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第4話 宗馬、相性に絶望する

(うわあああああああ!)


 頭を抱えてベッドに突っ伏した宗馬を見ながら、翼は嬉しそうな声で追い討ちをかけた。


「宗馬ってば俺を置いて一人で寝ちゃうから、もう手持ち無沙汰でさ。うち近かったし連れて帰ってきたってわけ」

「そ、それは大変申し訳ない……」

「いいって。それよりその後のことは本気で覚えてないの?」

「全然覚えてない」

「ちょっと、むしろそっちの方を謝って欲しいわ」


 翼はギシッと音を立ててベッドから立ち上がると、床に投げてあったシャツを拾い上げて頭からすっぽりと被った。


「……い、いつも上半身裸で寝てるんですか?」

「敬語はよそうよ。体の壁は取っ払った仲なのに、なんか心の壁を感じる」

「か、体?」

「俺普通にパジャマ着て寝るタイプだよ。裸族じゃない。昨日はヤッてそのまま寝落ちしちゃったから……」


(ぎゃあああああああ!)


 確かに、宗馬自身が上半身どころか全裸であった。大して仲良くもない人間の家で全裸でベッドにいる理由が他に何かあるだろうか? あるなら今すぐこの場で教えて欲しい。


「俺はちょっとコンビニ行ってくるから、とりあえず服でも着なよ。あ、そこの棚にDVDあるから、好きに見てくれていいよ」


 バタン、と翼が玄関の扉を閉めて出て行ったのを見計らってから、宗馬はようやくおずおずと掛け布団の下から這い出してきた。


(なんっっってこった!)


 酔った勢いで、付き合ってもいない相手とヤッてしまった。しかも行きずりの相手とかではなく、思いっきり後腐れのある感じの会社の人間とである。行為自体が初めてというわけではなかった。ただ、付き合った相手は何人かいたものの、宗馬が今まで体の関係を持ったことのある人間は一人だけだったのだ。


(数ヶ月付き合ってもヤらなかったやつがほとんどだったってのに……)


 しかもブラックアウトする直前、翼に向かって「あんたの作り笑い苦手」とかなんとか失礼なこと言わなかったか? 思い出すだけで顔から火が出そうなほどの失態だ。さらに肝心の最中の記憶がまったくもって皆無ときている。昨日の自分は一体どれだけタチの悪い酔っ払いだったのだろうか?


(一体どんな流れでそんなことする雰囲気になったんだ? そもそも俺は寝てたんじゃなかったのか?)


 一人で考えていたところで答えが出るわけでもなし、宗馬は諦めてベッドからのそりと降りると、ぐちゃぐちゃに床に散らばっていた自分の衣服を拾い上げた。乱雑に床に落ちている衣服から昨晩むつみあった二人の性急さが想像できてしまい、宗馬は一人で赤面しながら身支度を整えた。


(……DVDここにあるって言ってたよな? どんなのがあるんだろう?)


 別に何か映画を見たいわけではなかったが、DVDの表紙や帯を見るのは結構楽しい。特に自分の好きな映画やドラマのパッケージが見つかると、わけもなく嬉しい気分になったりする。


(輝く営業スマイルを絶やさない天野のDVDコレクションだ。一体どんなラインナップが……)


 棚一面をびっしりと占拠していたのは、期待していた明るい色調のラブストーリーではなく、とにかく灰色の戦争、戦争、戦争映画であった。どのパッケージも曇天、迷彩服、アメリカ兵である。それから同じように仄暗い雰囲気の宇宙映画に、ゾンビが襲ってくるやつに、牢屋から脱獄するやつ。ホラー映画も何本かあった。


(やばいぞ。これだけDVDがあるっていうのに、一本も観たい作品が無い。なんで暗いパッケージで心がえぐられそうな映画ばっかりなんだ? 見かけによらずハッピーエンドな内容ってんなら何とか観られるかもしれないけど……いや、ホラーは絶対ムリ!)


 何か自分が見逃している明るい映画があるかもしれないと、棚とにらめっこを始めて数十分が経過した頃にようやく翼がコンビニから帰ってきた。


「あれ、なんか観てて良かったのに」

「……いや、AV無いかなって探してただけだから」

「あったとしてもそんな所に堂々と置いてるわけないでしょ」


 翼は苦笑すると、コンビニのビニール袋からガサガサとパンを取り出して宗馬に手渡した。


「あ、わざわざありがとう……」

「俺も昨日あんなことがあったから、お米炊飯器にセットするの忘れてて」


 コンビニおにぎりの包み紙をペリペリと開封する翼を横目で見ながら、宗馬はおもむろに口を開いた。


「天……翼ってさ、カレーはドロドロ派? それともシャバシャバ派?」

「ドロドロ派だよ。水っぽいのあんまり好きじゃなくて」


(まじか。俺は水は多めに入れてシャバシャバにするタイプだ。子供の頃母親がルーをケチッて多めに水を入れて量をかさ増ししてたからそれに慣れちゃってて……)


「てかシャバシャバカレーってもはやカレーと言うよりスープカレーって言うべきじゃない? あ、それで宗馬はどっち派なの?」

「ハハハハ」


 相手の意見を聞いてしまってからだと自分の主張を述べにくいことに気がついた宗馬は、笑ってごまかした後に作戦を変更することにした。


(相手の意見を聞いてからだと、わざと反対意見を言ってるようにも捉えられかねないしな)


 大したことのない内容の雑談に、そもそも反対意見もくそも無いのだが。


「じゃ、じゃあ次は同時に言ってみようか。レジャー行くなら海山どっち? はいせーの、山」

「海」


 また反対だ。


「デート行くなら? はいせーの、山」

「遊園地」

「星を見るなら? 山」

「プラネタリウム」

「好きなお菓子は? きのこの山!」

「たけのこの里!」

「全然合わないじゃん!」

「ていうか宗馬が勝手に山縛りにしてるだけじゃない? 本当にデートで山に行くの?」


 いや、そういう問題じゃない。今の回答でなんとなく翼について分かったことが一つあった。


(最後のお菓子は関係ないとしても、こいつは間違いなくパリピのシティーボーイだ。星を見るのにプラネタリウムだって? あれ実際の星じゃないだろ)


 つまりパリピでもシティーボーイでもない自分とはやはり全く正反対の人種ということである。人種の違う人間を理解するのはそれだけでもかなりの労力を要するというのに、一体これのどこが相性最強の相手だというのか? むしろここまで趣味の合わない人間も珍しいのではないか? しかも食べ物の趣味も合わないとなると、控えめに言って最悪だ。開始前から既に終わっている。


(やっぱり卜部結婚相談事務所はインチキ事務所だったんだ。正直四十万は死にたいくらいの痛手だけど、合わない人間と一緒にいて時間を無駄にするのはお互いのためにとっても良くないし……)


「なあ翼、俺たち……」

「しっかし卜部さんって実際のところ、どうやって良い人見つけてるんだろうね? まさかこんなに早く婚活が終わるなんて思ってなかったから、精神的負担がぐっと下がったっていうか。七十万支払う価値あったっていうか」


 当然破談を言い渡すつもりだったのだが、翼の発言に驚いてそれ以上の言葉を継げなくなってしまった。


(ん? 今なんて言った? なんか遠回しに良い人が見つかったから婚活終了したみたいなこと言ってるような気がしたんだけど。いや、それよりも問題なのは……)


 今七十万支払ったって言わなかったか?

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