッハッハ!!」


 笑いが。


「ブフゥ!?」


 笑みが、


「アッハッハッハ!! アッハッハッハ!!」


 腹の底から湧き出る至福の笑いが止まらない!!


 幼少の頃から逆らえなかったあのマルフォイが、自分が絶対だとのたまったと事を言うマルフォイが、大貴族の子息であるあのマルフォイが、醜態を晒していると、ブライアンは大いに笑った。


 それからはもう、酷いと言うにも言葉足らずな惨劇が繰り広げられる。


「おいおいマルフォイ~。どうしたんだぁ? 床を血で汚すなよ~」


「――」


 黒装束の暴力きょういくを止め、ブライアンはマルフォイに近づき、後頭部を靴で踏みにじる。


「この部屋は特別製。魔術もさることながら、学生が使う貧弱なスキルも封殺できる。いくら優秀なお前でも、魔術もスキルも使えなきゃただのゴミってことだぁ♪」


 血を流し虫の息のルイスを横目で見ると、ブライアンはご機嫌な足取りで歩み寄り――


「オラァ!!」


 ――ゴキュッ


 後頭部を蹴り上げ、嫌な音を立ててルイスの首の骨を折った。


 首の皮膚を突き破らんとする骨の突起が見てうかがえる。


「んはぁ~殺しちゃったあ☆」


 背筋から脳天に走る殺害したと言う背徳の快感。それを感じる度にブライアンの笑みは醜悪になっていくのだ。


 そして微笑んだ笑顔のまま、足取り軽く向かう。


「ぃい、いやぁ……来ないでえ!!」


 椅子に縛り上げた極上のカルヴィナへと。


 震え涙を浮かべるカルヴィナに対し、乱暴に髪を掴み顔を腫らすマルフォイを強制的に見させた。


「よぉぉおおおく見ろ~。お前の愛しいマルフォイが、何もできず血を流している」


「いぃ、嫌だぁ……。助けてよぉ、マルドゥクぅ……」


 声が消えそうなか細い悲鳴と、鼻腔をくすぐる女の匂い。


 そして。


「――や、やめろ……」


 マルフォイの懇願が、ブライアンの辛抱を苛立たせ、我慢できないとカルヴィナを床に倒した。


「きゃッ!!」


 涎が出る。


 拉致監禁、傷害、そして殺害。宣言した通りに事を運ばせた。ならばあと一つ。


 性暴力。


「助けてぇ! マルドゥクぅうう!!」


 実行せざるを得ない。


「っへへ」


 肉がせりあがっていると見間違う豊満な乳房。衣類の上からでも分かるそれを、布切れ一枚破いてから実行、揉みしだく。


 そして一番のスパイスはマルフォイの精神的崩壊。それを眼球に収めながら事をする。


 それを想像するだけで、ブライアンの辛抱は歓喜の悲鳴をあげるのだ。


「ぐへへ」


 馬乗りになる。


「う……うう……」


 服を握りこむ。


「――めろ」


 そして力任せに引き裂き――


「やめろおおおおおおおおお!!!」


 豊満が踊り狂う――


「ヒハハハハハハハ!!」


 ――ハズだった。



 ――パチッ!


「へへ、へへへ……、……へ?」


 涎を垂らして上を向くブライアン。正気に戻ると静止、ゆっくり辺りを見回し、糸が切れた人形の様に腰から崩れる。


「なな……何なんだよ、これ……」


 ゴーグ家が誇る命令に忠実な黒装束集団。それが誰一人動く事無く魔術で拘束。取り巻き達は二人とも泡を吹いて気絶。そしてブライアンを見下すのは、拘束を解いたカルヴィナに、睨むルイス。俺の魔術で全快したスミスと、ニヒルな笑みを浮かべる俺。


 理解不能だった思考が徐々に整理され、到底信じられないとブライアンは震えている。


「フー↑ッハッハッハッハッハ!! いい夢見れたようだなぁブライアン」


「マ、マルフォイ! お前! お前はそこで倒れていたはず――」


「お前は幻を見ていたんだよ」


「まぼ……ろし……?」


「俺が暴力を受けたのか? ルイスが死んだのか? カルヴィナがお前に犯されたのか? まぁお前の脳が都合よく見た夢だ、涎を垂らす程いい思いをしたんだろう?」


 俺の言葉でハッとし、涎を裾で拭く。


「時間が惜しいからネタばらしするが、イングラム家を陥れようとするバカをあぶりだす作戦だ」


「……は?」


「膿は居ないなら越したことはないが、奴隷をチラつかせば食いついて来たのがゴーグ家だ。予想の範囲内で笑ってしまったがな」


「ッ!」


 そう、全ては釣りだった。悪の大貴族なだけあってその首を狙う貴族は少なくない。悪の貴族御用達の茶会でも気の抜けない駆け引きが行われるだけあって、今回のコレは貴族界でも大ニュースになる。


「父上が間違うはず――」


「信じなくてもいいが、現実は変わらん」


 そう言って魔術陣を展開。


「なッ!? 魔術だと!?」


「俺には逆算など無意味だ。これを見ろ」


 驚愕するブライアンを一脚し、この場の全員が見れる大きな映像魔術を展開した。


『どどどどどうかお許しおおおおおお!!』


 そこに映るのは貴族らしい品位ある服を着たふくよかな男性。ブライアンと同じ赤い髪色の男が床に額を擦りつけている。


 そして相手の脚にしがみつくと――


『ペロペロペロペロペロペロ――』


「父上ええええええええええええええ!!」


 縦横無尽に舌を動かす全身全霊の靴舐めに、目を見開き悲鳴をあげた。


「何をなさっているのですか父上!!」


「この映像はお前が夢を見ている時に送られた映像だ。話しかけても意味がない」


 送られてきた時点で瞳に映して俺は見たが、今回で二度目の鑑賞。俺以外は初見で、各々喜怒哀楽を表情に出している。


『ペロペロペロこここれは私の独断で動いたものです!! ですのでゴーグ家と息子の命だけはご容赦ください!! 何卒! 何卒!! ペロペロペロ』


 映像の中心にはブタが息を荒くし、腰から下しか映していない人物に懇願している。


「息子思いのいい父じゃないか」


「父……上……」


 力なく座り込む赤髪。


『滑稽だなブランドン。お前の父が様に自ら落ちてくるとは』


『はいぃ!』


『ゴーグ家の伝統芸は些か気色の悪いものだ』


 相変わらず父様のお声は体の芯に響くいい声だ。俺も蠱惑的かつ渋い声を目指さなければな。トレーニングメニューに発声練習を取り入れようか……。


「ゴーグ家の……伝統芸……?」


 声を震わし疑問を口にしている。目に見える動揺から察するに、ゴーグ家の伝統芸の存在は知らない、知らされていない様子だ。


 ククク。思わずニヤケてしまう。本当に息子思いの親だ。


『ペロペロペロペロ――』


『ブランドン。お前の処遇は私が決める。したがって――』


 映像は淡々と流れる。


(なんて、なんて惨めなんだ……。そうか、こうやって祖父さまは屈したのか……)


 それをハイライトの消えた瞳で見るしかないブライアンは、精神的崩壊を迎えるに及ぶ。


「もう映像はいいだろう」


 そう言って魔術を消す。


 それと同時にゆっくりと、ぎこちなくブライアンがこちらを向いた。


 頬に涙が流れている。


「さて、親は親同士で処遇を決めるが、もちろん子は子で処遇を決める」


「あ」


「どうする? ブライアン」


 伝う涙が太くなる。


「あああああ」


「お前もやるか?」


 小粒から――


「あ゛ああああああ」


「伝統芸」


 大粒へ――


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」


 泣き叫ぶ男の選択は……。

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