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第44話 猟犬組

 黒岩城には大きく二つの武力を持つ勢力が存在している。


 一つは上層部が黒岩城内の治安を守る為に活動をしている憲兵だ。あくまでも黒岩城を管理するという名目で動いており、火縄銃や刀剣などの原始的な武器の携帯を許されている。


 そして、もう一つの勢力が猟犬組と呼ばれる勢力だ。


 表向きは自治組織として活動をしている派閥だが、スラムや花街を管理している派閥であり、その構成員はゴロツキや花街などを経営している裏の人々だ。憲兵が表立って行えない後ろ暗い仕事を引き受けているのも猟犬組であり、アミーナ自身も末端とは言え猟犬組の構成員となっている。


 二つの勢力は互いに相互不干渉を貫き、表だって対立することは無い。


 だが猟犬組の殆どの構成員は憲兵に対して良い感情を持っていないし、憲兵が憲兵として花街に踏み込めば、すぐさま猟犬組の構成員が排除に出向くだろう。


 その程度に危うい関係にあるからこそ、上層を目指す為にアミーナが猟犬組を頼ったのは当然だった。


「姐さん、久しぶりです」

「あぁ、アミーナかい。よく来たね」


 アミーナが最初に訪ねたのは、以前にも頼った上級遊女のノエルだ。


 金色の結い上げた髪に、同じく金色の瞳。白く滑らかな肌に、ナイトドレスを纏った彼女は、妹分であるアミーナが訪ねて来てくれたことを素直に喜んでくれる。


「実は折り入って姐さんにお願いがあって――」


 彼女の部屋に入り、以前と同じように上層に行きたいと訴える。


 ノエルならば伝手を使ってまた上層に案内をしてくれるのでは無いか、他に方法が無ければ遊女の仕事の付き人として、また上層へと班内してくれるのでは無いかと考えたからだ。


「残念だけど、今回はあんたを連れて行く訳にはいかないねぇ」


 しかしアミーナの話を聞き終えたノエルは、彼女を上層へと連れて行く事に難色を示した。それはアミーナの表情にただならない何かを感じ取ったからに他ならない。


「アミーナ、何に首を突っ込んでいるのかは知らないけれど、今回はそうとうにやばい橋を渡ろうとしているんだろう? あんたの顔を見ればわかるよ。ジェノの坊やはどうしたんだい? あの子がここに居ないことと、上層にあんたが行きたいことは無関係じゃ無いんだろう?」

「……っ」


 ノエルの言葉に唇を噛むアミーナ。


 だがノエルはそんな彼女の手を取って諭すように語り掛ける。


「あんたがどうして上層に行きたいのかは知らないよ。その理由を無理に聞き出したりもしない。だけど、あんたが考えているよりもずっと上層の情勢は不安定だ。幾つもの派閥が動いているし、上層の奴らだって一枚岩じゃ無い。そこに向かうってことを、軽く考えちゃいけない」

「わかってます。わかってますが……今回は……」


 ノエルの説得にアミーナは顔を歪める。猟犬組の構成員とは言え、アミーナには何の権限も与えられていない。彼女自身の身に危険が及べば、猟犬組は報復の為に動いてくれるだろうが、ことジェノに関する事柄では猟犬組は動く理由が無いのが実情だ。


 それでもアミーナは諦める訳にはいかない。その場で膝をつくと、彼女はノエルに対して頭を下げた。


「姐さん、猟犬組の中に上層と連絡を取っている顔役がいるはずです。その人にアタシを紹介してくれませんか?」

「アミーナ……」


 彼女の言葉にノエルは呆れたように嘆息する。上層とのコネクションを持つ猟犬組の構成員と取り引きできれば、ノエル以上の上層に向かう為の確かな足がかりを作ることができるのは確かだ。


 だがその為には対価が必要になるのは当然だ。


「交渉材料はあるんだろうね?」

「……はい。これまでジェノと一緒に過ごしてきた中で得た、全てをアタシは差し出す覚悟があります。そのロストテクノロジーを対価に、アタシは交渉のテーブルにつきます」

「それで足りなかったら?」

「その時はアタシは差し出せる物を全て差し出します。必要なら、この身体でも、何でも好きにすれば良い」


 アミーナの瞳をまっすぐに見つめるノエルの金色の瞳。


 そして彼女は「馬鹿げた話だ」とため息を吐くと、彼女についている下女を呼びだした。


「シオンに声を掛けてくれ。アンタに会わせたい奴がいる、って私が言えば、アイツならすぐに来るだろう?」

「は、はい……。ですが良いのですか?」

「良くは無いよ。だが可愛い妹分の頼みだ、無碍にもできない。足を運ぶのに見合わなければ、一週間は専属で相手をしてやるとでも言っておけば、喜び勇んでくるだろうよ」


 ノエルの言葉に下女が「かしこまりました」と頷くと、早々に娼館を出て行く。残されたアミーナは戸惑いの表情を浮かべていた。


「ね、姐さん……。今のは?」

「あんたに頼まれたとおり、上層と交渉できるヤツを呼んだだけだよ。その中でも、まだ話がわかるヤツをね」

「で、でもさっきの口ぶりだと……」

「まあ、アミーナがあいつの会うに値しないヤツだと判断すれば、私が一週間程、アイツに抱かれるだけだ。なぁに、こんなことは今更だろう?」


 ノエルはたいしたことはないとばかりにキセルを吸う。そして彼女はアミーナに笑みを向けて言ったのだ。


「私を守る為にも頼んだよ、あとはアミーナ、あんたが上手くやんな」

「……はい! 必ず姐さん守って見せます!」


 床に額を擦りつける勢いで頭を下げるアミーナ。そんな彼女を見て苦笑を浮かべたノエルは「ジェノの坊やは何をやっているんだか……」と小さく呟いたのだった。

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