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第12話 くるものがある

 昼から夕方に差しかかる時間帯。繁華街から少し奥まった所にある入口。


 複数あるアーチ状の入口の一つ。そこを通り抜けるとまず感じるのは鼻腔。甘い様なスッキリしてる様な、昼夜問わずどちらとも取れる妖艶な香りが出迎えてくれる。


 戦闘を行う軽装備から身なりの良い服を着ている者、行き交う人は様々な格好をしており、主に男性が多い印象。


 それもそうだろう。右の区画を見れば衣を肩まで崩した女性たちが路地にて男たちを誘惑し、左の区画を見れば派手な着物を着て建物の一階、二階から甘い声で誘っている。


 ここは売春婦や花魁といった者が居る娼店街。


 商業区と同じく、古今東西様々な形を取り入れたエンドレスワールドらしい場所だ。


 ゲームでは進行イベントで立ち寄ったり、"パフパフ"なるものを受ける事が出来ると俺に溶け込んだ俺が息まいていた。


 まぁ俺が彼女たちを利用することは無いだろう。


「旅のお方、休んでいきませんか」


「……」


 将来を誓っている許嫁が居るからだ。


「ッチ、無視かよ」


 今の俺は誰がどう見ても旅人、もしくは冒険者だ。日が沈み夜になってからもっと栄えるが、ここには物好きな貴族も足を運ぶ。未成年の俺がこんな所をうろついてるとなれば後がうるさい。


 しつこい様なら潰すがな。


「……ふむ」


 俺からささやかなプレゼント。


 彼女は喜んでくれるだろうか。


 思った以上の上等なイヤリングを思い出すだけで心が躍る。俺が成人し手広く影響を及ぼせるようになった暁には、スチール工房だけではなく鍛冶工房全域を大きくしようか。


 ガモンクラスの質ではなくとも、高品質な武器や防具等を揃えるだけでも、いずれ訪れるであろう大厄災イベントに立ち向かえる。


 備える課題は多いが増築した鍛冶工房はきっと役に立つだろう。


「……」


「っと、……おいあんちゃん」


 肩に伝わる衝撃。


 考え事をしていると肩がぶつかり、振り向きざまに相手が少しだけ声を荒げた。


「肩ぶつけておいて会釈も無しか?」


「相棒が怪我したらどうするんだよ!」


 身なりの風体からして冒険者。二人とも軽装備で、クエスト終わりに息抜きでもしに来たのだろうか。


「会釈に関してはお互い様だ。声を荒げる事もあるまい」


「あん?」


「なめてんのか?」


 どうもこういった輩はすぐに事を荒げたがる。……俺もめんどう事の処理がそれこそ面倒。秒で解決する方法は……。


「受け取れ」


「ッ」


 親指で弾いた金貨が一枚ゴロツキの手に収まる。


「俺が考えに耽っていたのは事実だ。それで一汗流してきたらどうだ」


「ッチ、次はちゃんと前向いて歩けよぉ!」


 そう言ってゴロツキの二人はこの場を後にした。


「……バカ丸出しだな」


 金貨一枚で二人の遊びは賄えるだろう。だがその金貨を使えば俺の魔術が発動する。


『一ヶ月間毎日一度足の小指が角にぶつかる』という呪術にも似た魔術だ。例え一日靴を履いていても激痛が走る。


 特別魔術を隠ぺいしてる訳でもない。学のある生徒なら普通に気づく。それすら気づかないとは……。帝国の未来が心配でならない。


 せいぜい一時の快楽に酔いしれるといいさ。


「一杯やってから来ようぜ――」


「俺は我慢が出来ないんだよ――」


 日が沈む前から盛った奴が多い。そう思いながら進んでいくと、女性冒険者の姿もチラホラ目に入る。彼女たちの目的の店はまだ開店前。正面玄関には屈強そうな男が二人ガードの役を務めている。


「……」


 正面玄関を横切り裏手へ。整理された裏路地を歩き、良く掃除が行き届いていると内心感心した。こういった表から見えない所はつい蔑ろにしてしまいそうになるが、ここを仕切るトップはちゃんとしてる。


「……俺だ」


 ドアをノック。


 内側から解錠されドアが開く。暗い暗い中を迷いなく進む。


 一足運ぶと徐々に明りが灯り始め、絨毯が敷いてある階段を上り、床の魔術陣の上で待機。光が俺を包みすぐに視界が変わって転移した。


「はあい! ワン! ツー! ワン! ツー!」


 最初に聞こえてきたのは裏返る男の声だった。


 野太い中にある可憐な乙女。それがこの場では相応しいだろう。


「あら、あなたが足を運ぶなんて珍しいじゃない。マルフォイ」


「もうすぐ開店時間だと言うのに精が出るな」


「開店前だからこそよ。仕上げの段階なの♡」


 掛け声と共に屈強な男たちがバニー姿で尻を振っている。尻を振る彼らの後姿は何ともこう、。あまり長く見ていると気分が悪くなってしまうな。


「毎月の売り上げは上々と来たものだ。まったく、この街には変わり者が多すぎる」


「そう仕立て上げたのはマルフォイ、あなたでしょ」


「……まぁそうなるが」


 ガブリエル・ホリ。俺の忠実なザクが経営する大人の憩いの場。つまりは風俗店だ。

 客が狩人で店員がウサギ。狩人はウサギ目当てで来店し、日ごろの疲れを癒す場所。


 全くもって俺には意味不明だが、俺の中で溶けていったもう一人の俺がここを強くプッシュ。ガブリエルとその一族であるホリ一族を囲ってこのBARを経営させたら、あっという間に大評判。今では他の大陸にも進出している。


 世の中何に需要があるのか分からないものだ。


「ん? 今日の化粧は少しだけ濃くないか? 青い口紅に影を感じる」


「あらまぁ気付いてくれた!! 乙女は何気ない日にもロマンを感じるの……。マルフォイ、あなたが訪ねてきた日なんかは特にね♡」


「そ、そうか。まぁお前が嬉しいなら特に言う事はない」


「もう! 恥ずかしがって可愛いい~!!」


 体をくねらせるガブリエル。男の色気を醸し出す。相変わらずだと俺はやれやれと首を振る。


 さて、本題に入るか。


「ガブリエル。あいつはどんな感じだ?」


「あら、やっぱりそっち目当てなのね。私寂しい~い♡ もっとボロ雑巾に使って欲しいのぉ~♡」


「ねだらんでも今度ボロ雑巾の様に使ってやるから顔を近づけるな!」


「あら~~♡」


 青い口をしぼめて俺の頬に急接近。おもわず苦虫を噛んだ顔でガブリエルの頬を押した。

 オーバーリアクションでくるりと回転すると、再び腰をくねらせるガブリエル。


 好かれているのはいい事だが、如何せん俺の尻を狙うのは非常にいただけない。そもそもの話、この店に入った時点で屈強なバニーたちの熱い視線を感じている……。


「ほら、案内しろ」


「あん♡ いけずなんだからぁ♡」


 ガブリエルの尻を叩いて急かせる。


 尻に着いた小ぶりの尻尾が揺れるのを尻目に、ガブリエルに先導させてスタッフルームへと入る。飾らない雰囲気だがそこも広々としており、ライトがついた化粧鏡やちょっとしたステージもある。


 そしてそのステージに、屈強な男に指導される新人たちの姿が。


「――ワン! ツー! ワン! ツー!」


 裏返った声でリズミカル。だが新人たちは不器用な腰振りを披露し、まだまだだと俺も思った。不服だがガブリエルと接して目が肥えてしまっている……


 スタッフルームの入り口で観察していると、そいつと目が合った。


「ッッ!?」


 揺れる瞳。震える唇。こわばった表情。


 体をビクつかせて明らかに動揺している。


「ほぉ~。イイ感じに仕上がってるじゃないかぁ」


「ッ!?!?」


 奴に聞こえるようにワザと大きな声でガブリエルに話した。


「でえ? ガブリエルぅ。期待の新人バニーのブライアンはどんな感じだぁあ?」


「んもう! マルフォイのお気に入りで嫉妬しちゃう♡」


 そう、俺とお父様。果てはイングラム家を没落に陥れようとしたゴーグ家の嫡男、ブライアン=ゴーグその人が必死に腰を振って媚びているではないか。


「筋はいいわよあの子」


「そうなのか? まだまだ不器用が抜けて無いが」


 悪の親玉であるイングラム家に祖父の代、あまつさえ孫の代まで逆らったからには、ゴーグ家の本家から分家、親戚一同を皆殺しにし、実質的にゴーグ家を滅ぼす事もできた。少なくとも昔のお父様ならそうしただろう。


「まぁね。もっとお尻に筋肉を付けさせないとだけど♡」


「そ、そうか」


 靴を舐められたお父様はブライアンの父、ブランドンを冗長酌量で許し、ゴーグ家の存亡が危ぶまれる事態をあえて回避。これでゴーグ家は本当にイングラム家に頭が上がらない事に。


 世間では悪名高いゴーグ家がイングラム家にへりくだったと印象付け、見事イングラム家に対する畏れを勝ち取った。


 ちなみにゴーグ家が買った奴隷は漏れなくイングラム家が採用した。無論、奴隷紋を解除して。


 しかし親は親が決め、子は子が決める。


 したがい、結果的にブライアンをここへと寄こさせた。


「オラァどこ見てんだ!! 集中しろ小ウサギが!!」


「っひぃ!? す、すみません!!」


 野太い怒号が部屋に響き、ブライアンは委縮して涙目になり素早く腰を振り始めた。


「あのプライドの塊だったブライアンがこうも変わるとはなぁ」


「ぶらいあんちゃんの身体能力も確認したし、いづれは使い物になりそうよ」


「なに? まさかホリ家に向かえるつもりか……?」


「さぁ? それは彼の頑張りしだいってとこね♡」


 身体能力が優秀なのは知っていたが、ガブリエルに認められるほどポテンシャルがあるとは……。ここにもゲーム知識外の要素があったとはな。嬉しい誤算だ。


「よし。ブライアンのバニー姿も見れた事だし、俺は帰る」


「あら早くなぁい? 紅茶でも飲んでいきなさいよぉ~♡」


「催淫効果を含ませた紅茶など誰が好むか!!」


「でもマルフォイには効かないのよね~。あれホリ家の秘伝の一つなんだけどぉ……。本当に人間?」


「さぁな。ミステリアスな男は好きだろ?」


「んもう最ッ高♡」


「フー↑ッハッハッハッハッハ!!」


 頬を染めたガブリエルに背を向け、俺はウサギ狩りを後にした。


 ちなみにだが、ゴーグ家の伝統芸をブライアンが披露したかどうかは、奴の今後を考えて内密にしておこう。


 しいて言うならば、俺は汚れるのは嫌いだ。


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