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第11話 カネなら捨てる程ある

 日中は人が溢れかえり活気盛ん。そして夜は酒飲みと伊達酔狂、毎日が祝い事かと思わせる程日中にも負けない賑わいを見せる。


 それが帝都が誇る平和の証、明りの消えない商業区だ。


「出来立てのホットドッグはいかがでしょうか!」


「安いよ安いよーー!」


「おいしいおいしいメロンパン――」


「依頼終わりの酒だあああ!」


 焼き鳥屋台、甘い匂いのパン、タピオカミルクティーや揚げバターなど多種多様、時代錯誤もいい所。昼間から酒を煽る人も相まって、エンドレス・ワールドと同じく混沌と化している商業区。


 イングラム家が絡む悪の貴族たちは、底辺の吹き溜まりだと商業区を毛嫌いするが、常識なんて捨てちまえと言わんばかりのそんなここが俺は好きだ。


 茶会で優雅を満喫するのもいいが、昼夜問わず人の力である活気を肌で感じれる商業区は、また違った今を生きる実感をくれる。


 気品ある貴族らしい服装をコートで隠し、迷うことなく歩みを進める。俺の様な貴族が現れると避けられるのは必須だが、うまく溶け込めている。


「……」


 商業区とギルド区の丁度境目。街を歩く冒険者の数が増え絡む事も無く辿りつく。


 剣と盾が刻まれた看板。スチール工房と書かれた鍛冶屋のドアに手をかける。


 扉が開いた合図を示す小さな呼び鈴が可愛く響く。


 店の中は熱気がこもっており、ラックに掛けたコートを着ていたらなおの事暑かっただろう。


 抜き身の剣や槍、手斧等、冒険者に必要な武器が壁に飾られ、また樽の中へと雑多に置かれている。


 飾られている武器はもちろんの事、樽にある武器に至るまで、帝都の三本指に入る質。いい仕事をする職人がいるのだと一目でわかる。


 スタスタとカウンターへ向かい呼び鈴を鳴らす。


 二度、三度。


 扉の呼び鈴にカウンターの呼び鈴。しつこく呼んでいるにもかかわらず一向に出てこないのは、鉄を叩く音と熱気で聞こえないからだ。

 と、察せるが本当は違う。


「――うるせぇったありゃしないぜ。あー、ボウズか」


「客が来てるのに相変わらず鉄を叩くのを優先するオヤジだ。そんなだから客が少ないんだぞ」


「ワシの性格に合わん客ならこっちから願い下げだ。最近の若いもんは急かして性に合わん」


 ふさふさな髭に長身。筋骨隆々。強面こわもてだがつぶらな瞳には優しさが宿っている。


 この男の名はガモン=スチール。ここスチール工房の店主であり、俺が特別気に掛けるスミスの父である。


 言葉使いからわかるとおり、非常に頑固者で職人気質だが、その鍛冶の腕前は言わずもがなイングラム家が一目置くほど。


「ガモン。頼んでおいた物は順調か?」


「これの事か?」


 大きく分厚い手の平から小包がカウンターに置かれ、スルスルと解かれると中には綺麗なイヤリングが姿を現した。


「ほぅ……」


 手に取ってみて見ると細部に至るまで細かく形成され、要望通りの、いや、それ以上の物が出来上がっていた。


「催促に来たのだが、まさか出来上がりが早くこうも仕上げが良いと何も言えないじゃないか」


「金払いの良い客だからな、イングラム家は。この前は立て込んでて遅れ気味だったが、せがれが息まいて手伝いに来やがる。鍛冶屋の跡継ぎとしてはまだまだ荒い部分もあるがな」


 もじゃもじゃな口ひげを動かすガモン。困り気味で息子の事を言っているが、どこか嬉しそうな印象も受ける。


「……フフ」


 どうやらブライアンの一件以来、スミスの調子が良いようだ。


「金はここに置いておく」


 そう言いながら金硬貨が入った包みをトレイの上に置き、イヤリングを包み直して懐に入れた。


「……多くないか?」


「腕のいい職人を放さない方法は金払いが良い事だ。これでも俺はガモンの腕をかってるからな」


「かってくれてるならもう少し入れてもいいんだぞ?」


「調子に乗るなガモン。俺は貴族だぞ」


「ガキんちょがいっちょうまえに吼えるな」


 不穏な空気にはならない。いつのもやり取りで駆け引きしているが、ガモンは委縮せず笑顔で俺も鼻で笑ってしまう。


 コートを羽織り顔を隠す様にフードを被って店のドアを開けた。


「おい」


 出て行こうとすると、呼び止められた。


 振り返る。


「あーその、なんだ。倅が世話になったみたいだな」


「……で?」


 頬を掻いて目が泳いでいる。こんなガモンは初めて見た。


「学園に通わせてるがそっちの生活の話はあまり口にしないんだ。たまに辛そうな顔して手を止める事もあった」


 目を瞑って思い出している。


「だが最近は学生の友達の話もしてくるし、楽しそうなんだ。ほんと、ほっとした」


 小皺を作るほどに緩んだ顔。親としての心配が少し和らいだようだった。


「……お前がなんかしたんだろ。否定はさせないぞ。あいつの口からお前の名前が出たんだからな」


「……そうか」


 確かに、学園でのスミスの印象は明るくなり、ルイス含む友人もちらほら周りに居る印象だ。

 前までの下向きの陰気な印象はまったく無い。


「だからーそのー……」


 頬を掻いていた指が顔から離れ、ガモンは俺の瞳をじっと見た。


「ありがとよ」


 町一番の頑固おやじ。そんな彼が恥ずかしながらも言ってきた精一杯の感謝。荒み切った俺の心に純粋な感謝が注がれるのを感じた。


 そして俺はこう返した。


「何を言ってるんだ? このスチール工房に加え、ガモンもスミスもすべて俺のモノだ。扱うボロ雑巾の跡継ぎだから毛先ほど手を貸したに過ぎん」


「……あん?」


「聞こえなかったか? もう一度言ってやる。この工房とお前とスミス。俺が一生にかけてボロ雑巾の様に使ってやると言ったんだ! フー↑ッハッハッハッハッハ!!」


 高笑いしてこの場を後にする。


 そして聞こえてきた怒号。


「これだから貴族のクソガキは嫌いなんだ!! 没落しろ青二才!!」


 顔を赤くしたオヤジを見て、俺はニヤケながらドアを閉めた。


「……ほんと、不器用なガキだ――」


 俺は気分よく歩く。


 本来の目的地へ。

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