九条家近くの広場にて、俺と九条円は対峙していた。
「一果くん。この一ヶ月はどうだったかな?」
「正直、拍子抜けではありました。S級魔法使いが力を見てくれる……どんだけ厳しいのかと思ってましたから」
始めてみれば緩いスローライフのような生活だったわけだが。
「でも……悪くなかったです」
町の人たちや愛菜さんに応援されるのは悪い気分じゃなかった。
奥さんの食事は毎食美味しかったから名残惜しい。
それに、アニメは面白かった。
「うん。いい答えだ。私はね、君にもう少し広い世界を見て欲しかったんだよ」
「広い世界?」
「ああ。8歳から魔流を始め、ひたすら努力してきた君の実力は文句なし。その年齢で闇魔法に覚醒するだけの才能は伝わった。それはC-002との戦いで十分にわかっていた」
実力だけならあの時点で合格だったと言われた。でも、だったらどうして?
「凶器は狂気の呼び水になる」
「え……?」
俺の疑問に対して九条円はそう言った。
「親父ギャグじゃないよ? これは私の先生だった人の言葉でね。大いなる力には責任が伴うということだ。あの河川敷での戦闘。私は君の強さと冷静さに感心すると共に、危うさも感じたのだ」
「危うさ?」
ドキリとした。
「調査によれば、君は人生の全ての時間を強くなるために使っているみたいだね」
「はい。一秒たりとも無駄にできませんから」
「うん。素晴らしいね。きっと君は、魔法使いとして多くの人を助けるために生まれてきた。そう思っているのか?」
「ちょっと違いますね。俺は、大切な人を失いたくない。だから強くなりたい」
そう。今度こそ、守り抜いてみせる。一週目の俺を越えることで、もう誰も失わない強さを手に入れる。
それこそが俺の、二週目の人生の目標だ。
「素晴らしいよ。『この為に生まれてきた』。そんな使命、宿命のようなものを持っている人は芸術やスポーツの分野でも持て囃される。だが、私はそういったことにはいささか懐疑的でね」
「というと?」
「たった一つの目標のために人生の全てを捧げる。聞こえはいいが、これではまるで機械じゃないか。そういう目的で作られた機械になってしまう。それではいけない。人生の軸がひとつではいけないんだ。それでは、その目的が達成困難になったとき、壊れてしまう」
「あっ……」
それはまさしく、一週目の俺のことだった。
強くなるために必死で努力しても……大切な仲間の命が……双葉の命は俺の手から溢れ落ちていった。
仲間を守るという人生の指針を失った俺は……転がるように闇へと堕ちていった。
「だから私は、君の人生の軸を増やしたかったんだ。町の人たちとの交流。美味しい食事。毎週が楽しみになるアニメ。なんでもいいんだ。自分の人生を支える軸を増やして、重さを分散する。もっと色々なものに触れて、興味の幅を広げて勉強して。沢山のことを体験してほしい」
「は、はい……」
「君が大切だと思うものが、いつか君を救ってくれる。私はそう信じていますよ」
人生の軸。考えたこともなかった。そっか……。一週目の俺って……戦い以外、何もなかったんだな。
なんだか、大切なことを教わった気がする。
とはいえ……。
「では帰りましょうか。私が送りますよ」
「いや、その前に」
俺は構える。今の自分が果たしてどの程度の位置にいるのか。どのくらいS級魔法使いに近づいたのか。試してみたくなったのだ。
「俺の実力を見てください」
「……まったく君という子は。わかりました。全力をお見せ致しましょう」
九条円の目がやさしいおじさんから魔法使いのものへと変わる。
「先に私の固有魔法について教えておきましょう。固有魔法については……もちろん知っていますね?」
「はい」
その名の通り、魔法使い一人一人が持つ固有の魔法である。
俺で言う闇魔法。
双葉でいう回復魔法。
魔法は魔力を用いて現実ではあり得ないような事象を引き起こす、文字通り魔法。
才能のある魔法使いたちは、10歳前後で固有魔法に覚醒する。
そして、固有魔法に覚醒した天才たちの中でも特に強力な魔法を持つ者がA級の上、S級魔法使いに選ばれるのだ。
「私の魔法は『
「そんな魔法が……でも」
一週目で見知った他のS級の魔法より……弱い気がする。
「ふふ。確かに通常ならS級に選出されるだけの魔法ではないでしょう……ですが」
九条円は「聞いたことがありませんか?」と続けた。
「魔法協会の地下には、10~14歳までの女の子しか装備できない特別な装備が保管されていると」
「聞いたことはあります……」
その服は着ただけで装備者の能力を大幅に引き上げ、さらに特別な魔法を扱えるようになる……と。
だがその年齢の少女を戦わせるのは酷すぎると、今では魔法協会の地下に封印されていると聞いたが……うん? まさか。
「そう。そのまさかです。私は自らの固有魔法によって……その特別な衣装トゥインクル・チェリー・エクステージを着ることができるのです――は!」
九条円が指をパチンと鳴らす。すると、彼の体が光り輝き、全裸のシルエットとなる。
そして……次の瞬間、魔法少女衣装に身を包んだ
「これが私の究極形態。さぁ、どこからでもかかってきなさい」
そういえば聞いたことがある。S級魔法使いには「魔法少女☆おじさん」の異名を持つヤベーやつがいることを。
まさか九条円がそれだったとは……俺が今まで見たどんな魔物よりも怪物じみていた。