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第14話 九条家での生活

『今から一ヶ月後。私と勝負しよう。それまでここで、存分に鍛えるといい』


 九条円の家に来た日、俺はそう言われた。

 それまでは何をやっても自由らしい。

 厳しい修行とかさせられるのかと思っていたから拍子抜けだったが、油断してはならない。


 おそらく、こういった自由時間に何をするのか。この一ヶ月で俺がどこまで強くなれるのか試されているのだろう。


 とはいえ、基本的に九条円はS級魔法使い。当然のように激務で、家に帰ってくることはほとんどない。


「ごちそう様でした!」

「はい。それじゃあ一果くん。トレーニング頑張ってね」

「はい!」


 なので、俺がこの生活で接するのは必然、九条円の奥さんとその娘さんということになる。


 また、完全自由とは言っても三つだけ、必ず守らなくてはならないルールがある。


「一つ目は、奥さんの料理を一日三食。必ず食べること」


 今日も奥さんの作った朝食を食べ、トレーニングに向かう。うちの母親の作る料理の数倍は美味しい。俺は料理なんて栄養が取れればなんでもいいだろってタイプなのだが、ここ数日ですっかり食事が楽しみになってしまった。


「二つ目は、町の中をランニングすること」


 九条円の家は山に囲まれた小さな町にある。ランニングに行くなら山に行った方が負荷になるのだが、命令である以上仕方がない。

 S級魔法使いだ。何か明確な目的があるのだろう。


 毎日町中を走っていると、いろいろと気付くことがある。


 子供が少ないな~とか。年寄りが多いな~とか。


 そしてなんとなく、住民が暖かいような気がする。


「おっ。今日も走ってるねぇ~」

「頑張り屋さんだねぇ。飴あげようか?」

「頑張れ頑張れ~!」


 すっかり町の名物になってしまったらしく、すれ違う人たちに応援されるし、小さな子供たちは手まで振ってくる。


 いや何の手振り!?


 と戸惑いつつも淡々とこなす。


 ランニングが終わって家に帰る頃には昼食が出来上がっている。


 これを美味しく頂いて、少し昼寝をしたら再び外へ。

 午後は人気の少ない山の方へと進んで、魔流や超魔流のトレーニング。


 15時半になると季節も相まって日が沈んでくるので、早めに家へ。


 すると、中学から帰宅した九条円の娘、愛菜に勉強を教えてもらう。


 そして夕食を済ませた後は風呂。その後は三つ目のルールを行う。


 それは、魔法少女アニメを見ること。


 何を言っているのかと思われるかも知れないが、俺が一番困惑している。

 二十年ほど前から日曜朝に放映されているシリーズものの魔法少女アニメがあるのだが、これを第1シリーズの1話目から見させられている。

 幼稚園の頃、双葉が一時期ハマっていた時は見ていたが、幼稚園と一緒に卒業してしまった。それ以来の視聴だった。


 そもそも俺はアニメなんて見ないからな。


 初めは「何故女児向けアニメを?」と反発した。だが九条円が一言「このアニメは人生だ」と言った。

「いやいやアニメごときで何を」と思ったが、真剣な九条円の表情に有無を言わさぬ迫力があったので、黙って従うことにした。


 とはいえ、あのおっさんが夢中になるだけのことはある。

 バトルシーンはよくできているし、ストーリーも結構作り込まれている。

 子供向けだが子供騙しでは決してない。作り手の熱意が伝わってくる内容だった。


「おー! もう4作品目に入ったんだー。ペース速いねー」


 リビングで観ていると、風呂上がりといった様子の愛菜さんが入ってきた。

 以外にもハマってしまった俺は、一作品50話を早くも消費。既に第四シリーズに突入している。


「この4作目が一番好きかもしれない……」

「へぇ~誰か推しでもできた?」

「いや……」


 魔法少女は毎回数名のチームを組むのだが、味方の一人が裏切り、敵となってしまう。

 その敵となった女の子と自分を重ねてしまって……つら。


 アニメの視聴は夜9時までで切り上げて、寝る準備に入り、10時に就寝。


 そして朝6時に起きる。


 これが俺の最近のルーティンである。


「……いや。これで強くなれるのか?」


 いや。強くなってはいるのだろう。

 成長期ということもあって体も徐々に大きくなっているし、それをサポートするための食事や運動、睡眠も完璧だ。

 しかし、学校を休んでまでやることかと言われればいささか疑問ではある。


 そんなことを考えながら、俺はこのルーティンをこなし続けた。


 そして、能力測定試験のある三月になった。とうとう九条円からの直接的な指導は一切なく、俺がこの家に居られる最後の夜がやってきた。


「どしたん? 今日はアニメ観ないの?」


 帰り支度をしていると、愛菜さんが部屋に来た。


「今日観る予定の40話、神回だよ?」


 どうやら一緒に観たかったらしい。だが、俺は帰る準備があるからとその誘いを丁寧に断った。


「そっかー。うん。弟ができたみたいで楽しかったよ」

「俺も。お姉ちゃんができたみたいで楽しかった」

「ありがと。可愛いやつだね君は」


 そう言って、愛菜さんは俺の頭をぐりぐり撫でた。やり慣れていないのか、ちょっと痛かった。

 ぎこちないが、親愛が伝わってくる。ふと、この人が本当にお姉さんだったら良かったのになと思う。


「って。可愛いなんて失礼か。君はもう、魔物と戦っているんだもんね。偉いよ」

「普通だと思いますけど」

「ううん。普通じゃない。お願いだから、それが普通だなんて思わないで」


 そう言うと、愛菜さんはしゃがんで、俺と目線を合わせた。


「私はね。入学試験でD級になって本当によかったと思ってる。だって無理に戦えっていわれないもん」

「D級……」


 魔法使いの人生は、15歳の時に受ける魔法学園入学試験で大きく変わる。


 A~Fの6段階に分けられ、C級以上と判定された魔法使いは見込みありとされ、各自魔物との戦闘のための授業を受けることとなる。


 逆にD級以下と判定された者の選択肢は様々。魔法協会で働くための勉強を始めたり、俺の母さんのように半ば普通の一般人のように暮らしていくこともできる。


「私はね。魔法学園に入学したら技術開発の勉強をはじめるつもり」

「それはお父さんをサポートするため?」

「ち、違うよ! ……ううん。違わないか。私はね。一生懸命戦っている人たちのことを尊敬しているんだ。お父さんもそうだし……君のこともね」

「俺のことも? 魔物を倒すのは普通のことだと思うけど」

「だから言ったでしょ。当たり前だなんて思わないでって。君が普通だと思っていることは私たちからしたら凄いことなんだ。誰かのために自分の命を賭けて戦う。それはとっても凄いこと。いい? 忘れちゃだめだよ?」

「う、うん……」


 愛菜さんは何が言いたいのだろう。よくわからなかったが、とにかく頷いておいた。


「よし! じゃあお姉さんが伝えたいことは伝わったみたいだね。うん?」


 その時、愛菜さんのスマホに九条円からメッセージが届いた。


『一果くんに伝えてくれ。明日、私と試合をしよう。そこで一ヶ月の成果を試す』……と。



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