おやつの時間が終わると、純子は少しだけ休憩タイムだ。この時間は、ニャーと一緒に過ごすこともあるのだが、実際には本を読んだり、最近はSNSを見る時間にしている。最近は、どこでもSNSを活用して集客しているという。動画を作るなんて難しいことはできないが、毎日の写真投稿くらいはできるだろうな、と思って、純子はその投稿を繰り返していた。
日々の投稿は、最初は難しいと思っていたが、最近はとても楽にできるようになった。誰かが反応してくれて、コメントが来ることもある。世の中には、いろいろな人がいるから、純子が投稿したニャーの写真さえ気に入ってくれる人がいるのだ。
床で寝転ぶ茶色の猫は、その体をきれいに伸ばして、また丸まった。普通の猫より少し太めだけれど、そこが可愛いところだ。たまには散歩に行くし、猫用のエサ以外は食べていない。でも、純子やお客様には興味がある(たまに興味のないお客様もいる)
今日は、いいアングルでメロンクリームソーダと、ニャーが画面に入った。だから純子はそれに言葉を添えて、投稿。我ながらにきれいにできた、と思った純子は、幸せそうに微笑んだ。それが済むと、今度は母の残してくれたノートを広げる。これから先、ペンションやカフェで出すメニューを考えるためだ。母は、昔から些細なことでもノートに書き記したり、メモを残してくれるような人だった。だから、純子はそれらを頼りにこれからのことを考える。
季節の野菜を使った料理は、コストも抑えられるし、それ以上に美味しい。例えば、パスタやスープにしても美味しいし、混ぜご飯や煮物なども美味しい。季節の中で生きることは、体にとってとてもいいのだ。この近辺の地域は、特に野菜が美味しいし、安く買える。今回のお客様はとても多く食べるので、それを考えると量も気になっていた。
今までも男性のお客様はいたのだが、こんなに長期宿泊ではなかった。単発だと考える料理も、仕入れも難しくはない。でも今回は何回もある。そして、よく食べる。たまにリクエストも来るから、純子にしてみれば困ったものだ。
「まずは今日の夜からだよねぇ」
朝、昼、とかなり食べている。そうなれば夜はさっぱりしていて、お腹に優しいものがいいか。いいか、というのは純子の見解であって、お客様である荒尾がなんというのかはわからない。出されたものに文句は言わない人だけれど、量が少ないとおかわりが来る。おかわりもしっかり食べきる人だから、残るという心配はないのだが、体調は大丈夫なのか、と心配になることもあった。
「そうだなぁ。悦子さんから野菜をたくさんもらったし……大根かぁ」
大根なら、お腹にたまる。お腹にもいい食材だ。でもそもそもがさっぱりした味だから、少しこってりした味付けにしてみようか。大根の味噌汁も美味しいけれど、大根のサラダもいいかもしれない。採れたての野菜をしっかり使い切りたい、そんな思いが純子の中で湧き上がる。
「よし、大根!」
純子はそう言って、エプロンを取り出した。
ニャーは、純子がキッチンに立っているのを横目で見た。もう何年彼女と暮らしているだろうか、と思ったニャーは、いやいや、この子はここを出ていたから、そんなに長く一緒にいないかも、と思う。年を取ってきたこともあるけれど、そもそも猫という生き物は過去のことを気にしない。明日も明後日も、美味しいご飯が食べらればいいし、家の中が快適ならいいのだ。
「ニャー、寒い?」
別に、と思ってニャーはフイッと顔を背けた。純子はフラれた~と言いながら笑っていたが、特に気にすることもなく、キッチンに戻っていく。ニャーはいつもの定位置に戻って、体を伸ばした。
純子は、大根の皮を剥いて、カットする。下の方が辛味が強く、上の方が甘い。好みもあるが、純子は下の方を味噌汁に入れることにした。中間から上の方は、大きめに切って、一度茹でることにする。茹でないという人もいるだろうが、純子はこの方が大根を軟らかくできると思ったのだ。コトコトと鍋の中には、白い塊が入っている。少し色が透けてきた、と思うともうしばらくかな、と判断できる。
それから、冷蔵庫を開いて豚肉を取り出した。豚肉としめじやしいたけを取り出す。しめじをほぐし、しいたけを切る。豚肉も適度な大きさに切って、鍋に放り込んだ。焦げないようにごま油でそれらを炒め、その後そこへ大根を入れた。味付けは、出汁、砂糖、醤油。色がついた頃、ふたをしてしばらく放置。
「これは美味しいよねぇ」
本当は少し多めに作って、悦子にも分けたかった。しかし分けるところまで行きつかない、というのが現状だ。きっと荒尾が全部食べてしまう。お客様は荒尾なので、仕方なく彼に合わせるしかないだろう。
「えっと、次は……サラダと味噌汁を仕上げようかな」
味噌汁は、いつものように火が通ったら味噌を落とす。味噌がきれいに溶けて、味が良ければ完成だ。そして、新鮮な大根で作る大根サラダ。新鮮な大根で作ると格別なサラダである。作り方は簡単で、千切りにスライスした大根を水にさらし、少し水につけておく。しばらく置いて、それから水を切る。今回はこのままドレッシングをかけるだけにするが、ここまでできれば別のサラダも作りやすい。大根はマヨネーズで和えても美味しいので、それは今度作ろうかな、と純子は思う。
「大根のサラダは美味しいもんね~和風ドレッシングも、なんでも合うし」
サッと混ぜ合わせて、それから皿に盛りつける。
「あ、大根ばっかりだけど、いいかなぁ」
並んだ皿には、大根料理ばかり。後は鍋の中。どれも美味しいものばかりだけれど、さすがに大根ばかりをお客様に出すのは駄目だろうか。
「でもなぁ、今日はもう食べすぎだし」
朝からのグラタン、昼には蕎麦と中華丼だ。高校生か大学生か、というくらい食べている彼。
「うーん、やっぱり食べ過ぎでは」
おやつはメロンクリームソーダだけに済ませたものの、それ以上のものをすでに食べているじゃないか。純子は少し頭を悩ませたが、今日はこれで行こう、と踏み切った。
夕食の時間になって、荒尾は自分の腹に問いかけていた。もう腹が減ったよな、と。彼にとって、ここでの食事は美味しいものばかりなので、逃したくはない。もしかしたら、メロンクリームソーダをおやつにもらったから、ちょうどいい腹になったのか、とも思う。
「中野瀬、今日の夕食なんだが」
「はい、できてます!」
「お、おう、ありがとう……その、思った以上に腹が空いていて」
「え、本当ですか?」
「ああ」
驚かれるのは承知の上というか、今まではそれを会社でもどこでも言わなかっただけだ。ビジネスマンが腹を空かせて、営業ができるか。それが彼の考えなのである。
「えっと、ちょっと食べすぎかな、と思ったので、夜は大根ばっかりにしてるんですけど……」
「大根。もらったやつか」
「はい。新鮮なうちに食べるととても美味しいですし、作れるメニューも増えるので」
「何を作ったんだ?」
「豚バラと大根の煮物に、大根の味噌汁、大根サラダです」
大根づくし。でも、美味そうだと荒尾は思う。大人になって、こんなに大根づくしになったこともないから、興味も湧いた。
「豚バラと大根って、すごく美味しいんですよ!」
「白飯に合うやつだなぁ」
「あ、食べすぎは駄目ですから!」
「ああ、わかってる」
そう言いながら、荒尾はしっかりと白米を茶碗にもらい、平らげた。
するとすぐにおかわりの要求だ。
「も、もう今日は駄目でーす!!」
純子の声がペンションの夜に響き渡る。