スカディは黒岩城城主の近衛兵としての役割を持ち、かつ黒岩城内の治安を守る憲兵団の団長としての役割を持つエリート憲兵だ。
黒岩城の役員からの信頼も厚く、常に無表情を貫く彼女は鉄の兵団長などと呼ばれることもある程の実力者でもある。
そして今、そんなスカディの元をジェノは訪れていた。
「昨日の今日で来るとはな。ロストテクノロジーを捨てる覚悟が出来たと言うことか?」
どこかニヒルな笑みを浮かべながらジェノを見つめるスカディ。しかしジェノはその言葉には応えずに、黒岩城に戻った時にスカディに与えられていたコートを投げ渡した。
「そのコートを返しに来たんだ。まさか、ロストテクノロジーがそのコートにも使われているとは思ってなかったよ。大方、俺が黒岩城に戻ってから何処に向かったかわかる仕掛けが施されていたんだろう?」
黒岩城に戻ってから、何度も尾行を注意していたジェノ。
光学迷彩のマントを羽織り、誰の目にも彼の姿は映っていなかった。しかし、ジェノがどこに居るのかは憲兵には筒抜けだった。だからこそ、彼の居る場所にロストテクノロジーを壊すことを目的にした感染獣が送り込まれてきたのだ。
その原因を考えられるとしたら、スカディに与えられた物しか考えられない。その中での最有力候補は、ジェノが与えられた憲兵のコートしか考えられなかったのだ。
「ご明察だ」
言いながらスカディがコートのボタンの一つを手に取る。そのボタンをスカディが目の前で潰してみせると、その中には小型の回路のようなものが組み込まれていた。
「このボタンが発信器となっていた。君の行動はこのボタンのおかげで憲兵には筒抜けだった。時折信号が消えることはあったが、大方あの建物の中で何かをしていたのだろう。長距離からの観測では建物など確認できなかったが、やはり君はあの場所にいた」
スカディの言葉に苦渋の表情を浮かべるジェノ。だが、それよりもジェノには彼女に訊ねたいことがあった。
「どうしてだ? どうして俺達を助けた? もしもあの時、あの場所にあんたが来なければ、俺達は感染獣に確実に殺されていた。それなのにあんたは危険を冒してまで、俺達を助けた。俺達を助けることに、あんたに何のメリットがある? それにあの時のアンタは……」
スカディに問いかけながらジェノが思い出したのは彼の目の前で異形の力を発揮したアミーナの姿だ。
人間離れした、感染獣由来の異形の力を発揮したアミーナ。その姿があの時の剣士として現われた、スカディの姿と重なったのだ。
そしてこの部屋に訪れた時、ジェノはスカディが感染獣由来の力を身体に宿しているのだと確信した。
おそらくはその身体に宿している力がアミーナよりも濃いのだろう。スカディは平静を装っているものの明らかに疲弊をしていて、ただジェノと話をしているだけでも時折表情を歪めていた。
「君を助けた理由……、か。それはごく個人的なものだよ。それこそ、君が気にする必要が無い程にな……」
ジェノの問いかけに明確な答えを出さないスカディ。だが彼女はジェノに対してロストテクノロジーの放棄を願った。
「ジェノ、君ももう理解しただろう? 君がロストテクノロジーを復活させようとすればする程に、この黒岩城では君を阻む目的で、今残っている科学をいくらでも使うだろう。そんな状態では彼女達を危険にするだけでは無いのか? それが分かっているから、君は今日、たった一人でこちらにで向いたのでは無いのか?」
「……ああ」
ジェノがアミーナ達を黒岩城に残してきたのは、今回、スカディの元を訪れることがどのような結果をもたらすのかがわからなかったからに他ならない。
誰の目も届かない黒岩城の上層では、たった数人の人間を処分することすら容易いだろう。そんな危険の中に彼女達を連れて行く訳にはいかなかった。
「ロストテクノロジーを使って俺達は上層の権利を脅かすつもりは無い。あくまでも今作っている物は、俺達の食生活を改善して、失われた技術の再生させることが目的のものだ。それでもあんた達は旧世界の技術も何もかも手放せというのか?」
「そうだ。何も知らなければ絶望を知ることも無い」
言いながらスカディは立ち上がると窓の外の空を差す。
「雪が降り続けるこの世界を、私も君も当然だと思っている。だが君が連れていた彼女であれば、今のこの状態がどれだけ異常かはわかるんじゃ無いのか? この終わらない雪を作り出したのが、旧世界の技術だと知れば、君は旧世界の技術が素晴らしいという幻想を捨てることができるんじゃ無いのか?」
ジェノが産まれてからずっと降り続ける雪。
世界を白く染め上げて、技術の進歩を阻み、衰退させている原因の雪。その原因が旧世界の技術だと断言するスカディ。
知ってしまった事実にジェノは驚きを隠せない。その上でスカディは自分の胸に手を当てて彼に訴えた。
「この身体に宿っている忌々しい感染獣の力も、全ての始まりは旧世界の技術から始まっているんだ」
淡々と事実だけを口にするスカディ。彼女は、ビビすらも知らないこの世界の根幹を知っている。
その事実にジェノはもう目を離すことは出来ない。
「この世界に何があったんだよ?」
だからジェノはスカディに問いかける。そして彼女は、上層の研究施設へと彼を導いていくのだった。