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第7話 魔物

 一週目で俺の通っている小学校に魔物が出現したことは一度もない。つまり、二週目における魔物の出現場所に関して、一週目の知識はまるで役に立たないということだ。


 魔物が現れる条件については現在も研究が進められているが、やはり何らかの法則があるわけではなく、本当に突然、なんの前触れもなくやってくるのだろう。


 双葉と二人、嫌な魔力に満ちた校内を走る。


「ねぇ一果。あれ!」

「あいつらまだいたのか」


 双葉が指さす方には、先ほどまでジャングルジムドッヂボールをしていたいじめっ子たちがいた。


 全員が怯えたような表情をしている。

 いじめっ子たちは俺たちに気づくと初めは驚いたようだったが、すぐに近づいてきて、起こったことを話してくれた。


「怪獣だよ怪獣! 七不思議は本当だったんだ」

「いやあれは怪異だろ!」

「だな。キノコの化け物だ」


 興奮しているためか、要領を得ない。

 双葉が根気強く聞き取りしてくれたおかげでようやく「こいつらは魔物とすれ違った」「その魔物が女子生徒を抱えていた」「それが橋田知子である」ということがわかった。


「よくやった。じゃあ後は俺たちに任せてお前らは帰れ」

「うん。ここは何が起こるかわからないから、できるだけ早くね」


 俺と双葉の言葉に、いじめっ子たちは首を振った。


「いやいや。お前らが行くのに俺たちだけ帰れるかよ」

「一緒に知子ちゃんを助けようぜ」


 は? なんだこいつら?


 双葉の言うことが聞けないのか?


「う~ん。どうしようか一果」

「どうするも何も、足手まといだろ……」


 ついてきたとして何かの役に立つとも思えないし、ピンチになったこいつらを双葉が守って……なんてことになったら俺はもう立ち直れない。


「やっぱりお前たちはいらない。絶対についてくるなよ」

「お願いだから言うこと聞いてね」


 俺と双葉はいじめっ子たちにそう忠告すると、魔物が逃げたという教室へと向かった。


「魔物の気配は……くそ、四階の奥。双葉のクラスだ」

「知子ちゃん無事かなぁ」


 最悪の展開を考えないようにしつつ、俺は開け放たれた扉から様子を窺う。机やイスは魔物にやられたのだろうか。全てひしゃげながら教室の後ろに積み上がっている。そして、その下敷きになるように、先ほど校門ですれ違った少女が横たわっていた。


 奇跡的に机の隙間に収まったようで、大けがなどはしていない。怯えながら、物音を立てないように必死に口を押さえている。

 しかし魔物は一体何のために橋田知子を攫ったのだろう。


「ぽぽぽ……ぽっ……ぽぽ」

「~~~~~」


 教室の中央から不気味な音が聞こえる。初めて聞く得体の知れない化け物の声に橋田知子の顔が青ざめる。

 気の毒にと思っていると、橋田知子と目が合った。

 助けが来た安堵と、その助けが小学生だったことの絶望感。それらが入り交じったなんとも言えない瞳。俺は「しー」とジェスチャーをすると、教室の中央にてゆらゆらと揺れている魔物を見た。


「ぽぽぽ……ぽぽ……ぽ」


 白く細長い胴体。上部にはキノコのような傘。そして、傘からは黒い毛が人間の髪のように無数に生えている。

 体長はおおよそ2.4メートル。遠目に見れば白いワンピースを着た女のように見えるその魔物とは一週目で何度か交戦経験がある。


 識別番号JP-D008。


 都市伝説界隈で語られる八尺様のモデルとなった魔物である。


「考えうる限り最悪の相手だな」


 D008は黒く長い髪の毛を触手のように操る、攻撃範囲の広い魔物だ。

 9歳の肉体で武器もないとなれば、相手は難しいだろう。


 橋田知子は無事だった訳だし、魔物側も橋田知子を攻撃する意志はないようだ。この膠着状態を利用しつつ、大人の魔法使いの到着を待つのが得策だろうか?


 それがいい……いやそれしかない。


 確かに今の俺は魔力量だけなら18歳の時を超えている。魔法を使えばあの魔物といい勝負ができるだろう。

 だが魔法を使うことができない理由がある。


 魔法を使うと、その場所にが残る。あの魔物を倒した後、魔法協会が調査に入ったとして、俺が魔法を使ったことが確実にバレる。


 まだ教わっていない魔法を何故使えるのか? そう問い詰められたときのベストな答えを俺は持ち合わせていないのだ。


 だからここは静観がベスト。

 大人の魔法使いが助けに来てくれるのを待つしかないのだ。


 いや。本当にそうか?


「ぽぽぽ……ぽぽ……」


 魔物が髪の毛で床を叩く。その度に、橋田知子の目から涙が溢れている。恐怖に怯えているのだ。

それを楽しむように魔物は「ぽぽぽ」と鳴いている。


 あの少女は今日、ここで見たものを全て忘れるだろう。だが、それはあくまで魔物に関する情報だけ。ここで味わった恐怖までは消えはしない。


 もし零丸が同じ立場だったら……迷わず敵を倒しに掛かるだろう。

 だから俺も、そうすることにした。


「双葉。俺があの魔物の注意を引く。その隙に橋田知子を引っ張り出してやってくれ」

「わかった……でも一果」

「なっ……双葉!?」


 双葉はぐいっと俺の頭部を引き寄せると、額にキスをした。

 一瞬過ぎて彼女の唇の感覚なんてわからなかったけど……全身が熱くなる。


「死なないでね」

「ああ。必ず双葉を守る」

「もう! 私じゃなくて自分を大事にするの!」


「ぽぽぽぽポゥ!」


 魔物が俺たちの存在に気づいた。


 勝てないかもしれない――なんて考えない。


 魔法を使わずに勝利し、双葉と双葉の友人を助ける。


 それが俺の最重要任務ミッションだ。


 俺はランドセルから図画工作で使った彫刻刀を取り出すと、右手に構える。こんなものでもないよりマシだ。


「ぽぽぽ……ぽぽ?」

「よう化け物。遊ぼうぜ」


 魔流フローで体に魔力を纏わせつつ、俺は魔物と対峙する。魔力で体を覆うことで、魔物からの攻撃に対する耐性を上げることができるのだ。


「ぽぽっ……ぽぽ」


 俺からの敵意を感じ取ったのか、魔物の体が「くの字」に折れ曲がる。そして俺が駆けた瞬間、それを迎撃するように髪の毛触手が襲い来る。


「……!」


 魔流フローによる空間認識力の上昇。それにより、こちらを包囲するように迫り来る四つの触手の軌道を読み切る。

 四つの触手が交差する瞬間。そのタイミングより早く前に出て、攻撃を躱す。


「ぽぽぽ……」

「はっ……!」


 郷田たちとのドッヂボールも無駄じゃなかったな。回避能力なら18歳の時並だ!


「ほらどうした化け物! 胴体ががら空きだ! はああああ!」


 俺は握りしめた彫刻刀に魔力を込める。手に持った武器は体の一部として、魔力を纏わせることができる。そうすることで、魔物の前では無力だった現代兵器も魔物を殺す武器となる。


 ――だが。


「何!?」


 彫刻刀はまるで石でも突いたかのように弾かれた。なんという堅さ。いや、単純にこれは俺の腕力が足りていないのか!?

 この10歳の体が恨めしい。18歳の俺なら今ので倒せていたはずなのに。


「ぽぽぽ!」

「うぐっ――!?」

「一果!? いやあああ」


 余った触手からの反撃を受け、俺は黒板に叩きつけられた。黒板が割れるほどの衝撃。隙間から見ていたのであろう橋田知子の悲鳴があがる。

 魔流による身体能力の強化がなければ、腰から背中の骨が粉々になっていただろう。


 とはいえダメージがない訳じゃない。二週目では初めての激痛が全身に走る。


「くっ……」

「ぽぽぽ……ぽぽ」


 魔物は勝利を確信したか、煽るようにゆらゆらと踊る。


「舐めやがって……化け物め」

「一果、お願い逃げて……いやああ」


 ぐちゃぐちゃになった教室に、双葉の悲痛な叫びが響くのだった。








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