猟犬組の顔役としてのシオンに任されている仕事は多岐にわたる。
基本的には各構成員の統率が任されている仕事の中心になるが、一方で猟犬組が請け負っている上層からの後ろ暗い仕事の窓口も彼女が請け負っている。
その為、シオンには上層への行き来を始めとした多くの権限が与えられている。だからシオンが上層へやって来た時も、上層の警備をしている憲兵は、彼女を警戒はしなかった。
「よぅ、憲兵の皆様。頼まれていた仕事を終わらせてきたよ」
明るく笑いながら語るシオンに憲兵は持っていた火縄銃の銃口を向けることも無い、ただ彼等が興味を持つのは、シオンが一人の少女を後ろ手に縛って連れて来たことだった。
「シオンっ! これはどういうことだ!」
後ろ手に縛られたアミーナが、憲兵の前に自分を突き出したシオンに食って掛かる。しかし、シオンはニヤニヤと口元を緩めるだけだった。
「なんだ、この女?」
「この顔の傷……何処かで……」
上層の入り口を守っていた二人の憲兵がそれぞれアミーナに訝しげな表情を浮かべる。その上でシオンは得意げに彼等に語った。
「あんたら、下層で薬を売っている奴を探していただろ? ほら、掃き溜めのスラムに暮らしている病人に、格安で薬を捌いてるって。このアミーナは花街の客引きをやっているだけど、こいつがその薬を売りさばいていたんだよ」
「あぁ……花街の……」
「どうりで見たことがある訳だ」
シオンの説明に納得顔の憲兵達。シオンが証拠とばかりにアミーナが持っていた抗生剤を取り出せば、憲兵達が馬鹿なことをしたものだとアミーナを嘲笑った。
「こんな物を売り捌いて、目をつけられないとでも思っていたのか?」
「大方、猟犬組の庇護下にいるから大丈夫だとたかを括っていたんだろうが残念だったな。猟犬組にも上層への協力者がいるんだよ」
「……っ」
拘束されたアミーナを嘲笑う憲兵達。
彼等はそのまま差し出されたアミーナと抗生剤をシオンから受け取ろうとする。しかし――、
「ちょっと待った。コイツはそのまま渡せないね」
シオンが二人に対して表情を顰める。
「どう言うつもりだ?」
「コイツを捕まえたんだろ? だったらシオン、お前の仕事は終わったはずだ」
「そうだけどねぇ……。あんた達に渡してもボクには何の利益も無いんだよ。この仕事は元々、上層のお偉いさんに依頼されたんだ。ただの憲兵のあんたらに渡して、私の仕事の手柄を横取りされたら溜まったもんじゃ無いよ」
「……おいおい」
「俺達が信用できないのか?」
シオンの言葉に今度は2人の憲兵が渋い顔をする。しかし、シオンはそんな彼等を見てケラケラと嗤った。
「信用? そんなものが憲兵と猟犬組の間にあるとでも? 信用なんて言葉、僕達の間じゃ冗談を言う時にしか使わないよ? 現にほら、ボクを信用したから、この子はこうなった訳だし」
「……まぁ、それはそうだが……」
「だったらどうするつもりだ?」
「そうだなぁ。せめてボクの手柄だってことをもみ消さない相手。例えば憲兵団団長様に直接引き渡すとかできないかな?」
「スカディ様にか? まぁ……できなくは無いが……」
シオンの言葉に考え込む憲兵。そんな彼に何かあったのかと訊ねれば、帰ってきたのはなんとも歯切れの悪い言葉だった。
「今朝当たり下層からスカディ様を訪ねてきた奴がいたんだ。どうやらスカディ様もそいつに用があったようでスカディ様の部屋に通したんだが、さっきそいつを連れてラボの方に行っちまったんだ」
「へぇ……。そいつ何者なの?」
「さぁな。まぁ、スカディ様に限って万が一も無いだろ。だから大丈夫だと思うんだが、とりあえずは戻ってくるまで直接のお目通りはできないんじゃ無いかと思ってな」
「ふ~ん……。だったらまぁ、こいつをスカディ様の部屋にでも連れて行って、待っていようかな。それくらいは良いだろう?」
「まぁ……私室は不味いと思うが、執務室なら問題が無いだろ。遅かれ早かれ、その女を連れて行く事になるだろうし……」
シオンの提案に憲兵達が納得すると、拘束されたアミーナはそのまま上層の中を歩かされ、シオンと憲兵によってスカディの執務室へと連れて行かれる。
たいした物の無いスカディの執務室に到着し、憲兵が2人を残して去って行くのを確認すると、シオンは「うまくいった」と口元を弛ませた。
「もういいんだろうな?」
「問題無いさ。アイツらはボクを信用しているからね。信用なんて冗談を言う時にしか使わないって行ってやったのにね」
シオンの言葉に苦笑を浮かべながら、アミーナが後ろ手に縛られていた拘束の結び目に触れる。それだけであっさりと拘束は解かれる。
最初から簡単に解ける拘束をアミーナは施されていた。
「さてと……、それじゃあボクは暫くこの部屋で寝ているから好きにすると良い」
「寝てる?」
「ああ、ボクの信用を守る為にも、拘束していた重要参考人がボクを気絶させて脱走したって方が、それっぽいでしょ?」
言いながら柔らかな絨毯を背に、その場で横になるシオン。
そんな彼女を見ながらアミーナは光学迷彩のマントを羽織る。そして彼女に対して感謝を口にすれば、シオンはニヤニヤと答える。
「とりあえず頑張りなよ。ジェノってヤツが連れてこられれば、猟犬組には上層にも無いロストテクノロジーへの足がかりが手に入るんだからさ。あんたらには期待しているんだ」
彼女の言葉を背にアミーナはマントを羽織った状態でスカディの部屋を後にする。そして彼女はジェノが連れて行かれたラボを探し始めたのだった。