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第11話 来訪者

 昨夜、久々に親父の運転する車で家に戻った。


「私が見極める」


 それが何を意味するのかはわからなかったが、帰宅後は別々に夕食を食べ、別々に風呂に入り、別々に寝た。

 次の日、起床するともう親父は出勤した後だった。


「早いな……」


 俺も寝坊した訳ではないのだが。


 TVを付けると、昨日学校であったことが報道されている。


 昨日の魔物の被害は魔法協会による隠蔽により「学校に侵入した不審者が爆発物を使用した」という事件になっていた。

 また学校だが、マスメディア対策、また生徒のメンタルケアの観点から一週間ほど休校となった。


 というかあの教室では、まともに授業はできないだろう。当然といえば当然だった。


 そして数日。


「むぅ……むむむ~!」


 俺の目の前には難しい顔をしている双葉がいる。


 先日の事件を受けて、何か思うところがあったのだろう。「魔流について教えて!」と朝早く家にやってきたのだ。

 魔法自体には覚醒した双葉だったが、基礎たる魔流が全然なためその精度にはムラがある。


 一応彼女のお母さんに確認したところ、あっさりと許可を貰えた。本当はちゃんとした指導者に教わった方がいいのだが「そう簡単に身につく技術じゃないわよ」と言っていた。

 この頃の双葉のお母さんは、将来双葉が前線で戦うようになるなんて思っていなかったのだろうな。


 だが天才、秀才、凡才で言ったら双葉は間違いなく天才タイプで、魔法学園入学後はさらにその能力に磨きをかけた。

 逆に凡才だった俺は彼女の隣に立てるよう、そこから必死に努力を始めたんだった。全てが懐かしい。


 結局、双葉が選んだ男は同じく天才の零丸だったわけだが。


 魔法学園入学後は三人で一緒にいることが多かった俺たちだが、天才の零丸と双葉の会話に、なんとなく入れず疎外感を感じることが多かった。


 そんな俺がまだ幼いとはいえ双葉に魔法を教えることになるなんて、不思議なこともあるもんだ。


「あ、凄い! どう一果? 魔流、できてる?」

「うん。完璧だ双葉。凄いぞ!」

「えへへ。一果の教え方が上手いんだよ~!」


 そんなことはない。一週目の時も、先生に教わったら一発でできるようになった。俺は、完璧にできるようになるのに時間がかかったというのに。


 思えば俺の一週目の人生は、残酷なほどの才能の差を見せつけられ、嫉妬しつつもがむしゃらに努力し続けた、惨めなものだったな。


「あとは毎日この魔流を続けていけば、魔力細胞が活性化してどんどん増えていく。そうすれば沢山魔力を使うことができるようになるぞ」


「うん! 頑張る!」


 天才に嫉妬していても仕方ない。双葉が強くなることは何も悪いことじゃないのだ。

 それだけ、双葉がこの先の戦いで生存する確率が上がると言うことだ。


 俺も双葉に追い抜かれないようにもっと頑張らないとな。

 そう思っていると、インターホンが鳴った。


 お母さんが応対してくれると思っていたのだが、その様子がない。


「そういえばさっき、私のお母さんと買い物に出ちゃったよ」


 そうだった。母親二人で出かけていたのだ。


「じゃあ無視だな」

「だね」


 知り合いなら母にアポイントしてくるだろうし、運送業者なら不在票を入れていくだろう。

 何せよ、子供だけで対応するのはよくない。


『ピンポーン』


 だが、チャイムは鳴り続けた。


「しつけーな」

「ねぇ。何か大事な用なんじゃない?」

「う~ん」


 実は来客予定があったのに、お母さんが忘れて出かけてしまったとか?


「とりあえず様子を見てみよう」


 室内のインターホンを見てみると、画面にはスーツ姿の男が立っていた。

 七三分けの髪型から一見営業サラリーマンに見えるが、体が異様に厚い。おそらく相当鍛えていることが窺えた。


「なんだコイツ。戦える体してやがる」

「ちょっと怖いね……」


 見たところ三十代後半……父さんたちよりちょっと上ってとこか。


「はい。どちらさまですか?」


 俺は思いきって、通話ボタンを押した。


『この声は……結城一果くんかな?』


 優しくも力強い、そんな声が聞こえた。


「貴方は?」


 俺は否定も肯定もせずに尋ねた。横で双葉が息を呑んで、俺の服の裾を掴んだ。


『失礼。私の名は九条円。S級魔法使いです』

「S……級……」

『とりあえず、扉を開けてもらってもいいかな?』


***


 俺は扉を開くと、九条円と名乗った男をリビングに通した。


「粗茶ですが」

「どうも」


 双葉がお茶を入れて、九条円に差し出した。「俺の分は?」と目で訴えたが「一果はお茶飲まないでしょ?」と言われてしまった。


 確かに普段飲まないが、双葉が入れてくれたお茶なら話は別だ。


 俺の分も頼もうかと思っていると、九条円が口を開いた。


「今ニュースになっている不審者爆弾テロ事件の犯人が魔物であることは知っている。そして、その魔物を倒したのが君だということもね」

「そうですか……」


魔法協会で共有された情報なのか、それとも親父から聞いたのか。


「魔法学園入学前の魔法使いが魔物を倒す。まったくない事例ではないが、やはり珍しい事例だからね。いろいろと質問させて貰いたくてね」


「S級魔法使いが直々にですか?」


 日本社会の陰で魔物事件に対応する通称:魔法協会は常に人手不足である。

 そもそも協会員になれるのは魔力を持って生まれた魔法使いのみ。そもそも魔力を持っていない者は魔物のことを憶えておけないので、人材は常に不足気味。


 魔物と戦える者となるとさらに人数は減ってくる。


 S級と呼ばれる強力な固有魔法に覚醒した魔法使いは日本で現在7人のみ。


 あと数年もすればここに山門零丸も加わるが、日々多発する魔物事件に対応するため、S級魔法使いは日々激務に追われている。


「直々に……か。いやいや一果くん。これは重要なことだよ。まだ固有魔法に覚醒していない10歳の魔法使いが単独で魔物を撃破した。しかも闇魔法を使ってだ。やり方は、お父さんに習った訳ではないんだろう?」

「はい……」

「では、どこでやり方を?」

「ええと……感覚っすね」


 下手に誤魔化すと見透かされそうだったので、そう答えておいた。


「なるほど。どうやら君は素晴らしい才能の持ち主。天才なんだね」

「……」


 一言で天才と言われると、マジでイラッとする。俺は一週目に血の滲むような努力で身に付けたものを二週目で使っているだけなのだ。本当の天才というのは本来横にいる双葉のような者のことを言う。


 だがこの先、一週目で身に付けた技術を使う際に、天才という肩書きは非常に便利だ。この年齢ではできないことをやってのけても「なんかやってみたらできた!」とか天才ぽいことを言うだけで逆に不自然ではなくなる。


 そうだ。天才のフリをしろ。そうすることで、不自然さを消すのだ。


「とはいえ、やはりまだ魔法の指導を受けていない子が魔物を倒したというのは事件でね。スポーツや学力ならともかく、その才が魔法という一種の武力である以上、私たちは君という人間を見極めなくてはならない」


「見極める……ですか?」


 そういえば親父もそんなことを言っていたな。


「そうだ。悪いが一果くん。今から数ヶ月ほど、私の家に来てもらう。そこで、君を試させて欲しいのだが」

「え、ええええ、学校!? 学校はどうなるですか!?」


 驚いたのは、横で聞いていた双葉だった。


「今は一月下旬。もうすぐ春休みだろう。問題ない」

「そんな……」


 寂しそうにしょんぼりする双葉には悪いが、俺は少しワクワクしていた。


 予期せぬS級魔法使いとのエンカウント。こんなことは一週目ではありえなかった。


 魔法使いとして確実に強くれる方向へと、俺の人生が動き出した気がする。


「実はもうお父さんの許可は貰っている。一果くん。すぐに出発の準備をしてもらってもいいかな?」

「はい」


そして俺は、しばらくS級魔法使い九条円と生活を共にすることになった。








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