「あ、これヤバいな」
突如小学校に出現した魔物を撃破した俺たち。
だが俺はその戦闘で大きなダメージを負ってしまった。
こんな傷、18歳の俺ならばなんてことはないのだが今の俺は10歳。
いくら鍛えているとはいっても少しの傷が致命傷になる年頃だ。
さらには魔法の使用。体に大きく負担がかかれば、動けなくなるのも当然といったところだ。
「痛っ……くそ。こんなんで」
「一果!? 一果!」
双葉の悲痛な叫び。
駆け寄ってきた郷田たちも驚きのあまり声を漏らす。
「ひ、ひでぇ傷だ」
「は、早く救急車を」
「わ、わかった」
意識が遠くなる。
下手をすれば……このまま死ぬ?
「ダメだよ一果。死んじゃいやだよ……」
「双葉……」
あ、ダメかもしれない。
痛いと熱いが混ざったようだった背中から、徐々に全身が冷たくなっていくのを感じる。
以前一度味わった死の気配がすぐそこまで迫っていた。
「ふ、双葉……す……ごほ」
最期に双葉に思いを伝えようとして失敗した。
少し残念だが、双葉に看取られて死ぬってのも案外悪くない。
そう思った時だった。
「一果は……絶対に死なせない――」
俺の胸に当てられた双葉の手から強い力を感じた。
掌を通じて、双葉から俺に魔力が流れてくる。全身の細胞が活性化し、傷が修復されていく。
「はぁはぁ……今のは、私の魔法?」
「そうだよ双葉! 双葉は回復魔法に目覚めたんだ! その証拠に……ほら!」
俺は双葉を安心させようと、努めて元気よく立ち上がった。
「この通り。回復したぜ」
「よ、よかった~一果~」
泣きながら双葉に抱き着かれる。
その様子を郷田たちがニマニマと笑ってみている。
しっしっ。
見世物じゃねーぞ。
「それにしても……とんでもないことになっちゃったね」
橋田知子は教室を見渡して言った。
机も何もかもがぐちゃぐちゃで、明日から授業どころではないだろう。
「あ、あの……!」
「うん? どうした橋田?」
「えっと。助けてくれて、ありがとう!」
「いいよ別に」
最初は見捨てようとした手前、恥ずかしくて橋田の顔を見られなかった。
だが橋田はそんなことは構わないとでも言いたげに続ける。
「あの……結城くんはチョコレートは好き?」
「はぁ? なんだよ突然。どうしてそんなこと答えなきゃいけないんだよ」
「いいから一果。答えてあげて」
双葉に横からどつかれたので、仕方なく答えることにする。
「まぁ好き」
「そ、そうなんだ! じゃあ再来週は楽しみにしておいてね!」
「……?」
「ふふふ。再来週は女の子の祭典、バレンタインデーなのです」
困惑する俺に双葉がささやく。
「それが何?」
「もう! 一果のバカ! 鈍いんだから!」
「!?!?」
ますます訳がわからず、俺が困惑していると」
「な、なぁ。あの怪物は……それにお前たちは何ものなんだよ?」
「正義の味方なの!?」
さらに混乱している様子の郷田たちが話しかけてきた。
俺と双葉は顔を見合わせる。
「どしようか?」と双葉が迷っているのがわかる。
とはいえ説明したところで、コイツらは今日の出来事を忘れるだろう。
魔力を持たない人間は、魔物に関する事件に巻き込まれたとしても、数日でその記憶を失う。
いや、失うというよりも「何かそれっぽい」記憶に置き換わると言ったほうが正しいか。
とにかく、誤魔化さないと。
そう思って口を開いた時だった。
「うっ!? あああ!?」
俺の身体に鎖が巻き付き、身動きが取れなくなる。
「一果!?」
「動くな双葉……」
気づけば俺たちはスーツ姿の男女数人に囲まれていた。
「な、なんだよこいつら!?」
「お巡りさん!?」
「結城くんを放せ!」
だがスーツ姿の男女は郷田たちの訴えを無視し、計測器で教室の状態を調べている。
「闇の魔力反応確認。魔物のもの以外に……驚いた。この少年のものです」
「ということはこの少年は闇の魔法が使えるのか……君、名前は?」
「結城……一果」
「ほう。結城さんのお子さんですか」
「とはいえ、小学生が闇魔法を使えるのは問題だぞ?」
「うむ……」
スーツ姿の男女のリーダー格と思われる男はしばらく考えた後、俺たちにこう告げた。
「我々では判断がつかない。すまないが一果君。君には魔法協会本部まで来てもらう」
「魔法協会本部って、パパたちの仕事場だよね?」
「ああ……」
俺と相性最悪の父。結城召一のいる魔法協会本部。いまから俺は、そこに連行されるらしい。