18歳から8歳の自分に巻戻って、そこから約1年。
欠かさず続けた魔流トレーニングのお陰か、俺の魔力は信じられないくらい増えていた。魔力量だけなら転生前の状態すら超えているだろう。
「とはいえ、ちょっと実践的な練習もしたいんだよな」
俺が一週目で初めて魔物と戦闘をしたのは15歳。魔法学園に入学してからのことだ。
それまであと6年。流石に長すぎる。せっかく一週目で鍛えた勝負勘が鈍ってしまう。
何かいい方法はないものだろうか。
そう思って教室に入ると、何やら騒がしい。
どうやら眼鏡をかけた男子が他の男子たちに囲まれて、蹴るや殴るやの暴行を受けているようだ。
「クソ雑魚やろう!」
「男だったら反撃して来いよ!」
「や、やめてよぉ!」
やめてと叫んでいるのは……えっと誰だっけ。やべ、名前出てこねぇ。
三年生になってクラス替えしたばかりとはいえ、一週目と合わせて二回同じクラスになってるのにな。
「や、やめて……痛っ」
「あっ……」
思い出したかも。いや、正確にはあの虐められている子を思い出せない理由を思い出した。
確か、俺の学年には不登校の子がいたはずだ。それも一人や二人じゃない。
あのいじめっ子グループに目をつけられた子は、みんな不登校になって、六年生が終わるまで学校に来ることはなかった。
もしかしたら、その後も学校に行くことができず、悲惨な人生を送ったのだろうか?
まぁあのいじめっ子グループも全員不良になって、悲惨といえば悲惨な人生を歩んでいたようだが。
とはいえ、いじめなんて別に珍しいことでもない。
特に道徳観や人格が育つ前の子供の時なんかは、腕力が強くて、且つ他人に平気で暴力を震える馬鹿が正義だ。まさにパワーオブジャスティス。暴力で自分のわがままを通すなんてのが平気でまかり通る。
おそらく全ての小学校で、腕力が強く他人の痛みを想像できない……そんな馬鹿なガキがまともな子供たちを苦しめているのだろう。
ごくごく当たり前の光景。
だからこそ、俺は自分か双葉にその矛先が向けられない限りは何もアクションを起こさない。つもりだったのだが……。
『俺、いじめって嫌いなんだよな。ってか、まずいじめって言葉自体が嫌いかも』
『なんでだよ』
『いじめってワードだとさ。なんか被害者が弱いみたいに聞こえるし、弱いから被害に遭っているみたいじゃん。でも違うだろ? 本質は暴行事件だ』
『まぁ……そうなるかも』
正義感の強かった親友の言葉が脳内に蘇る。
もし零丸なら……。ここで見て見ぬ振りはしないはずだ。
「はぁ……」
とはいえ、いじめっ子を成敗するなんて俺らしくない。なら、違うアプローチを試してみよう。
「おいお前ら。それくらいにしておけよ」
「ああ!?」
俺の言葉に、いじめっ子たち全員が反応する。そして、眼鏡の少年を指差しながら笑った。
「コイツはデスマッチに負けたんだ!」
「デスマッチ?」
「命がけの真剣勝負さ! 俺たちが勝ったら、この眼鏡は俺たちに絶対服従!」
「その契約を果たしているまでよ!」
「ほう……」
そりゃ受けた方も悪いな……と言いたいところだが、眼鏡くんは見たところ相当気が弱そうだ。大方、こいつらが無理やり勝負に参加させたんだろう。
「じゃ、俺にもそのデスマッチとやらに参加させろ。俺が勝ったらコイツの負けはチャラにしてくれ」
「いいぜぇ」
「その代わり俺たちが勝ったら」
「お前も俺たちに絶対服従だ」
「オッケーわかった」
まぁ絶対言うことなんて聞かんけど。
「じゃあ、表に出ようや」
そして案内されたのは校庭だった。
いじめっ子たちのルール説明を聞く限り、デスマッチとはドッヂボールのようだ。
所詮小学生か。
「なんだ只のドッヂボールかよ」
「ククク。随分余裕じゃないか」
「人数は5対1だぜ?」
「お前に勝てるかな?」
「堂々と卑怯なことしてる割にイキるじゃん……」
校庭の砂利の上にはご丁寧に白線が引かれているが、明らかに俺の陣地が狭く、相手の陣地が広い。
こりゃ普通の小学生じゃ勝ち目はないな。
「じゃあデスマッチスタートだ。当たったヤツはコート外へ。コート内の人間がゼロになった方の負けだ」
「オッケー」
「じゃあ行くぜぇ」
いじめっ子たちは当たり前のように先攻を持っていった。向こう側からのスタートだ。
「うぉらぁ死ねえええええええ!」
寄声と共にボールが放たれるが、体格がいいとはいえ所詮小学三年生。大したボールではない。余裕でキャッチだ。
「くっ……」
「やるじゃないか」
「今度はこっちの番だ……ぜっ」
日々続けた魔流のお陰で、俺の肉体は普通の小学三年生の力を大きく越えている。普通に投げたら大けがをさせてしまうため、スピード重視の軽めの球を投げる。
ギリギリ目視できるかどうかのスピードに達したボールは、いじめっ子グループのリーダー格、郷田の顔面にぶつかった。
「痛ぇ!?」
「はは。まずは一人だな!」
顔面にぶつかったボールは上空で綺麗に弧を描くと、俺の手元に戻ってくる。
それをキャッチし、次は誰を狙おうかと思っていたところ、郷田が不敵に笑った。
「馬鹿め! 顔面セーフのルールだぜ?」
「顔面セーフ?」
「そんなことも知らないのか」
なんでも、顔面に当たった場合はヒット判定にはならず、コート外に出なくていいらしい。
「いいのか?」
そのルールを聞いた俺は一応相手に確認しておくことにする。
「あ?」
「顔面セーフルールを適用していいのかと聞いているんだ」
「当たり前だ! 俺が生き残れるんだからなぁ!」
「わかった。じゃあ続き……行くぞ」
俺は特別なスピンを掛けて、ボールを投げる。
「ぐぎゃ!? また!?」
そのボールは郷田の顔面に直撃し、バウンドし再び俺の手元に戻ってくる。
「顔面セーフ」
俺はそう呟いた。
「ちょ……おま……まさか」
「そらっ」
三投目。尻餅ついて動けない郷田の顔面に直撃。バウンドし再び俺の手元に戻ってくる。
「顔面セーフ。面白いルールだな。顔面に直撃させられれば、何度でも相手を痛めつけることができる」
「ち、ちぎゃう……そういうのじゃない」
顔を腫らした郷田が何か言っている気がするが聞こえない。
顔面を狙う投げの精度。そしてターゲットに当てたボールが手元に戻ってくるスピンの高度な調整が要求される。
「お前は顔面セーフを勘違いしている!」
「じゃあ次はお前を狙うか」
「ひぃ!?」
こうして、一方的なヘッドショットドッヂボールは一時間ほど続き、最後はいじめっ子たち全員が負けを認めてくれた。
「俺たちが悪かったよ」
「もう誰かを虐めたりはしない」
「一方的にやられる側の気持ちが理解できたんだ!」
「これからは他人に優しくしながら生きていくことにするよ!」
「大切なことに気付かせてくれてありがとうな!」
「いや。お前たちは別にいじめを止める必要はない」
「「「は?」」」
いじめっ子たちは全員がぽかんとした。
「その代わり、いじめのターゲットを俺にしろ。これから卒業するまで、俺を泣かせるつもりで本気で来い」
俺は零丸じゃないから。
いじめられっ子を助けた上で、さらにいじめっ子の更正なんて考えない。むしろ、他人の痛みや悲しみを想像せずに手を上げられるコイツらの性質は貴重だ。
その幼稚さ故の残虐性は俺のトレーニングのために利用させてもらう。
「結城……お前何を言って」
「コイツ……イカれてやがる!?」
「もちろん、相応の反撃はするからそのつもりでな。無抵抗の相手をいたぶるより楽しそうだろ?」
「や、やだ……助けて」
「ゆ、許して……」
「付き合ってられないぜ」
「デスマッチの敗者は勝者に絶対服従……なんだろ?」
「「「ひぃ!?」」」
さて。いいトレーニング相手が見つかった。小学校生活も楽しくなってきたな。