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第6話 異変

 巻戻りから二年近くが経った。

 四年生になり、俺は10歳になった。


 凍えるような寒さの校庭に、春のそよ風のような少女、阿空双葉が姿を現した。


「もう~こんな所に居た~。一果~何やってるの?」

「おう双葉。図書委員の仕事は終わったのか?」

「うん。だから帰ろうよ……って、何やってるの?」

「これか? これはな。ジャングルジムドッヂボールだ」


 ルールは簡単。俺はジャングルジムのてっぺんに上り、他のプレイヤーは下から俺目掛けてボールを投げる。

 ボールを当ててジャングルジムから俺を突き落とせば相手の勝利。


 かつて郷田たちいじめっこが生業としていたデスマッチを俺のトレーニング用に改良した


「うん。だから何をやっているの?」

「あれ、理解してもらえない!?」


 なんなら双葉にも参加して欲しいと思っていたのだが。無論、投げる側として。


「危ないから降りてきなさい!」

「はーい」


 双葉の言葉に俺はジャングルジムから降りる。すると、俺を取り囲んでいた郷田たちが一斉に「た、助かったぁ……」と言いながらへたった。


「なんだお前ら情けないな」


「だ、だってぇ……」

「も、もう二時間……ボール投げっぱなし」

「腕が上がらねぇ」


 あれから一年近くたち、いじめっ子たちもかなり体格がよくなったのだが、それでもこの情けなさだ。これでは俺に勝つのはまだまだ先になりそうだな。


「ほら、帰るよー」

「うん。じゃあなお前ら。また明日も同じ時間に集合」

「「「いやだあああああああ」」」


 いじめっ子たちは逃げるように走り去った。

 俺と双葉はゆっくりと校門を潜った。


「あれ? お二人さんこれからデート?」

「あ、知子ちゃん!」


 その時、一人の女子生徒とすれ違った。


「帰るだけだよ~。知子ちゃんは?」

「私は宿題のノート忘れちゃって。取りに来たところ!」

「そっかー。じゃあまた明日ね」

「うん!」


 そう言って、知子と呼ばれた子は校舎の中へと走っていった。


「今のは?」

「同じクラスの橋田知子ちゃん。……って、一果は1・2年のとき同じクラスだったよね!?」

「あまりクラスメイトのことに興味なくてな」


 正直、さっき付き合ってくれてた男子たちの顔と名前もあやふやだ。辛うじて一番デカい郷田だけだろうか、顔と名前が一致するのは。


 一年前はいじめられていたメガネくんも今ではすっかり郷田たちと仲良くなり、一緒になって俺を倒そうと躍起になっている。

 共通の敵を目の前に共闘……的な熱い展開が起こっている。無論、この場合の敵とは俺のことだ。


「も~! 敵って何よ! みんなと仲良くしなくちゃだめなんだから!」

「仲良くしたってしょうがないだろう。俺たちまだ子供だけどさ。これから魔法使いとして生きていくんだから」

「……?」


 俺の言葉に双葉はきょとんとした。

 まぁ無理もないか。優しくて明るくて可愛い双葉はクラスでも人気者だし、双葉も友達のことが大好きだからな。

 だが俺たち魔法使いの子供にとって、小・中学校での人間関係なんてまったく意味がない。


 それは後々思い知ることになるのだろうが……今はいいだろう。


「じゃあ帰るか……ん?」

「ね、ねぇ一果……これって」

「ああ。魔物だな」


 家に帰ろうとした瞬間、ぞわりと背中を舐められたような嫌な感覚がした。

 この感じ、久しぶりだ。

 おそらく近くに魔物が出現したのだろう。魔物は人間とは違う、異質な魔力を放っている。


 それは魔力を持つ者なら子供でも簡単に感じ取れるほどに強烈だ。


 魔物。


 この世界とは違う異世界からなんの前触れもなくやってきては、この世界の生物に害を与える。

 目的も行動原理も不明。姿形、能力も様々。


 ただ一つわかっていることは、魔物は魔力を伴った攻撃でしか倒せないということ。


「ど、どうしよう一果」

「ちょっと待ってろ」


 魔物の気配を探る。幸いなことに、魔物は校舎の上の階にいるようだ。


「校舎の上の階にいるな……職員室からは離れてるから、今のところ被害はなさそうか」

「一果……魔物の位置がわかるの?」

「前にお風呂場で見せただろ? ……あ」

「むぅうう!」


 双葉が顔を真っ赤にして頬を膨らませる。

 あれから二年。双葉も徐々に女の子としての情緒が成長してきたのか「いい一果。私たちが一緒にお風呂に入っていたことは絶対、ぜ~ったい内緒だからね!」と言うようになった。


 恥ずかしがっているところも可愛い。


「前に見せた魔視ビジョンだよ。あれで魔物の位置は掴める」


 一日たりとも魔流によるトレーニングを欠かさなかった結果、今では町一つくらいの範囲なら余裕で状況を把握できる。


「まぁ流石にどんな魔物かまではわからないけどな。双葉。あれ持ってるか?」

「うん! ちゃんと持ってるよ!」


 俺と双葉は同時にランドセルから携帯電話を取り出した。玩具のようだが、昔使われていた所謂ガラケーというやつだ。

 回線サービスが終了しているのでもう電話として使うことはできないが、特殊な改造がしてあり、ボタン一つで魔法協会の緊急案内に繋がる。


 小学生以下の魔法使いの子供は、基本的に普通の小学生として育てられる。だが、一つだけ仕事がある。


 それは、日常の中で魔物の気配を察知したら、この携帯電話を使って知らせること。


 そうすることで、魔法協会から近くにいる魔法使いに命令が下り、魔物退治の作戦が開始される。


 俺たちは緊急連絡を済ませると、携帯電話をランドセルの中に仕舞った。


「これでよし。じゃあ帰るか」


 緊急連絡後は危険なのですぐに現場から逃げるのも小さな魔法使いの重要な任務だ。

 とまぁそれを抜きにしても、双葉を危険な目には遭わせたくないのが本音だ。


「だ、駄目だよ! 知子ちゃんが!」

「あっ……」


 忘れていた。そういえば、魔物の気配がするのは教室がある方向。もしかすると鉢合わせしている可能性がある。


「助けに行こう一果!」

「駄目だ。俺たちじゃ助けられない。魔物の強さが未知数だからな。大人が到着するのを待とう」

「でも……」


 泣きそうになる双葉を見て、なんて正義感が強い子なんだろうと思う。


 双葉だけじゃない。俺が出会ってきた魔法使いたちはみんなそうだった。


 自分の命よりも他人の命を優先してしまう。そんな奴らばっかりだった。


 だが俺は違う。俺は見ず知らずの他人より、仲間の方が大切だった。だから、一般人のために大切な仲間たちの命が散っていくことに耐えられなかった。


 数千、数万人の知らない人間の命より、双葉一人の方が重い。


 一週目。そんな俺の考えを零丸に語ったことがある。そしたらアイツは。


『俺たちが助けているのは、きっと誰かにとってのかけがえのない、大切な人だよ』と。曇りなき眼でそう言ったのだ。


 まったく馬鹿なやつだと今でも思う。でも。俺もそんな風に生きられたら……また正々堂々、みんなと肩を並べられるだろうか。


「わかった、橋本俊子を助けに行こう」

「うん。あと……橋本俊子じゃなくて橋田知子ちゃんね?」

「おう!」


 俺と双葉は校舎の中へと向かった。




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