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第41話 鉄仮面の剣士


 ビビはハッキリと死を覚悟していた。


 見た目には幼い少女のようにしか見えない小柄な体躯。感染獣の鋭利な爪が振り下ろされれば、まず助かることは無いだろう。


 硬く目を瞑り、自分が切り裂かれることを覚悟する。しかし、どれだけ待ってもその瞬間が訪れない。


(死ぬ直前は時間が長く感じるって言うらしいですが、アンドロイドでもそんなことはあるんでしょうか?)


 いつまで経っても訪れない衝撃に、ビビが恐る恐る目を開ける。そしてビビが見たのは自分の目の前に立っている誰かの背中。


 大柄な誰かがビビの前に立っていて、感染獣の鋭利な爪をその手に持った剣で軽々と受け止めていた。


「だ……、誰ですか?」


 ジェノでは無い。感染獣の反対側にジェノは尻餅をついていて、彼もまた驚きの表情でビビを救った剣士を見ていた。


「……っ」


 その剣士が男なのか女なのかもわからない。


 大柄なその剣士は金属で作られた仮面を身に着け、表情を隠している。しかし余程の怪力が無ければ感染獣の一撃を受け止めることなどできないだろう。


 その力は明らかに人間離れしていた。


 直後に再び放置区域に響き渡る感染獣の咆哮。しかし剣士は全く怯んだ様子は無い。それどころか、その咆哮を合図に左右から飛びかかった大型犬の感染獣の攻撃を身を躱して避けると、鈍い音が響いて感染獣の首が地に落ちる。


(今……、何が……)


 ジェノには目の前で何が起こっているのか理解できなかった。


 今し方まで片手で熊型感染獣の爪を受け止めていた剣士が、身を翻して剣を振るったと思ったら、二頭の感染獣の首が刎ね跳ばされたのだ。その身のこなしは明らかに常人離れをしていた。


「彼女を護るんだ」


 ジェノにだけ聞こえる声で呟かれた言葉。


 鉄仮面の剣士の声はくぐもっていたが、しかし間違いない。ジェノはその剣士の正体を察すると驚愕で目を見開く。


(だけど今は、指示に従うしか無い!)


 この瞬間、ジェノは全ての疑問もかなぐり捨てて、ビビを助ける為だけに走り出す。そんなジェノの動きに合わせるように、残った熊型の感染獣も咆哮する。


 だが剣士と感染獣の勝負は一瞬で決着した。


「グギョオォオオォォオオオオオオオオォォォッ!」


 鈍い音と共に聞こえたのは何かがひしゃげるような不快な音。


 次いで地面に血だまりが広がっていって、ビビを抱き締めながら距離をとったジェノが振り返れば、両腕が潰れたようにひしゃげた感染獣が地面をのたうち回っていた。


(一体、何をすれば感染獣がああなるんだよ……)


 全身を走る悪寒と吐き気を感じながら、ジェノは更に剣士との距離をとる。そして次の瞬間、肉を貫く深いな音と共に断末魔の声が響き、感染獣はもう動かなくなっていた。


 一瞬にして三頭もの感染獣を葬った剣士。


 彼女は血濡れの剣をそのままにジェノのもとへと歩み寄る。そして、ジェノとビビに対してその剣の切っ先を向けた。


「これが最後だ。ロストテクノロジーを手放すんだ。でなければ、また同じ事が起こるだろう。その時は守れる保証は無い」


 剣士の言葉にジェノは何も応える事が出来ない。


 やはり彼女の主張は一貫してジェノのロストテクノロジーの放棄に他ならないのだろう。


 それでもジェノがビビを守るように背に彼女を庇えば、剣士はその剣を引く。そして剣士はその場から跳躍するように離れると、瞬く間にその姿を消してしまっていた。


「今の人はなんなんですか?」

「さぁな。とりあえず今回は助けてくれたけど、味方とも言いがたい」

「ジェノさんはあの人に心当たりが?」


 ビビの問いかけにジェノは何も応える事が出来ない。


 しかし、ビビの受けたショックは大きかったようだ。


「ゲート……、壊されてしまいました……」


 壊された建物、そして完膚なきまでに破壊されてしまったゲート。ホシマチを使って緑園街のゲートをスキャンすれば、再生は可能かもしれない。


 しかし、いつまでも放置地区に残っていれば、同じ事が起こるかもしれない。その可能性を考えると、もうこれ以上この場所での再建は不可能に思えた。


「とりあえずホシマチを使ってアミーナ達を呼びだそう。具体的な話はそれからだ」

「……はい、そうですね」


 力なく頷くビビを連れて、放置区域を離れると、一路スラムの空き家へと戻るジェノ達。


 アミーナやカミナ、ラプラスは二人の無事を喜んでくれた。だが全員がもう放置区域に戻れないことを薄々と感じている。


 そして翌日――、ジェノは彼女達に一言も残すこと無く、スラムを離れていたのだった。

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