壁に叩きつけられた衝撃で全身が痛む。
だが、起き上がれないほどじゃない。
「ぐっ……」
「ぽぽぽ……ぽっ」
敵が触手を振りまわし、攻撃の準備に入る。振り回された触手がブンブンと鳴り、こちらを威圧する。
「一果! 逃げてぇ」
双葉の叫びが聞こえる。
だが俺は回避できる状況にない。
「くっ……ここまでか……」
「てりゃあああああ!」
「ぽぽっ!?」
その時。
魔物に向かっていくつかのボールが投げられた。ボールはぼすっと音を立てて魔物の身体に命中すると、そのまま地面に転がる。
いじめっ子の郷田たちだ。
双葉の言いつけを無視して、ここまでやってきたのだ。
「し、死ねぇ化け物!」
「お、俺たちも相手だ!」
「覚悟しろー!」
郷田たちは震える声で化け物に啖呵を切った。
「ぽぽぽぽ……!」
魔物がそんな郷田たちをあざ笑う。
確かに無謀だろう。これはヒーローごっこじゃない。命を懸けた戦いだ。
だが……その勇気が俺を熱くさせる。
「ぽぽぽ!」
「ひぇ、やっぱ怖い!」
「よくやったお前ら。上出来だ。あとは俺に任せろ」
俺は立ち上がる。
不思議だった。ダメージは酷い。骨の何本かは折れているだろう。
だがアイツらの勇気ある行動を見て……心の奥底から魔力とは違う、何か不思議な力が湧いて出てくる。
「ぽぽ!」
未だ煽るように揺れる魔物を視界にとらえつつ、俺は
俺の魔法は一週目の人生で、魔人化したときに手に入れた闇魔法。
この闇魔法を使えば、この後駆けつけてくるだろう魔法協会への言い訳が面倒……というか大変になる。
だがそんなことはどうでもいい。
あのクソ野郎だったいじめっ子たちが男気を見せたんだ。
ここで俺が出し惜しみするのは……嘘だろ。
「はぁあああ!」
魔法の発動には一定のプロセスを要する。
まず体内の魔力を使って魔力細胞を活性化。一気に大量の魔力を生み出す。
そして溢れんばかりの魔力を魔法へと変換して彫刻刀に注ぐだけ。
「ぽぽぽ~ぽ……ぽ!?」
余裕からか煽りダンスをしていた魔物だが、俺の爆発的な魔力の上昇に危機感を抱いたようだ。ゆらゆらとむかつく動きをさせていた触手を一端縮め、こちらに攻撃を伸ばす。
「遅ぇよ――
「ぽっ……ご」
だがその頃にはもう、俺は敵の懐に入り込んでいた。瞬間的な速度は魔力により爆発的に上がっている。
刃物に貫通能力を付加する闇の攻撃魔法。そのまま
その力を受けた彫刻刀は、まるで豆腐でも突いたかのようにするりと敵の体内に入り込む。
「ぽごおおおおおお」
「これか……これだなぁ!」
そのまま上部まで引き裂くと、敵の体内でコツンと何かにぶつかった。魔物が必ず体内に持っている核コアだ。これを砕けば、魔物はこの世界で肉体を維持できなくなる。
「はああああああああああ!」
「ぽぽぽおおおおお」
左手も押し込み、彫刻刀の刃を魔物のコアに打ち込んだ。ガリッという嫌な音と共に、敵のコアにダメージが入る。
「ぽごごご」
敵の必死の抵抗。髪の毛に似たキショイ触手がぺちぺちと俺に触れる。
残念ながらそれではダメージにならない。
俺は構わず握った彫刻刀に力を込める。
そして――コアが砕け散る。
「ぽ……ぽぽ……ぽぽぽ」
コアが砕け散った魔物は最後まで気持ち悪い断末魔をあげながら、しゅるしゅると煙を立てて消え去った。
「す、凄い……一果が勝った!」
「はぁはぁ……」
ケガなのに無理に動いた反動か、全身にもの凄い痛みが走る。だが、不思議と悪い気分ではなかった。それは二週目での初勝利のお陰か。それとも。
「結城くん……君は」
「お前……一体なんなんだよ」
心配半分、怖さ半分で寄ってきたのだろう。
いじめっ子の郷田たちが倒れた俺を見下ろしていた。
限界だった俺は答えない。
その後、何も言わない郷田たちを押しのけて、橋田知子が近づいてきた。
「結城くん……すごかった。すごかったね」
「お前もよく、頑張ったな。偉いぞ」
「結城くん。助けてくれて、どうもありがとう」
「別にいいって」
その会話をきっかけに、いじめっ子の郷田たちは堰を切るようにしゃべり始めた。
「うおおおなんだよあれ!」
「ってかあれ何!? 怪異!?」
「SCPだよ。本当にいたんだ!」
う、うるせぇ。
「お前マジですごい奴だったんだな!」
「最後のあれ、どうやるんだ?」
「今度教えてくれよ」
「ふん……気が向いたらな」
自分と関係のない人間を助けるなんて意味がない。きっとその考えは、この先も俺の中で変わることはないだろう。
でも。
たまには意味のないことをするのも悪くないと、少しだけ思った。
『ほらな。誰かを助けるのも悪くないだろ?』
親友のしてやったりな声が聞こえた気がして、俺は照れ隠しに「うっせぇ」と呟くのだった。