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第13話 ローズマリー

「――ッフ、ッフ、ッフ」


 乱れる呼吸。首から伝う汗が目に沁みるも瞼を閉じず赤いマットを見る。そのマットは俺を中心に滴る汗を吸い変色し、これ以上吸収出来ないと言わんばかりに水たまりを作っている。


「ッフ、ッフ、ッフ」


 呼吸も負荷もリズミカルに。


「97~、98~、99~」


 隣で声を弾ませて数を数えるカルヴィナ。


 そして。


「ひゃくううううう~!」


「ッフ!!」


 百の数で勢いを突かせ跳躍。空中で態勢を整えスタッと着地。


「ふぅ……」


 大きく息を吸い、吐く。深呼吸を繰り返して息を整える。


「3セットおつかれさま~~。はいタオル」


「いつも気が利くな、カルヴィナは」


「んふ~~もっと褒めて~」


 近寄るカルヴィナの頭を撫でる。


「よしよし」


「んふ~」


 汗だくの体。濡れた手をタオルで拭き、その出てカルヴィナを撫でる。


 自分の汗だと分かっているが、こうも足元が濡れていると何とも感じが悪いものだ。


 日課の鍛錬である身体強化を図るトレーニング。今し方、倒立腕立て伏せの限界3セットを終えた。


 開けたテラスから射す月夜の蠱惑な明り。その光を含ませた風が俺を包み、火照った身体を冷やしてくれる。汗ばんだ身体には少々寒気を感じるが、またそれがいい……。


 イングラム家が抱える学園の寮。無論イングラム家専用であり俺とカルヴィナの二人と使用人たちが住まう。その使用人たちも俺が今の俺になる切っ掛けの時の使用人だ。俺の性分を理解し行動する優秀なザク。


 もちろん月一の報酬は弾んでいるが、いい加減特別休暇を取って羽を伸ばして欲しいところだ。主人としては仕えてくれて嬉しい限りだが、管理している身には他の貴族に示しがつかんゆえ小さな悩みだ。


「さて、そろそろ湯船にでも浸かりに行くか」


「レッツゴー!」


 汗ばんだ上半身をタオルで拭き、カルヴィナに腕を絡まれながら自室を出る。


 絨毯を敷いた廊下を歩き、浴場へ。


 湯煙が漏れ立ち込める脱衣室には女人の召使が四人。俺とカルヴィナを見るやスッと頭を下げて俺たちの衣類を脱がしていく。


「……ふむ。今日の効能ハーブは少しばかり香りが強いな」


 毎日湯船に浸かるのを心がけている俺。少しだけぬるい湯船に浸かり、日々の苦労とストレスを軽減するのがルーティンだ。

 故に湯の効能を求めるにあたり、召使にハーブを頼んでいるが今日は少々鼻腔が広がる。


「はいマルフォイ様。今日は遠方からの商人が繫華街に見え、立ち寄ったところローズマリーが売られてましたので」


「久しく嗅いでなかったがローズマリーか……。実に良いチョイスだ」


「ありがたきお言葉」


 毎日毎日俺のためにせっせと働く優秀な召使ザクたち。彼女らは奴隷出身だが奴隷紋も無いのに献身的だ。


「ふむ……」


 体を清めた後、長風呂でも浸かろうと思っていると。


「あ! 今日は私がマルドゥクの体洗うから!!」


 裸になったカルヴィナが大きな胸を弾ませてそう宣言。やれやれと首を振る俺。召使たちは頭を下げてそそくさと脱衣所から出て行った。


 普段は召使いに体を清めさせるが、今日はカルヴィナが清めてくれるようだ。


 手拭いを持ち、局部を隠しながら風呂場に入る。


「わーいおっふろー!」


「こら走らない」


 風呂場に走って入るカルヴィナ。毎回危ないと叱咤しているが、どうも聞く耳を持たない。


 カルヴィナの手拭いも持ち入り、用意されている木製の腰掛に座る。


「はーいお湯かけますよーい」


「ああ」


 ――ジャアァァ。


 ちゃぷんと木製の桶で湯を掬い上げ、それを俺の肩から流すカルヴィナ。


「それー」


 再度肩から流される。ローズマリーの香りが漂ってくるからだろうか、俺好みの温度でちょうどいい湯と香りに日ごろのストレスが和らぐ気がする……。


「はーい頭にもかけまーす」


 ――ジャアァァ。


 頭から耳裏、頬を通って湯が流れるのを感じる。それが数回続くと、ぬるりと粘っこい粘液が頭にかけられた。


「ごしごし! ごしごし!」


 清潔な石鹸の香りを漂わせ、俺の髪を泡立てるカルヴィナ。


 西の海を渡った大陸にあるテルマエ帝国。そこの特産物であるシャンプー液をとあるコネで直輸入し好んで使用しているが、普通のシャンプーや石鹼とは違い実に柔らかく、そして上質な液だ。


 テルマエの特徴と言えばそれはロマエ――温泉が一大観光名だ。前に出向いたのは数年前だと思い出す。


(雑務に執行権限の業務……。忙しくてしばらく行ってないが、また時間を作って行くか……)


 と、内心海外旅行を思惑しているが、一つだけ思考を遮るものが。


 ――ムニムニ。


「よいしょ、よいしょ!」


 ――ムニムニ。


「……カルヴィナ」


「ん~? なあにぃ?」


 ――ムニムニ。


「背中に当たる乳房の範囲……。また育ったのか?」


 そう。頭を洗ってもらう弊害で目を瞑る故に、背中に当たる柔らかく張りのある乳房の感覚が鋭く感じる。

 成長と共に女性の体つきへと変貌を遂げるも、特に乳房に至っては著しいものがある。


「んーどうかなぁ……。わかんないや~」


「そうか……」


 緩んだ口で物を喋るいつものカルヴィナ。


 正直男として、何食わぬ顔で女性の面を押しつけてくるカルヴィナに対し、何も感じないとは言わない。それこそカルヴィナは俺の許嫁。エンドレスワールドの設定どおりでマルフォイの婚約者だ。


 設定だけで姿を現わさず、溶け込んだ俺も彼女の存在を実在する人物として認識し驚いたが、それはそれとして俺は受け止めた。


「痒いところない?」


「ああ……」


 幼少期からの付き合いだが、当時は俺の服の端を摘まんでついて来た。今でも俺の後を追うようについて来るのは変わらない。


 親が決めた婚約者ではあるが、存外悪くない。特に従順に見えて意見はハッキリしている所がいい。


 そして豊満な胸もいい。俺に溶け込んだ奴が大の巨乳好きで俺も感化された次第だ。


「ゴシゴシ」


 だが少々おつむが弱いのは明確な弱点なのは仕方ない。これに関しては発達障害ではなく持って生まれた性格だと思うが、気配りができる女であるから愛嬌も感じる。


「……」


「ん? どうした? ――おっと」


 洗う手を止めて数秒たち、どうしたんだと目を瞑りながら聞いた。そして直ぐに俺の局部に触れられた感覚を思える。


「むー!! チンチンおっきくして!!」


「おっきくしません」


「なんで!?」


「カルヴィナがその気になるからです」


「えーーつまんないのーー」


 ぶっきらぼうな顔で再び洗ってくれる。


 もう一つ弱点があるとすれば、人並み以上の性欲の持ち主だろうか……。


 風呂場、寝室、周りに誰も居ない二人きりの部屋等々、隙あらば俺の愚息を求めてくる……。


「はい流しまーす」


 女に求められるのは男として背筋が伸びる思いだが、許嫁とは言え控えて貰いたいところだ。


「マルドゥクも私を洗って!」


「はいはい。じゃあ背中向けて」


「違うここ!!」


「こら!! お股を見せびらかすんじゃありません!!」


「むーー!! ケチ!!」


「……はぁ。しょうがない」


 予定より風呂から出るのが遅くなりそうだ……。

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