落書きだらけの机。投げつけられたゴミ。怯えた様子の少女。
見るからに酷い虐め。
だからイジメすんなって言ってるだろ……とは言えないので、やんわりと聞いてみた。
「あれ。なに?」
「えっと……あれは……その」
桐生絵美をはじめ、今までワイワイしていたガキ共が押し黙る。
「悲しそうな顔しているように見えるんだが?」
「ええと……わ、私はやめようって言ったんだけど。男子たちが」
目を逸らし、たどたどしく原因を告げる桐生絵美。
「男子?」
「し、仕方がないんだ。そいつに関わると不幸になるんだ!」
すると、クラスで一番ヤンチャ(比喩)そうな男子が立ち上がりそう叫んだ。
「関わると不幸になる? 具体的には?」
「えっと……それは」
「お前は具体的にどうコイツと関わってどんな不幸に見舞われた?」
「あ……ええと……去年コイツにぶつかった後……野球のレギュラーから外されて」
「んなものテメーの努力不足だろ。人のせいにしてんじゃんねぇよ」
「な、なんだと!」
「お前、何様だよ!」
「転校生だからて調子にのるんじゃねーよ」
複数の男子が立ち上がる。
いいね喧嘩か。大人しくしているのにも疲れてきたところだ。
そもそも一人でちまちま調査なんて性に合わない。
コイツら全員ボコって手下にして手伝わせる。その作戦で行こう。
「ち、ちょっと止めなよアンタたち。結城くんはまだ転校してきたばかりだから」
「庇わなくていいぜ桐生。さて、掛かってこいよ」
どのみち人を虐める性根の腐ったガキ共だ。ボコることに罪悪感なんてない。
さて死にたいヤツから掛かってこい。
「――やめて!」
教室に大声が響いた。今日聞いたことのない声の方を見ると、教室の窓際一番後ろの席。
イジメられていたあの子が立ち上がって叫んでいた。
一色即発だった教室は一瞬で静まり返る。
「え……?」
「コワ……」
「声久々に聞いたわ」
その後、ざわざわと嫌な空気になってしまった。
「やーめた」
「ああ。なんか冷めたわ」
ヒートアップしていたガキ共も皆散り散りになってしまった。
せっかく全員手下にするチャンスだと思ったんだが。
「あの……結城くん。ちょっといいかな」
「うん?」
桐生絵美に服の裾引っ張られ、外で話がしたいと促される。
俺は彼女の後に続いて、人のいない廊下の隅までやってきた。
「話って?」
「うん。あの子のことなんだけど」
桐生絵美の言うあの子とはもちろん、窓際最後尾の席に座るいじめられっ子だ。
なんでも関わった相手が必ず不幸になる呪いの子なんだとか。
いや、それはさっき聞いたって。
「非科学的だな。んな訳ないだろ」
「それが本当みたいで……。あの子のご両親も事故で亡くなってるし……今は親戚の家にいるみたいだけど」
その親戚からも嫌われながら暮らしているらしい。
「じゃあ仮に本当にあの子が呪いの子だったとして。でもあれは違うんじゃね?」
「うん。私もよくないと思ってる。でもさ……辞めてなんて言えないよ。次は私がターゲットにされちゃうかもしれないかと思うと……うぅ」
桐生絵美は目に涙を溜めながら震えた。
善人である彼女としては、助けたくて仕方がないのだろう。
だが内心どう思っていようと、行動に移さないのなら助けていないのと同じ。
ただの傍観者だ。
「え、ちょっとどこ行くの結城くん!? う、嘘でしょまさか……」
改めて言うが俺はまったく可哀想だと思わない。
嫌なら嫌って言うべきだし、それでも自分に向かってくるヤツは叩きのめすべき。
その考えに変わりはない。だがそれが難しいってヤツも大勢いることは理解している。
それに。
零丸ならこの状況を絶対に見過ごさない。
一週目の俺は大きな過ちを犯した。例え時が巻戻ったとて、もう零丸と対等に肩を並べて……なんて都合のいいことだとは思っている。
でも、いつか零丸と出会うときに少しでも恥ずかしくない自分になるために。
「こんなことが償いになるなんて思わないけど」
それでも正しいと思ったことをやろう。
そう思った。
「……」
「おい。転校生に助けて貰えると思ったか?」
「残念だな~呪いの子には救いなんてないのだ~」
「おらなんとかいえよ」
「……」
俺がいなくなった後で気が大きくなったのか、凪宮糸乃は数名の男子に囲まれていた。
相手が女子だから直接的な暴力行為は行っていないものの、丸めた紙をぶつけては投げ、ぶつけては投げ。
「ちょっとやめなよ~」
「かわいそうだよ~」
周囲の女子達は半笑いで形だけの制止を行っている。
俺はスマホのカメラを起動すると、動画モードで撮影しながら凪宮の席に近づいた。
「おっまた来た転校生……って何撮ってんだよ!?」
「いや。お前らのイジメの証拠を」
「テメェ、スマホの持ち込みは拘束違反だぞ!」
「そ、そうだ! 先生に言いつけてやる」
「言ってみろよ」
先生なんて怖くねーから。
「この動画はクラウド保存だからスマホ没収されても問題ねーよ。それよか、この動画をネットにアップしたら、お前らの方がヤバいんじゃね?」
「ぐっ……」
「こいうのってセンシティブだからな。すぐに炎上してお前らの名前、住所が特定されて……ああ。親の会社とかにも連絡がいって……職を失うかもな」
「そ、そんな」
「いやあああ」
何被害者みたいな面してんだよ。
お前ら加害者側だぞ。
だがコイツらをそこまで追い込むのは俺とて本意じゃない。
「大丈夫だよそんなことしねーから。ただ、お前らがまだこんなくだらねーこと続けるつもりなら。うっかりネットにアップロードしちまうかもな」
「ぐうう」
「わかった……」
「その代わり動画は……」
「ああ。安心しろ。でもお前らは俺に絶対服従だから。そこんとこよろしく」
「おい待てよみんな。コイツのスマホを壊しちまえば、動画データも消えるんじゃね?」
だが一人、俺のせっかくの慈悲を受け取らない者がいた。
さっきの活発そうな男子だ。クラスでも一番体格のいいソイツは指をポキポキさせこちらを威圧してくる。
「おら結城。スマホ出せよスマホ」
「やなこった」
「ちっ。死ねやこらあああああ」
襲い掛かってくる男子。
はぁ。動画データはクラウドに保存されるからスマホを壊したところで……なのだが、小学生にはちょっと早かったか。
「なっ!?」
活発男子のストレートを左手で受け止め……ひねる。
「ぎゃああああああああ」
それだけで力の差を理解したのか、手を離すと涙目で敗走していった。
やはり暴力。馬鹿なガキに対話なんて無用。動物並の知能しかないんだから力で理解(わか)らせるのが一番なんだよな。
「えと……その……」
気が付くと凪宮がきょとんとした顔でこちらを見上げている。長い前髪で隠れがちな大きな瞳と目が合った。
「ゴミだらけで気持ち悪いだろ。片付け、手伝うよ。おい。お前らも手伝え」
方針状態でこちらを見ていた女子たちにも手伝うようお願いする。
「は、はぁ!?」
「誰がアンタみたいな暴力男と!」
「動画……」
「「ひぃ!?」」
そう呟くと、女子たちは快く掃除を手伝ってくれた。
馬鹿ばかりじゃなくて安心したぜ。