「これが人類の愚かさの象徴だよ」
感染獣の入ったカプセルをジェノに見せて、スカディは薄く笑う。その上で彼女は更にジェノを奥へと連れて行くと、奥には更に大型のカプセルが並べられており、その中にはジェノが二度対峙することになった熊型の感染獣が浮いていた。
「これは何をしているんだ」
「感染獣の増産と、兵器としての運用だよ」
「ば、馬鹿な! そんなことできる訳……」
「君は実際に目の当たりにしただろう? 感染獣の修正さえコントロールできれば、その破壊対象を書き換えることは可能だ。例えば、放置区域に入り込んだ人間を排除することから、旧世界の技術の破壊を優先するように書き換えることなど、造作も無い」
その言葉にジェノが思い出したのは、一度目の熊型の感染獣と二度目の熊型の感染獣の行動の違いだ。
スカディの言っている事が確かならば、放置区域に現われた感染獣はこの場所で生み出され、コントロールされたものなのだろう。そう考えれば、2体の行動の差についての説明ができてしまう。
「感染獣を使って……、あんたらは一体何をするつもりなんだ?」
「必要なのは資源だ」
ジェノの問いかけに対して、さも当然の様にスカディは答える。
「ジェノ、君はこの黒岩城の外に世界が広がっている事を知っている数少ない人間の一人だ。もっとも、上層ではその認識は当然のものだが……。そんな君ならば、黒岩城と同じような街が幾つも存在することは想像できるだろう?」
「理解はできる……」
過去に作られたシェルターを元にした緑園街を見た時、ビビは幾つものシェルターが作られていたと語っていた。
その視点に立てば、緑園街のような街が外の世界に幾つもあっても不思議では無い。そして、ジェノやビビが黒岩城の外へと技術を求めたように、黒岩城が他の街へと技術を求めたことも理解できる。
もっとも、黒岩城のとった方法は、武力による搾取を選んだらしいが。
「馬鹿げている……。地球をメチャクチャにして、その上で残った人間同士で、今度は感染獣まで使って戦争を続けるって言うのか?」
「それが黒岩城の決定だ。そして、その戦争はもう始まっている」
スカディが語る最中、並べられていたカプセルの一つが開くと、防護服を着た数人の研究者達が現われる。そして彼等はジェノやスカディを気にすることも無く、開いたカプセルへと歩み寄り、カプセルの中にいた感染獣を手術台へと拘束した。
「コイツら……何を……」
「彼等はこの研究室の職員……。黒岩学園の機械クラスに所属する者が大半だがな」
言葉を失うジェノの目の前で研究者達は拘束した感染獣に注射針を打ち込むと、何かを感染獣から吸い出していく。それは一見して血のように見える何かだ。
「職員達は感染獣から骨髄液を吸い出している。そして、その骨髄液を人間に注射した場合、どうなるかはジェノ……君も目の当たりにしたはずだ」
「……っ」
その言葉にジェノが思い出すのは異形の力を発揮したアミーナの姿。彼女はウサギのような姿になったが、あれもおそらくは感染獣の骨髄液を注射した結果と言うことなのだろう。
だとしたらアミーナが打たれた注射というのも、ここで作られたものだったのだ。
「スカディ、あんたが俺を機械クラスに誘ったのは、ここの研究者のように感染獣を使わせる為か?」
「そうだ」
「俺に、アミーナを苦しめる原因になった感染獣由来の薬物を作れってそう言いたいのか?」
「そうだ」
「この力が危険だってわかっていて……。旧世界の技術を捨てて、今の兵器を作れってそう言いたいのか?」
「その通りだ」
平淡な口調で答えるアミーナの言葉にジェノが怒りの表情を浮かべる。そして彼はスカディに迫った。
「俺やビビを助ける為に感染獣を殺したのも、コイツらみたいに感染獣を玩具にさせる為なのか! 冗談じゃ無い! 俺は絶対にそんな事には協力しない!」
「………………」
ジェノの言葉に押し黙るスカディ。その顔に僅かに寂しさが見える。
「君も同じ事を言うのだな」と――。
だがすぐに彼女はいつもの無表情に戻ると、表情一つ変えずにいったのだった。
「勘違いするな。別に君で無くてはいけない理由は無い。それでも私が君をここに招いたのは、君がソラ博士の息子だからだ。そして君が感染獣を玩具にするという技術は元々、ソラ博士が考案したものだ」
実の父親の名前を耳にして今度こそジェノが絶句する。ジェノの顔から血の気が引いていくのを目の当たりにしても、スカディはやはり表情を変えることは無かったのだった。