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第15話 固有魔法

 九条家近くの広場にて、俺と九条円は対峙していた。


「一果くん。この一ヶ月はどうだったかな?」

「正直、拍子抜けではありました。S級魔法使いが力を見てくれる……どんだけ厳しいのかと思ってましたから」


 始めてみれば緩いスローライフのような生活だったわけだが。


「でも……悪くなかったです」


 町の人たちや愛菜さんに応援されるのは悪い気分じゃなかった。


 奥さんの食事は毎食美味しかったから名残惜しい。


 それに、アニメは面白かった。


「うん。いい答えだ。私はね、君にもう少し広い世界を見て欲しかったんだよ」

「広い世界?」

「ああ。8歳から魔流を始め、ひたすら努力してきた君の実力は文句なし。その年齢で闇魔法に覚醒するだけの才能は伝わった。それはC-002との戦いで十分にわかっていた」


 実力だけならあの時点で合格だったと言われた。でも、だったらどうして?


「凶器は狂気の呼び水になる」

「え……?」


 俺の疑問に対して九条円はそう言った。


「親父ギャグじゃないよ? これは私の先生だった人の言葉でね。大いなる力には責任が伴うということだ。あの河川敷での戦闘。私は君の強さと冷静さに感心すると共に、危うさも感じたのだ」

「危うさ?」


ドキリとした。


「調査によれば、君は人生の全ての時間を強くなるために使っているみたいだね」

「はい。一秒たりとも無駄にできませんから」

「うん。素晴らしいね。きっと君は、魔法使いとして多くの人を助けるために生まれてきた。そう思っているのか?」

「ちょっと違いますね。俺は、大切な人を失いたくない。だから強くなりたい」


 そう。今度こそ、守り抜いてみせる。一週目の俺を越えることで、もう誰も失わない強さを手に入れる。

 それこそが俺の、二週目の人生の目標だ。


「素晴らしいよ。『この為に生まれてきた』。そんな使命、宿命のようなものを持っている人は芸術やスポーツの分野でも持て囃される。だが、私はそういったことにはいささか懐疑的でね」

「というと?」

「たった一つの目標のために人生の全てを捧げる。聞こえはいいが、これではまるで機械じゃないか。そういう目的で作られた機械になってしまう。それではいけない。人生の軸がひとつではいけないんだ。それでは、その目的が達成困難になったとき、壊れてしまう」

「あっ……」


 それはまさしく、一週目の俺のことだった。

 強くなるために必死で努力しても……大切な仲間の命が……双葉の命は俺の手から溢れ落ちていった。


 仲間を守るという人生の指針を失った俺は……転がるように闇へと堕ちていった。


「だから私は、君の人生の軸を増やしたかったんだ。町の人たちとの交流。美味しい食事。毎週が楽しみになるアニメ。なんでもいいんだ。自分の人生を支える軸を増やして、重さを分散する。もっと色々なものに触れて、興味の幅を広げて勉強して。沢山のことを体験してほしい」

「は、はい……」

「君が大切だと思うものが、いつか君を救ってくれる。私はそう信じていますよ」


 人生の軸。考えたこともなかった。そっか……。一週目の俺って……戦い以外、何もなかったんだな。


 なんだか、大切なことを教わった気がする。


 とはいえ……。


「では帰りましょうか。私が送りますよ」

「いや、その前に」


 俺は構える。今の自分が果たしてどの程度の位置にいるのか。どのくらいS級魔法使いに近づいたのか。試してみたくなったのだ。


「俺の実力を見てください」

「……まったく君という子は。わかりました。全力をお見せ致しましょう」


 九条円の目がやさしいおじさんから魔法使いのものへと変わる。


「先に私の固有魔法について教えておきましょう。固有魔法については……もちろん知っていますね?」

「はい」


 その名の通り、魔法使い一人一人が持つ固有の魔法である。

 俺で言う闇魔法。


 双葉でいう回復魔法。


 魔流フロー魔視ビジョンが魔力を用いて人間の元々持っていた能力を強化する技術なら。

 魔法は魔力を用いて現実ではあり得ないような事象を引き起こす、文字通り魔法。


 才能のある魔法使いたちは、10歳前後で固有魔法に覚醒する。


 そして、固有魔法に覚醒した天才たちの中でも特に強力な魔法を持つ者がA級の上、S級魔法使いに選ばれるのだ。


「私の魔法は『変幻魔装マジカルステージ』。自分や他者を強制的に着替えさせることができる魔法です」

「そんな魔法が……でも」


 一週目で見知った他のS級の魔法より……弱い気がする。


「ふふ。確かに通常ならS級に選出されるだけの魔法ではないでしょう……ですが」


 九条円は「聞いたことがありませんか?」と続けた。


「魔法協会の地下には、10~14歳までの女の子しか装備できない特別な装備が保管されていると」

「聞いたことはあります……」


 その服は着ただけで装備者の能力を大幅に引き上げ、さらに特別な魔法を扱えるようになる……と。

 だがその年齢の少女を戦わせるのは酷すぎると、今では魔法協会の地下に封印されていると聞いたが……うん? まさか。


「そう。そのまさかです。私は自らの固有魔法によって……その特別な衣装トゥインクル・チェリー・エクステージを着ることができるのです――は!」


 九条円が指をパチンと鳴らす。すると、彼の体が光り輝き、全裸のシルエットとなる。


 そして……次の瞬間、魔法少女衣装に身を包んだ九条円おっさんが立っていた。


「これが私の究極形態。さぁ、どこからでもかかってきなさい」


 そういえば聞いたことがある。S級魔法使いには「魔法少女☆おじさん」の異名を持つヤベーやつがいることを。

 まさか九条円がそれだったとは……俺が今まで見たどんな魔物よりも怪物じみていた。






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