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第21話:メロンクリームソーダ、実食へ

冷えたメロンソーダをペットボトルから、グラスへ。氷の入ったそれは、とてもきれいな色を発していた。純子はそれを見つめて、ニコニコしている。こういうきれいな存在に出会うことは、とても楽しい。作業自体も楽しいのだが、それ以上にこれを人に出した時のことも想像すると、とても楽しくなれるのだ。


荒尾は、少し腹を空かせると言って、庭の掃除に出ていった。一度経験したから、2回目は自力でできると判断したらしい。先ほどから、庭の方や玄関の方など、各地を丁寧に掃除していた。ニャーを見てみれば、窓辺から優雅に外にいる荒尾を見ている。まるで高見の見物だ。

「ニャー、そんなに外が面白いの?」

問いかけても、ニャーは返事1つしない。むしろ、こちらを見ることもなく、ずっと高みの見物だ。猫だから仕方ない、と思いつつ、ニャーがこんなに興味を持つ人が現れたのは珍しいな、と思った。


メロンソーダはグラスの中できれいに、炭酸の泡を吹いている。気泡がグラスに引っ付いて、ひとつひとつが生き物のようだ―――管理栄養士としての資格は取ったものの、今まで活用してこなかったことが本当に残念だ。自分にとって、こんなに料理や食べることは大事なのに、好きなのに、そこに目を向けずに生きてきたことが、恥ずかしい。たとえば、それ以上にしたいことがあったのか、と言われると、そうでもない。焦って就職して、周囲の波に飲まれて生きてきただけ。

生きてこれたことが幸いしたと言えばそうなのだが、本当はもっと何かできたことがあるんじゃないか、と思ってしまう。両親のいなくなったペンションとカフェ。2人の夢が詰まった場所なのに、純子はこれからどうしたらいいのか、と夢を持てずにいた。

最初はここを存続させることが大事だと思った。今は、存続できたから次のステップ、と思っているが、次が何なのかわからない。わからないから、とにかく止まらずに前にだけ進もう、と思って日々を過ごす。助けてくれる人はたくさんいて、そんな人たちの手助けを感じながら、純子は前に進むのだ。間違っているかどうかなんて、後にならないとわからない。だから今は、とにかく前へ。

「ニャー」

考え込んでいると、ニャーが足元に来て鳴いた。いつの間に来たんだろう、と思ったが、猫はいつも知らぬ間に側にいてくれる。だから好きだし、だから側にいてもいいなぁ、と思ってしまう。

「ごめんね、ニャー。ちょっとしんみりしちゃった」

純子の足にすり寄るニャーは、まるで彼女を慰めているかのようだ。猫はそんな人間の気持ちも分かるんだろうか、と思いながら、それこそ人間のいいところか、と納得してしまう。


一方荒尾は、さすがに短時間で食べ過ぎたので肉体労働をすることで、次の食事を楽しむ計画を立てていた。食事は空腹の方が美味い。それは鉄則だろう。そんなことを考えながら、額に汗が流れるのを感じる。前も思ったが、ここの庭はとても広い。広いからこそ、純子1人でよく管理しているものだ、と思う。とてもきれいに整っているとは言えないが、荒れ放題でないことも事実なのだ。

彼女はもともと丁寧な仕事をする、と荒尾は知っていた。真面目でまっすぐ、丁寧な仕事は、部署の中では一番だったのではないか、と思うほどだった。もともとは管理栄養士らしい、と聞いていたので、細かい数字の部分や資料を集めたり、作成したりすることもできた。他の社員に頼んでも、いまいちだったり、数字が間違っていたりはいつものこと。そうでないなら、あとはそもそも何もかもできていないか、中途半端。そんな時、彼女だけはそんなことにならず、最後までやり遂げていた。

褒めているつもりだったけれど、嫌われているらしい―――と思ったのは、彼女の退職を知った時だ。仲が悪いとは思っていなかったので、退職の挨拶くらいあると思っていたのは荒尾ばかり。聞けば、両親が事故で急死し、そのまま退職したとのことなので、致し方ないところはあると思った。

確かに、このペンションに来て思う。ここは1人と一匹には大きすぎて、広すぎる。純子がどう思っているかはわからないが、手に余るというのは事実だろう。しかしそんな気の利いた話もできずに、ここでの生活は進んでいき、残りわずか。終わりも見えてきている。

「どうするかな……」

箒に額を寄せて、荒尾はつぶやいた。


メロンクリームソーダの味見をしよう、と思った純子は、そのグリーンの液体を飲み込む。メロン、と言われるとそれがメロンと思えないのは事実なのだが、清々しさや爽快さは、心地いいものと思った。甘さは強いが、子どもなら好きそうだ。これにアイスクリームを載せれば、美味しいのは分かり切っている。

「でもこの色、体に悪そう」

こんなところで管理栄養士の目が光る―――でも、いいか。荒尾が好きだと言った飲み物だ。思い出もあるのがわかっているから、彼女にとってはこれがいいものだという判断をする。思い出のある食べ物は、いいものだ―――自分もそうだから、誰かのそういう気持ちも、できるだけ大事にしてあげたい。それが純子の気持ちだった。

「さて、そろそろ時間もいい頃かな?荒尾さん、庭の掃除は終わったかな?」

そんなことを言いながら、純子は窓辺へ立つ。

「このままじゃ、荒尾さんは庭掃除係りになっちゃいそうだよね……いいのかな」

そんなことをブツブツ言いながら、純子は足元を一緒に歩いて行くニャーを抱き上げた。ニャーは窓辺に座らせて、外の荒尾を見れば、彼は熱心に庭の掃除をしている最中だ。もういいだろう、と思った純子は、勝手口から外へ出る。

「荒尾さーん!おやつにしましょう!」

澄んだ空気の中、純子の声が響く。荒尾はその声に反応して、まるで名前を呼ばれた犬のように、頭を上げた。

「もうそんな時間か!」

「はい!」

「わかった、すぐにいく」

「お願いしまーす」

荒尾は、箒や軍手を片付けて、室内へ戻った。


庭掃除だけなら、家庭菜園を触った時のように汚れることはない。だから、着替える必要もなかったので、荒尾はそのまま食堂へ来る。

「はい、荒尾さんご所望のメロンクリームソーダです」

「おお!」

運ばれてきたのはグリーンの飲み物の上に、丸く置かれたバニラアイスクリーム。それだけで、子どもは大喜びする飲み物だ。スイーツといえばそうだろうが、荒尾にとってはスイーツより飲み物という部類。祖母との思い出が蘇る、そんな温かい思い出のものなのだ。

「立派にできてるじゃないか」

「立派にしたんです~!あ、これ」

クルリとグラスを回転させれば、そこにあるのは真っ赤なサクランボ。サクランボのシロップ漬けが、添えられている。これがないと、と思っていたのを、純子は理解してくれていたのか、と思うと、嬉しくなる。

「これを載せるのがいいんですよね」

「ああ……祖母と行っていた喫茶店では、必ずこれだった」

「よかった。最近ではちょっとハイカラ?って言うんですかね、ちょっと変わったのもあったので」

「何か調べたのか?」

「はい、SNSとか……ネットとか。アイスクリームにこだわっているところもあったし、いろいろなんですけど」

いろいろ、と言われると気になるのも事実。しかし荒尾は、それは後から調べるとして、今は目の前のメロンクリームソーダをいただくことにした。甘いジュースに、甘いバニラアイスクリーム。アイスクリームが溶ける前に、ジュースを飲んでしまいたい。でも、アイスクリームも食べたい。


荒尾は、まるで子供のようにメロンクリームソーダを楽しんだ。

そしていつものように、おかわりを頼んだのだが、本日はすでに食べ過ぎとのことで、純子に拒否されてしまうのだった。


グラスの中の氷が溶けて、カランと音を立てている―――


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