プリンを目の前に、子どもたちは大喜びだった。そして、その後ろからプリンを見つめる成人男性も、とても喜んでいる。
「すごい、本当にプリンができているじゃないか!」
「だから、できますって」
「今度はバケツプリンだな!」
「そ、それは蒸し器に入りません!」
純子と荒尾はそんなことを言いながら、楽しそうだった。純子の作ったプリンは、皿にひっくり返すときれいに型から抜けた。子どもたちにそれを渡し、それ以外のものにはカラメルソースをかける。
「きれいなカラメルだな……固まらないのか?」
カラメルの材料は砂糖と水。それを知っている荒尾は、カラメルが固まらないのか気になって、純子に尋ねた。すると純子は、固まらない分量で作っている、と言った。多才な女性だな、と荒尾は思いながら、そのプリンをいただく。
甘さと苦さ。そのハーモニーが絶妙だ。そして、完全に冷たいわけでもなく、ほんのり温かさを感じるくらい。
「茶わん蒸しも美味いんだろうなぁ」
「プリン食べながら、茶わん蒸しって!」
純子が笑うと、荒尾も恥ずかしそうに顔を赤くした。
「すまんな、食べてみたいと思ったんだ。茶わん蒸しは、どこでも食べられるとは思うが、やっぱり出来立てのアツアツが美味いと思うんだよ」
「そうですね。しいたけとか銀杏、鶏肉なんかをちょっと入れて、いいお出汁と卵の旨味があれば、いいですもんねぇ」
美味しい口になってきた2人は、それぞれが思う茶わん蒸しを想像していた。家庭で出てくる茶わん蒸しも、料亭や寿司屋で出てくる茶わん蒸しも、どれも美味しい。トロリととろけるような、優しい舌ざわり。中から出てくる食材が見つかった時の嬉しさ。
「うーん、いいですね、茶わん蒸し!でも、今日はプリンをしたので、茶わん蒸しは今度ですね」
「む、今度か」
「そうですよ。でも、ちょっといいメニューを考えたので、それを夕食に出しますね!」
そんなことを言う純子は、とても幸せそうな笑顔だった。
おやつの時間が終わると、荒尾は子どもたちと遊ぼうと思い、声をかける。しかし、2人は白菜畑で走り回ったり、赤坂のところへ行ったりしたので、すっかり疲れ切っていた。もう眠そうに、目をこすっている。
「ケイくん、まーちゃん、もうお昼寝にしようか?」
呼びかけると返事はないが、荒尾が抱き上げるとスイッチが切れた。2人とも、荒尾の腕の中でぐっすりだ。
「あら、可愛いですね」
「重たいけどな」
「幸せな重みかと」
「そうだな……」
いつか、こうやって子どもを抱く日が来るのだろうか。荒尾はそんなことを思って、言葉に詰まる。子どもは1人では持てない。相手が必要で、家庭がいる。相手も家庭も、勝手にはできない。できないならば、作らねばならないし、探さねばならないのだ。
「あの、中野瀬」
「はい、どうしました?」
その可愛らしい笑顔が、荒尾の目に痛い。痛いというか、気になるというか。とても深く感じてしまう。
「いや、なんでもないんだ」
「子どもたち、ソファーに寝せましょうか。荒尾さん、落ちないように見ててあげてくださいね」
純子がソファーを準備してくれて、そしてそのままタオルケットをかけてくれた。荒尾は2人が転がり落ちないように、見ている。和やかな雰囲気だと感じていると、荒尾も少しだけ眠くなってきた。プリンの糖分が体内に回って、眠気を呼び起こしているのだろうか。そんな気がしてならない。子どもたちの寝息は、まるでこちらの眠りを誘うかのような、心地よさだ。
外は、少しずつ温かくなってきており、寒かった季節が春へと変わりつつあった。ここに来たばかりの頃は、あんなに寒かったのにと、思い起こすこともある。しかし、あれから幾分か時間が経っているのだ。荒尾がウトウトしていると、玄関の呼び鈴が鳴った。純子が慌てて出ていくので、荒尾はすっかり目が覚めた。
純子がドアを開けると、そこには背の高い青年が立っていた。青年と言っても、年の頃は純子より少し上か、荒尾と同じくらいか、そんな雰囲気だ。そして、彼の表情の中に、赤坂を感じ取った。
「もしかして、赤坂さんの……?」
「はい、長男です。すみません、子どもたちがお世話になったみたいで」
長男と言った男性の後ろには、女性も一緒についてきていた。淡い茶色の髪をした、落ち着いた雰囲気の女性である。
「すみません、母のこともあって、とてもご迷惑を」
「いえいえ、悦子さんにはいつもお世話になっていますから!」
「病院にも寄って来たんですけれど、手術も無事に済んで大丈夫そうでした」
赤坂の面影を持った男性は、笑うとより赤坂によく似ていた。後ろの女性は、子どもたちの母親だろう。子どもたちの表情は、逆に彼女によく似ているかもしれない。
「でも、海外旅行に行かれてたんですよね?お忙しかったんじゃないですか?」
純子が問いかけると、男性は少しだけ困ったように笑った。
「海外と言ってもアジアの方で、仕事も兼ねていましたから、調整して戻りました。父と母に任せておけば、当面は大丈夫かな、と勝手に思ってしまったのも悪かったと思います。結局、こちらでお世話になってしまいました」
仕事と旅行を兼ねて、子どもたちを両親に任せて出発したのはよかったものの、ほぼとんぼ返りだったらしい。悦子の怪我の連絡はすぐに来ていたが、飛行機の手配などに時間がかかってしまった、と男性は笑う。
「中へどうぞ。今、お昼寝中ですけれど」
「あの子たち、よく寝てくれるでしょう?お昼寝をよくしてくれるんで、助かるんです」
女性はそう言って、純子に微笑んだ。母親の笑顔を見て、純子は自分の母が懐かしくなってしまう。自分にだって、こんな風に優しく微笑んでくれる母がいたのだ。失ってしまって、その大きさに気づいたのだから、親不孝な娘だと思う。
長男夫婦は、ソファーで眠っている我が子を確認して、安心したようだった。側にいた荒尾にも感謝を伝え、2人で頭を下げてくる。
「そんなに気にしないでください。赤坂さんとは、近所のお付き合いがありますから」
「いえいえ、いつも母から、父のことでお世話になっていると聞いています!」
「そんな!私の方こそ、重たいお米を持ってきてもらったりして、すごく助かっているんですよ」
純子が笑って話すと、父らしいですね、と彼が言った。昔から、気に入った人にはとことん親切で、気に入らない人にも親切を貫くような人であったらしい。悪い人ではないが、農業や玄米に対して、あまりにも熱心すぎる。だから、子どもたちと衝突して喧嘩することも多かった。
「それをいつも母が仲裁してくれて」
「悦子さんらしいですね」
「母がいてくれての、我が家です。早く回復してもらわなきゃな」
離れて暮らす長男夫婦にとっても、悦子の存在はとても大事な存在だった。
「あの、今日はもうすぐにお帰りですか?」
純子が今後の予定を尋ねると、長男夫婦は顔を見合わせた。
「明日には帰るつもりです。今日は実家に泊まりますので、子どもたちも連れて帰ります」
「わかりました。では、もしよかったら夕食だけでも食べて行かれませんか?もう仕込みをしてしまいましたので」
ペンションの仕込みは、純子のペースにかかっている。だから、とても早く、確実に行われているのだ。その話を聞いて、長男夫婦は安心したような顔をする。
「助かります。実は、戻ったばかりで、買い出しもままならず……このあたりでは飲食店もないですし、買い物ができるところも限られていますから」
「それはよかった!では、子どもたちと一緒に、こちらでお待ちくださいね!」
純子の明るい声が、ペンションに響いた。
新しいお客様に出すための、料理を準備するために―――