橋田知子SIDE
教室に
ボロボロになったはずの教室は新築みたいに綺麗になっていて驚いた。まるであんなこと、なかったみたいに。
私が不審者と遭遇してしまったことは、お母さんや先生たちと相談して、なるべく秘密にしようということになっている。だから私が教室に入っても、特に心配されるようなことはなかった。
「知子ちゃん知子ちゃん。大変だよ!」
ただ一人、阿空双葉ちゃんを除いて。
「どうしたの双葉ちゃん。珍しいねそんなに慌てて」
「大変だよ双葉ちゃん。一果がね! 学校に来られなくなっちゃったの!」
「いちか……? 誰?」
私はその名前に覚えはなかった。誰かと間違えているんじゃないかな?
「一果だよ。いつも私と一緒にいる、結城一果! 隣のクラスの!」
双葉ちゃんと一緒にいるところをよく見かける気がする。そっか。
あの子、一果って名前なんだ。
「あ……あ~! そういえば1・2年の時クラス一緒だったかも。そっか~転校しちゃうんだ。双葉ちゃん、ずっと彼と一緒だったし、寂しいんじゃない?」
「ほ、本気で言っているの知子ちゃん……?」
「……?」
驚いたような、悲しげな双葉ちゃんの様子に困惑する。でも、確かに。なんだろうこれ……。
「憶えてない? 先週の放課後。この教室で知子ちゃんを助けたのは、一果なんだよ?」
「助け……私を……? 何から……うっ」
先週のことを思い出そうとすると、胸の奥が痛む。不審者と遭遇して怖かったから?
ううん、違う。なんでだろう。とてもかけがえのない、大切な思い出が消えてしまったような、不思議な気持ち。
そういえば最近の私は少し変だ。
休みの間、バレンタインデーにチョコをあげたい子がいるからと、チョコレート作りの特訓をしていたのに、肝心の「チョコをあげたい男の子」のことが思い出せない。
初恋……のはずなんだけどなぁ。
あの時、チョコを作りってプレゼントしたいと思っていた時の胸の高鳴りだけはちゃんと憶えているのに。
あの日、何があったのか、私は思い出せないでいた。
そのことを双葉ちゃんに相談してみる。
「だ、大丈夫だよ。きっと思い出せるよ」
「だよね。うん! 頑張ってみる!」
双葉ちゃんのぎこちない笑い方が、なんだか妙に寂しくて。
結局、その日以降、私は一生初恋の男の子のことを思い出すことはなかった。