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第8話 宗馬、例のあの人に会う

 翼はカウンターの前から宗馬を引き離すと、後ろに並んでいた人々の視線に構わず隅の方へ引っ張って行った。


「大丈夫?」

「ナニガデスカ?」

「宗馬、俺はカウンターの店員さんじゃないよ」


 翼は心配そうに宗馬の目の前でヒラヒラと手のひらを振って見せた。


「視線が泳いでるし、顔も真っ青だ」

「気のせいだろ」

「店員さんも心配してただろ? 宗馬、もしかしてホラー苦手なんじゃないの?」

「そそそそ、そんなことない」

「やっぱりそうなんじゃないか」


 翼はため息をつくと、真剣な表情で宗馬の目を覗き込んだ。


「嘘つかなくたっていいのに。やっぱりラブコメにしようって」

「いやダメだ」

「なんでそんな頑ななの?」

「だってお前、ラブコメとかそんなに好きじゃないだろ」

「そんなことないよ」

「お前こそ嘘つくなよ。お前ん家のDVDコレクション見たけど、戦争映画とかホラー映画とか、ゾンビとか脱獄するやつとかそんなんばっかりだったじゃないか!」

「まぁ確かに、あえて観るかと言われれば観ないけど、でも別に死ぬほど観たくないわけじゃない。宗馬は今にも死にそうな顔してるよ」


 翼はにっこりと笑顔を作って見せた。完璧すぎて、作り笑いなのか心からの笑顔なのか全く見分けがつかない。


「それにデートの相手には楽しんでもらいたいでしょ? 俺は宗馬の観たい映画を一緒に観たいよ」

「それは俺も同じだよ」

「え?」


 一緒に過ごす相手には楽しんでもらいたいから、できれば相手の趣味に合わせてやりたい。


(だけどそれが、壊滅的に趣味の合わない俺たちにとってはとんでもないほどの苦痛になるんだ)


「俺だって、翼の観たい映画を観たい」

「それは……」


 二人の間に気まずい沈黙が流れた。やはりこの二人で映画を見に来たのは間違いだったのだ。


(趣味の合う相手だったら、こんなことで揉める必要無かったのに……)


「ヤバかったね、例のあの人!」


 突然後ろで大きな声が聞こえて、真剣な表情で見つめあっていた宗馬と翼は思わずビクッと体を震わせた。前の時間にやっていた公演が終わったらしく、いつの間にかフロアは映画を鑑賞し終えて興奮した様子の観客で溢れかえっていた。


「絶対正義が勝つとは思ってたけど、それでも最後ハラハラしちゃった」

「私は原作履修済みだからどうなるか知ってたけどね」

「例のあの人怖かったぁ」


(例のあの人?)


「……ああ、あの小説原作のファンタジー映画もようやく完結したんだっけ」


 翼が行き交う人々を見ながらボソリと呟いた。通り過ぎる人々のほとんどが、ローブを着た魔法使いの描かれたパンフレットをしっかりと握りしめている。


「……宗馬、あの映画観たことある?」

「えっと、映画は観たことないけど、俺原作のファンだから、本は全巻持ってるよ」

「よし決まり! 今日はこれを観よう」

「えっ?」


 翼は急に宗馬の手首を掴むと、有無を言わさぬ勢いでカウンターの前までグイグイと引っ張って行った。


「ちょ、ちょっと翼……?」

「俺は本は読んでなくて映画しか観てないんだけど、人気作だけあってすごく面白いよね。途中、っていうか最終話なんだけど、本読んでるなら途中でも話分かるでしょ?」

「うん、分かるよ」

「ちょっとホラーっぽい要素入ってるけど、大丈夫?」

「これはホラーとは言えないよ」


 そもそも子供向けの作品である。

 翼はカウンターでお会計を済ませると、ポップコーンと一緒にチケットを一枚手渡した。同じ黒い背景にも関わらず、恐怖より力強い希望を感じさせるデザインだ。


「これなら宗馬のお気に召すんじゃないかな」


 翼の笑顔は相変わらず完璧で、彼が本当にこの映画を心から観たいと思っているのかどうか、宗馬には判断がつかなかった。



「へぇ~、あの映画観てきたんだ。面白かった?」

「確かに面白かった」


 試練のデートの次の日、宗馬は達也を自身の寮の部屋に呼び出して話を聞いてもらっていた。日曜日の朝っぱらから呼び出されたにも関わらず、達也は嫌な顔一つせずに手土産まで持ってきて、うんうんと相槌を打ちながら宗馬の話を聞いてくれた。過酷な工場勤務なんか辞めて、カウンセラーにでも転職すればいいのに。


「でも一応子供向けの映画だったし、あいつには物足りなかったんじゃないかな」

「そんなことないって。その例のあの人だって好きなシリーズだったんでしょ?」


 宗馬は達也をチラリと一瞥した。昨日は図らずも結果的に例のあの人にも会うことになったのだが、いい加減この呼称は訂正しておきたいところだ。でないと達也と翼の話をするたびにニワトコの杖がチラついてしまう。


「ていうか宗馬気にし過ぎじゃない? たかが映画一本観るだけなのに、なんでそんなことになってるの? 素直にこれは嫌だからこれが観たいって言えばそれで済んだ話じゃない?」

「いやだって、あいつ俺とマッチングするのに七十万も払ってるんだぜ? しかも映画代も出してくれるって言ってるのに、つまらない思いさせるわけにいかないだろ?」

「いや、パパ活じゃないんだから。前から思ってたけど、宗馬って変なとこ真面目すぎ」


 達也はおもむろに立ち上がると、台所へ行って手土産に持ってきたチーズケーキの箱を開いた。達也がこの部屋を出て行った後も、家具や備品の位置は全く変わっていない。達也にとって宗馬の部屋は、勝手知ったる実家のような場所に近いと言えた。


「お金とか関係なくさ、宗馬っていっつもなんだかんだ恋人に合わせようとするとこあるよね。相手に好かれたいって気持ちは多少なりとも誰でも持ってるものだと思うけど、宗馬のはちょっと異常な気がする」


 迷うことなく包丁と皿の場所を探し当てた達也は、カットしたチーズケーキを持ってテーブルの所へ戻って来た。


「でもさ、宗馬ってどちらかというと自分を持ってるし、こだわり強い方じゃない? それなのに自分を殺して相手に合わせようとするから、おかしなことになるんじゃないかな」

「今まではこんなことなかったって。ここまで趣味が合わないやつなんか一人もいなかったし」

「でも半年以上続いた人なんか一人もいないでしょ?」


 うっ、確かにそれはそうだった。


(ある程度趣味の合う人間でも半年以上続かなかったんだから、翼はマジで絶望的だな。そもそも付き合うところまで漕ぎ着けるのか?)


 それなのに体の相性は良いとか言われるし。今まで付き合ってきた相手とはあまりにも全てが違いすぎて、どう対処していいのか分からずに混乱するばかりだ。


「あっ! ちょっと宗馬、見て見て!」


 急に達也が大声を上げたため、宗馬は危うくチーズケーキを喉に詰まらせるところだった。


「ゴホッ! ちょ、なに?」

「コントローラー貸して!」


 達也がテレビの音量を上げると、画面から聞き覚えのある胡散臭い声が部屋の中に流れ込んで来た。


『一生に一度だけ! あなたの最強の良縁をお約束致します! 卜部結婚相談事務所です!』


 何いいいぃ!?

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