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第47話 猟犬組上役・シオン

 上級娼館の一室――、その部屋でアミーナは待たされていた。


 彼女の隣にはキセルを咥えたノエルが座っている。下女が上層との伝手のある猟犬組の構成員を下女に呼びだしてから既に一時間。


 本当に来てくれるのかとアミーナが思い始めた時、唐突に部屋の扉が開けられた。


「やぁ、ノエル。ようやくボクの相手をしてくれるつもりになったんだね」


 言いながらにこやかな笑みを浮かべて入って来たのは一人の女性。歳はおそらくはノエルと同年代だろう。明るい茶色の髪に紫色のメッシュを入れているのが印象的な人だった。


「姐さん、この人が……?」

「ああ、そうだよ。上層との連絡ができる一人、名前はシオン。軽薄そうに見えるが、一応は信用できるヤツだ」

「でもこの人……女性ですよね?」

「珍しくも無いだろう? 両刀ってヤツさ……」

「ははっ、ノエル程の女を抱きたいって思うのは、生き物として当然の行動だとボクは思うけどね」


 にこやかな笑みを浮かべてノエルに歩み寄ると、彼女の手を取ろうとする彼女。しかしノエルはその手をキセルでピシャリと叩いていた。


「相変わらずの馬鹿さだね。私はあくまでも今回は紹介の立場だよ。私が相手をするのは、ここにいる妹分があんたの眼鏡にかなわなかった時だよ。もっとも、その心配はしていないけどね」

「ははっ、この下層にボクの興味を引く人がキミ以外にいるとでも? 残念だけどそんなことは天地がひっくり返ってもあり得ないよ。ボクはてっきり、直接ボクを呼び出すのが恥ずかしいから、そういう建前を使った者だと思っていたよ」

「それこそ天地がひっくり返ってもあり得ないよ。まずはこの子の話を聞いて貰おうじゃ無いか。なぁ、アミーナ?」

「……はい。初めまして、アミーナと言います。今日はお会いしてくれてありがとうございます」


 明るく話す彼女に対して僅かに気後れしながらも挨拶をするアミーナ。そんな彼女に対してシオンは探るような眼差しを向けると、口元を僅かに緩めた。


「なかなかの素材だと思うけど、傷物じゃ無いか。やっぱりボクの琴線には触れないよ?」

「傷はこの子なりのケジメだよ。この子は別にアンタに抱いて欲しくて呼んだ訳じゃない。アンタにお願いがあったから、私を仲介してまで呼んだんだ」

「ふぅ~ん……。この子がねぇ……。それでキミはこのボクに何のお願いがあるのかな? ボクはこう見えても猟犬組の中ではそれなりに上の立場にいるんだ。そんなボクにお願いをするってことはどういうことか、ちゃんとわかっているんだろうね?」

「は、はい……、理解はしています。それでもどうしてもアタシはあなたにお願いしたい。アタシを黒岩城の上層に連れて行ってはくれませんか?」

「ははっ、コイツは面白い冗談だね。キミが? 黒岩城の上層に? 玉の輿でも狙っているのなら、他に良い男を紹介してあげるよ? 傷物だから正妻は無理だとしても、愛人くらいにはしてくれる男なら、何人か知っているからさぁ」

「そんな理由でアタシはお願いしたいんじゃありません。アタシは……、上層に行ったヤツを追いかける為にお願いをしに来たんです」


 バカにした態度をとるノエルに、思わず声を荒げるアミーナ。するとシオンの目がスッと細まった。


「上層に行ったヤツ……ね。そいつは誰だい? もしかして上層の関係者かな? だとしたら、ボクが知っていないはずは無いんだけど……。あぁ……そう言えば、今朝方にエレベーターを使ったヤツがいるって聞いていたなぁ……。名前は忘れたけど、黒岩学園の学生だっけ?」


 語りながら思い出す仕草をするシオン。どうやらそれなりの情報通らしい。そんな彼女の言葉にアミーナは確信する。十中八九、その学生というのはジェノで間違いは無かった。


「それで、その学生を追いかけたいって事だけど、それはどうしてだい? その学生はもしかして、キミの恋人だったりするのかな? そう言う話なら応援はしてあげたいけど、ノエルに一週間相手をして貰ったとしても、キミを上層に連れて行く理由にはならないかな。上層に足を踏み入れることは、ボクにとってもリスクがある行為だからね」

「対価ならある……。こういうのは、あなた達が欲しがるものだろ」


 言いながらアミーナが取り出したのは小さな紙包みに入った錠剤。それは以前にカミナの肺炎を治す為にアーカイブの機能を使ってく作り出した抗生物質。


 そして同じようにアミーナは手持ちの光学迷彩のマントを彼女に差し出した。


「あぁ……なるほど。キミはこれの関係者か」


 言いながら錠剤を手にするシオンは納得する。どうして自分が呼ばれたのかを。


「気にはなっていたんだよ。明らかにロストテクノロジーらしきものがスラムで出回っているってね。それにこの姿を消せる機能のマント……。これはどうやって作ったのかな?」


 シオンの声が低くなる。アミーナに対して明らかに向けている警戒心。光学迷彩のマントだって、持つ者によっては充分すぎる程の脅威となることを、シオンはしっかりと理解しているようだった。


 だからアミーナは全てを説明することにする。旧世界の技術を取り戻す術がある事を。そして、その旧世界の技術を取り戻すには上層に向かったジェノが不可欠である事を。


 その話を聞いてシオンは興味深そうに瞳を輝かせていた。

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