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第33食:ニャーのお家に住んでいる純子ちゃん

「純子ちゃーん、いるかーい」


そんな声が聞こえて、純子は慌てて庭の方から返事をした。その声は、ペンションの中に向かって叫ばれていたが、純子が庭から声を出したのでそちらへ向かってくる。やってきたのは、近所に住まう玄米おじさんだ。

「どうしたんですか、急に」

「うん、ちょっとなぁ、うちのがさ」

「悦子さんが?」

「ちょっと庭で転んじまって。病院に行ってくるんだけど」

「え!?」

まさかそんなことが、と思って純子は驚いてしまう。しかし、玄米おじさんのお願いはそんなことではなかったようだ。

「実は純子ちゃん」

「はい」

「実は」

「はい!」


なかなかその続きを言わない玄米おじさん。しかし純子は、その続きを聞いて驚いてしまう。


荒尾は、ペンションの中が騒がしいことに気が付いた。おかしいな、と思った時には自分の足元に小さな子どもが2人引っ付いていた。

「うお!?」

「のぼれー!」

「わーい!」

子ども2人は、荒尾の足を登り始めてしまう。年齢は保育園か、幼稚園くらいの、まだ小学校に上がる前の男女だ。可愛らしいのは分かるが、さすがに子ども2人の重さは、荒尾でも堪えてしまう。

「ちょ、ちょっと!?2人とも!!荒尾さんに迷惑かけちゃダメよ!?」

「じーちゃんはいいっていうもん!」

そんなことを言う子どもを荒尾からはがして、純子は荒尾に頭を下げる。同時に荒尾は真っ青な顔をしていた。気分でも悪いのか、と純子が尋ねると、荒尾は青い顔で言うのだ。

「こ、子持ちだったんだな……中野瀬」

「へ!?」

「ま、まあ、いいんじゃないか、少子化だしな……」

「ちょ、違いますよ!?私の子どもじゃありませーん!!」

純子は大きな声で叫んだ。


純子は、玄米おじさんから孫を預かってほしい、と頼まれたのだ。息子夫婦が短期間だが海外旅行に行くことになり、子どもを玄米おじさんと悦子に預けて、出発したらしい。久しぶりの孫との時間、悦子は大変喜んだのも束の間、庭で転倒。病院へ連れて行くことになったが、もしかしたら入院、手術になりそうだという。どちらにせよ、玄米おじさん1人では孫2人の面倒と、病院に行った悦子の世話ができない。だから―――

「荒尾さんもいるから、今のうちに子育ての練習しときなって言われて」

「こ、子育ての練習!!??」

その言葉に、荒尾は真っ赤になってソファーから飛び上がった。小さな2人は、今度はニャーの側でゴロゴロして遊んでいる。

「た、確かに、お客さんはいませんけど」

「俺がいるだろ!」

「子ども2人で通常の宿泊料金取っていいって言われて!」

裏取引に負けたのか、と荒尾は思った。純子は優しい女性だから、それだけではないのだろうが、報酬もあるとなれば頑張れると思ったのだろう。同時に、悦子の心配もあったに違いない。彼女にとって、悦子はとても大事な人だ。そんな彼女が怪我をしたとなれば、本当はそちらに飛んでいきたいはず。でもそれが叶わないので、孫たちの面倒を見ることを了承したのかもしれなかった。

「でも、お前も子育て経験あるのか?」

「……ないです」

「おい!俺もないぞ」

あるはずもなかった。似ていない子ども2人を見て、純子の子どもと勘違いしたくらいなのだから。

「えっと、一日の流れとか、食事のこととか、荷物は預かってます!」

バックにパンパンに詰まった荷物。食事のことなどが書かれた紙。一日の流れを見ながら、荒尾も頭を抱える。

「おいおい……こんなにできるのか?風呂も入れなきゃいけないんだぞ?」

「それは荒尾さんが」

「俺が!?」

「私は外でキャッチして、着替えさせて、歯磨き担当です!」

いつの間に分担されているんだろうか、と荒尾は思った。しかし、すでに玄米おじさんは出て行ってしまったし、残された子どもたちを放り出すわけにもいかない。できることをしよう、と思って荒尾は仕方なく協力することにした。


「えっと、おやつにこれをもらったんです!」

「何を……なんだ、これ?」

「ポン菓子ですよ、荒尾さん!知りませんか?お米で作るんですけど、専用の機械もいるし、力仕事なのでなかなか作る人がいなくて」

袋に入ったそれを荒尾は手のひらに分けてもらった。小さな粒は米の形をしていて、光りの角度でキラキラ光る。

「昔、駄菓子屋さんにニンジンの形の袋に入って、売ってませんでした?」

「確かに……あれの中身だな」

口に運ぶと、少し噛んだだけで消えていく。優しい甘さのそれを食べて、荒尾はこれをあの玄米おじさんが作ったのか、と驚いていた。

「ヨーグルトに入れても美味しいんですよね。きっと孫が来たから作ることにしたんじゃないでしょうか、おじさん」

「ヨーグルトだと!?シリアルの代わりか!?」

「そうです。それがこの子たちのおやつで」

なんて健康的で、美味しいおやつだろうか。純子はそんなことを考えながら、子どもたちに準備をしていく。その横には荒尾も一緒に並んで座っていた。

「えっと、荒尾さんも食べますか?」

「ああ、食べる!」

子どもよりも元気よく返事をする荒尾。純子は少しだけ笑ってしまった。


男の子はケイ、女の子はまーと言った。不思議な名前だと荒尾が言うので、横から純子は本名から来る愛称であることを伝えた。まだ幼い子どもにとって、名前というのは難しいものなのだろう。

「まーちゃん、きょうははんばーぐたべたい!」

少女がそう言って、純子のエプロンを引っ張った。しかしその材料がないことに、純子は頭を抱える。今から買いに行ってもいいが、2人を連れて買い物に行くのは苦労する。

「ケイくんも、はんばーぐ!」

「子どもってハンバーグが好きですよねぇ、どうしようかな、荒尾さん……って、え?」

材料がなくて困っていた純子が荒尾に意見を求めた時、そこにいたのはすでにハンバーグを堪能したいという顔をした成人男性だった。しまった、食い意地に関しては、この人も子どものようなところがある。

「ハンバーグはいいぞ、あんなに美味いものを作り出した人類に感謝だ」

「ど、どこまで感謝してるんですか!?」

「今日はお客も増えたことだし、ハンバーグにしようじゃないか!いいリクエストだ!」

いいリクエストと言っても、子ども2人に大人が1人。オーナーである純子の意見は無視されている。仕方がないので、純子は足りない食材をメモ用紙に書き出した。冷蔵庫の中身と相談し、あれこれと書いていく。そして、その紙を荒尾に差し出した。

「おつかい、お願いします!」

「俺が行くのか!?」

「じゃあ、荒尾さんが子どもたちの相手しますか?」

ケイとまーを見れば、2人でニャーを追いかけ回している。先ほどは荒尾の足を登ろうとしたくらいだ。そのうち、ニャーを土台にして、木登りを始めてしまうかもしれない。そんな不安を感じた荒尾は、車のキーを握り、純子から財布を受け取って、ペンションを後にした。


出ていく車を見て、純子はこの2人をどうしようかな、と思う。あいにく、彼女には兄弟もおらず、親戚も年上ばかりだった。だから、こんなに小さな存在と時間を過ごすことがなかったのである。

「それにしても、孫ちゃんとはいえ、おじさんも無謀な人だなぁ。悦子さんに任せるつもりだったのかな?」

孫を預かって、大変な思いをするのは悦子だっただろう。それが今回は入院だ。大きな怪我をしていなければいいな、と思ったが、まだ連絡はない。

「じゅんこちゃーん」

ケイが純子のエプロンを引っ張った。祖父が呼んでいたのを真似して、ケイは『じゅんこちゃん』と呼ぶのである。悪気はないし、それが彼女のことなのだと認識していた。

「じいじ、まだかえってこない?」

「そうだね、まだかかるかも」

「じゃあ、きょうはニャーのおうちにおとまり?」

「えっと、ニャーのお家っていうか、ニャーと純子ちゃんお家かな?」


「えー!じゅんこちゃんってニャーのおうちにすんでるのー!?すごーい!」

子どもの考えることはすごいなぁ、と純子は思い、そのちょっと違うところを訂正することができなかった。


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