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第34食:まんまるシュガードーナツ

ケイくんとまーちゃんは、玄米おじさんの長男夫婦の子どもらしい。長年子どもができず、やっとできたと思ったら双子だったから、玄米おじさんも孫には甘いという。ケイくんもまーちゃんも、嫌いな食べ物は特にないが、多くを食べないタイプなので量に気をつけてあげて―――悦子からそんなメッセージが届いていた。純子はそれを眺めながら、悦子さんもお大事に、と書き込む。

結局、悦子は足を骨折していたようで手術とリハビリのために当分入院となってしまった。それまでの間、玄米おじさんは自宅で1人になるので、孫の面倒を見るのは難しいとなっている。悦子からは大変申し訳ない、と可愛らしい絵文字付きでメッセージが来た。足は痛むが、なんとかベッドで眠ることができているらしく、その合間にメッセージをくれた、という話だ。手術自体は数日のうちに行われる予定だが、その後のリハビリはいつまで、どれくらいなのかわからない。

長男夫婦にはすでに連絡をしているが、海外から戻れるのが早くても明日の夜とのことで、明後日の午前中にしか子どもたちを迎えに来れないそうだ。純子は長い3日間になりそうだなぁ、と思った。


お使いに出ていった荒尾は、当分帰らない。その間、純子は1人で2人を相手にすることになる。半分はニャーに任せようか、とも思いながら見てみれば、ニャーはすっかり子どもたちのオモチャにされて、お腹の上に2人が持ってきたおもちゃを載せれれている。

「きょうは、にゃーのまるやきですよー」

「うわーおいしそうだねー!」

「にゃーがにげだすまえにたべてしまいましょう!」

「いただきまーす!」

2人はなかなかに恐ろしい遊びをしていた。ニャーは仕方なさそうにゴロリとへそ天状態になる。2人がニャーのお腹を食べる仕草をして、楽しそうに笑っていた。

「じゅんこちゃんにもわけようか」

「じゅんこちゃーん!じゅんこちゃんはいませんかー?」

その呼び方は玄米おじさんにそっくりだな、と純子は思いながら、子どもたちの側へ寄る。

「ご用でしょうか?」

「あ、きたきた!」

「きょうはにゃーのまるやきですよ!」

3人でニャーを囲んで、食卓の様子を再現だ。ニャーはもう諦めきっていて、遊ばれている。こんなに優秀な猫だったかな、と純子が思うほどに、ニャーは子どもたちのオモチャ役になってくれていた。

「はい、お片付けして、おやつにしませんか?」

純子がそんな提案をすると、2人は目を輝かせて見つめてくる。

「おやつはなんですか?」

「わーい、おやつ!」

2人は、手を洗ってくるように言われて食堂を飛び出した。


純子は、2人分の揚げたてドーナツを出した。真ん中に穴の開いたドーナツではなく、丸い形の『中身だけ』ドーナツだ。かつて荒尾がそういうのもある、と言っていた形のドーナツである。コロコロとした見た目のそれに、砂糖をまぶして子どもたちに提供した。

「いただきます!」

元気のいい声が響いて、2人はドーナツを手づかみで食べる。美味しい、という声が漏れてきて、純子は子どもも可愛いなぁ、と思うのだ。

本来ならば、自分は結婚適齢期。少し遅れたくらいかも、という認識はある。同級生ではすでに子どものいる子は多いし、純子は寿退社じゃなかったの?と事情を知らない友達から言われたこともある。この年齢、この時期に仕事を辞めたのなら、結婚したと思ってもおかしくはないだろう。周囲は悪くない。ちゃんと説明していなかった自分が悪いのだ、と思う。

可愛い笑顔でドーナツを食べるケイくんは、妹のまーちゃんととても仲がいいらしい。まだ幼いながらに、自分が兄であることの自覚があるという。兄弟のいない純子にとって、この子たちの日常はとても楽しそうだな、と思った。同時に、大人になっても仲が良かったら、ずっと信頼できる人間が側にいてくれるということは、とてもいいことだな、と思う。

「こぼれてますよー」

まーちゃんのこぼした砂糖を拾い、純子は笑う。美味しいね、と言って微笑むまーちゃんは本当に可愛い女の子だった。

かつて自分もこんな顔をしていたのかな、と思うと、少し両親が恋しくなる。もう会えないと分かっているからこそ、恋しいのだ。純子は、2人と一緒にドーナツを口に運ぶ。母のレシピで作ったそれは、とても軽やかで、甘くて、美味しかった。


おやつが終わった頃になると、2人はニャーに抱き着いて眠りについてしまった。困った顔をしているニャーは、純子を見つめて助けを求めている。純子は2人を抱き上げてソファーへ移動させた。

「うわ、子どもってこんなに重いんだ」

見ているだけでは知らなかったこと。それを今、体験している。2人をソファーに寝かせた頃、車が戻ってくる音がした。しばらくしてドアが開き、お使いを済ませた荒尾が帰ってくる。

「いい匂いがするな」

「おやつにドーナツを出したんです」

「俺はもらってないぞ」

「ありますよ。残してますって」

荒尾は買い物袋を純子へ渡し、彼女はキッチンへ消えた。子どもたちはどこへ行ったのだろうか、と見た荒尾は、ソファーで眠る小さな存在を見つける。可愛らしい寝顔を見て、子どもいるならこんな感じなのだろうか、と思う。自分は男なので、結婚に対して大きな夢や希望を持ったことはない。今は仕事が楽しいし、何よりも仕事で成果を出さねば所帯を持つということはできない、という考えだ。

しかし、目の前で眠っている小さな存在は、想像していた以上に可愛い。同級生や友人が結婚し、子どもが生まれたという話はよく聞くが、本当にこんなに可愛いとは思わなかった。

「起こさないでくださいね。疲れてるみたいなんで」

「そ、そうか」

「おやつ食べたら寝ちゃったんです、2人とも」

そう言いながら、純子は荒尾にドーナツを持ってきてくれた。丸く転がるそれは、ドーナツの真ん中部分。

「真ん中のドーナツだ」

「わざわざ丸くしたんです。でもこっちの方が可愛いですよね。子どもも食べやすいし」

きれいな丸だな、と思いながら、荒尾は純子を見る。もしも自分が彼女と、と思ったところでそんな妄想はするべきではない、と考えることをやめた。今は、自分のドーナツを食べることが優先だ。かじりつくと、砂糖の甘さが口に広がる。

「美味いな」

「母のレシピなんです」

「そうなのか?」

「生地や味付けだけですね。形は可愛らしく丸にしましたけど」

純子の母のことを、荒尾は詳しく知らない。しかしこんなに優しい食べ物を作ってくれる人だから、とてもいい人だったのだろう、と思った。

「中野瀬」

「はい、どうしました?」

「お前のお母さんという人は、どんな人だったんだ?」

そんな問いかけが来るとは思わず、純子は驚いた。

「えっと」

誰かに母のことを話すなんて、悦子や玄米おじさんと話をした時以来じゃないか、と思う。

「私の母は、料理が上手で、ちょっとやそっとのことじゃ、へこたれない人で」

「お前みたいだな」

「え、そうですか?」

料理も上手じゃない、すぐへこたれる―――純子は自分をそう評価していた。そんな自分に自信がなくて、でもこのペンションとカフェを守りたくて頑張っているだけ。まだまだ、母のようには何もできない、と思っている。

「家庭菜園も好きな人でした。季節によって変わる植物も好きで。自分の菜園で作れない野菜を買いに行くと、いつも笑顔だったかな」

そんな母を知っていたから、純子も栄養士の道を進んだのだ。本当はもっとそれを活用して生きていけば、よかったのに。


人生とは、なかなかに難しいものだと純子は思った。


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